スケッチした場所の略図
大阪 夕陽丘 天王寺七坂
スケッチ歩き
天王寺七坂の一つ「逢坂」一心寺の前
逢 坂
  天王寺区松屋町筋終点から東へ上がって四天王寺西門に至る坂道です。逢坂は、逢坂の関になぞらえてよんだものとも、他説では聖徳太子と物部守屋の二人が信じる方法を比べ合わせたと言われた「合法四会」(がっぽうがつじ)に近いことにより合坂(おうさか)と名付けられたなどの諸説があります。
大阪天王寺七坂の一つ「聖源寺坂」
源 聖 寺 坂
   この坂は登り口に源聖寺があるので、その名を取っています。源聖寺坂および口縄坂は上町台地の代表的な坂で、遊歩道としても知られています。

大阪天王寺七坂の一つ「愛染坂」
愛 染 坂
  坂の下り口ある勝鬘院(愛染堂)から名付けられたといいます。境内の多宝塔は、豊臣秀吉が文禄三年(1594)に寄進した市内最古の建造物で、重要文化財指定されています。
大阪天王寺七坂の一つ「清水坂」
清 水 坂
  大阪星光学院と清水寺(清光院)との間の坂道で、愛染坂と交わるまでの広いゆったりとした石畳の坂道です。清水寺の北側にあるためこの名で呼ばれています。

大阪天王寺七坂の一つ「真言坂」
真 言 坂
  天王寺区生玉町生國魂神社北側にある南北の坂をいいます。生國魂神社の神宮寺であった法案寺をはじめとする生玉十坊が、明治の廃仏毀釈まで神社周辺で栄えていました。
大阪天王寺七坂の一つ「口縄坂」
口 縄 坂
  口縄とは蛇のことであり、坂の下から眺めると、道の起伏が「蛇(くちなわ)」に似ているところから、この名が付けられたといいます。また、大阪城築城のとき、縄打ちを始めた地であるためという説もあります。

大阪天王寺七坂の一つ「天神坂」
天 神 坂
  天王寺区伶人町と逢阪一丁目との境界をなす坂です。安居神社へ通じる坂道なのでこのように呼ばれていて、文字通り菅原道真をまつっています。


                   天王寺七坂とは

  大阪市の中心部を南北に走る上町台地(北は馬場町から南は手塚山辺りまで続く台地)の西縁に沿って「天王寺七坂」と呼ばれる坂があります。
  「天王寺七坂」は、上町台地の谷町筋と松屋町筋の間の天王寺区内にある代表的な坂を北から順に「真言坂(しんごんざか)」・「源聖寺坂(げんしょうじざか)」・「口縄坂(くちなわざか)」・「愛染坂(あいぜんざか)」・「清水坂(きよみずざか)」・「天神坂(てんじんざか)」・「逢坂(おうさか)」の7つの坂の事を云い、それぞれ個性ある風景を持っています。
  この辺りは「谷町筋」と言う名前でも分かるように「お寺」の多い地域で、大相撲大阪場所の時は各部屋の宿舎はこの辺りに集中し、 「ごひいき」様のことを「谷町」と云うのもこの辺りの事からきていると聞きました。


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