もどる

今井町を歩く

大和の寺内町

          今井町とは
 今井の地名は戦国の世の天文年間(1532-1555)この地に一向宗本願寺の門徒、今井兵部郷豊寿によって戦国の乱世から護る為に寺内町を建設されたことに由来するようであります。
 称念寺を中心とした寺内町は完全な城壁都市で、東西600メートル310メートル周囲には環濠を築き、戸数1100人口4000を擁し自立発展し、大阪、堺などの商業との交流も盛んに行われ、「大和の金は今井に七分」と云われるほどの繁栄をみていたようです。
豊臣氏の時代に今井は優遇されたこともあり、諸大名に資金貸与などもあり隆盛を誇っていましたが、明治維新にな緒大名が潰れ今井の隆盛は終焉を迎えることとなりました。 ただ、近代になるも町の姿は戦災や災害にも遭わず、現代に残り、昔の商家の姿を残す貴重な町並みとして「重要伝統的建造物保存地区」としての認定を受け国民的文化遺産といわれています。 蛇足ですが、このように建物そのものを保存するにあたり、現にお住まいの今井の方々のご苦労は大変なものであることを忘れてはならないと思います。
スケッチ  イメージ今井の町」

今井の町並みと家並み


スケッチ
称念寺の見える通り










     今井の町は外敵を惑わす為に城と同じ考えで道は必ず突き当たる様に造られている

今井町の店構えも今井の風景を作っています
今井町のお店の写真をスライドショーでご覧ください!

この写真、この文章をクリックしてください
「スタート」「スライド」とお進みください

重要文化財の一つ「河合家」(上品寺屋)
芸術系ランキング
投票(クリック)してお帰り下さい


トップページへ



趣味の検索エンジン&ランキング【シュミラン】
投票(クリック)してお帰りください