もどる

五室 ひとりごと

73.感謝!!「小さな画室」アクセス百万達成
 久しぶりにひとり言を!!
1999年頃「画集」を出版しようとして、企てましたが、かなりの費用が要る事を知り、諦めかけていたところ友人から「ホームページをつくれば!」と云われたのを切っ掛けにこの「小さな画室」を立ち上げ、自分の絵のアルバムのつもりで始めたのですが、今年2012年5月アクセスカウンターが「百万」を超えました。 
 立ち上げた当初は親戚知人からのアクセスが一回りすれば、あとはアクセスなんて無いだろうと思っていたのですが、ちょうどその時期に総務省がインターネット普及を趣旨に「インターネット博覧会」なるものを立ち上げ、個人サイトのパビリオン出展を募集していたのに応募し、思わぬ「出展許可」の通知がありました、以降思わぬアクセスがあり、相互リンクのサイトも増え、今日に至りました、十一年半になりますが、コンテンツも当初の「奈良やまと路スケッチ百景」から「東京下町スケッチ散歩」など増やして行くごとにアクセスも増えて参りました。
 これまで色々教えていただいた方方、ご指導していただいた方々に深い感謝を申し上げます。 これからも、拙いサイトですが、お付き合い戴きます様に願いいたします。
  本当に多くの方々、有難う御座いました。(2012.5.4)

72.後期高齢者に!
 平成になってもう二十二年が過ぎ、気が付けば、後期高齢者、知らず知らずに、年寄りの考え方をしている自分に気が付く、去年出来ていた事が出来ないことがある、「そんな筈では無いのに」と思ってみても、それが現実。 自分の歳よりも上の人を見て、自分はもう少しの間は「あのようにはならない」と思っていたが、そうではなく自分も「考え方」「行動」「言葉」がいわゆる高齢者になっている現実を知る最近である。 そして体の方もそれなりの衰えの、自覚があり、今年の春には「狭心症」の発症が突然起こり、胃腸の機能の低下を医者に「お歳ですから」なんて言われると、「やはり、それが現実か!」と、つくづく思うようになっている自分に気付く。
 八十九十で元気で居られるお方などから見れば、七十なんてまだまだとは思うが、自分の現実を考えると、だんだん近づくゴールをどのように迎えるか、考える事が多くなっている。
 七十五年なんてアット言う間に過ぎ、若い頃の思い出なんて昨日のような気がする、インジュリータイムが如何ほどか判らないが、最後のホイッスルが吹かれる迄の残り時間の使い方、楽しみ方を大事にしたいと思っている。
 とにかく、今年(平成二十二年)も暮れて行く、新年は果たしてどんな年なのだろうか、来年の今頃はどんな「ひとり言」を言っているだろうか、
楽しみは出来る永く楽しみ、健康で出来る限り前向きで生きて行きたい。(2010.12.)

71.「有言実行内閣」
 鳩山さん、私たちに夢を見させていただき、頂きご苦労さんでした。貴方は「総理になる為に総理になられたのですか、 アメリカには「トラストミー」と言い、沖縄には「少なくとも県外へ」と言い、子供手当ては一万円を増額すると言い、菅さんに「後は頼みます」と引き継がれましたね、国民は「話が違う!」と思っていますよ!!
 菅さんは、懲りずに「有言実行内閣」と大見得をきって就任しましたが、沖縄には何をしようとしているのですか? アメリカとの約束はどうしましょう、 安保の大切さは勉強しましたか? 又、政治と金の問題、特に小沢先輩の問題はどうしましょう? それらの問題「有言実行」といくのですか?  とにかく、国民から信頼され、外国からも馬鹿にされない国にしてください。

70.ハネムーン期間終了
  政権が交代して、母さんから毎月千五百万円も頂いている鳩山のお坊ちゃまが総理になり、三ヶ月が過ぎました、「友愛」とかイマイチよく判らない理念でスタートし、脱官僚、政権主導を前面に事業仕分けと言うパホォーマンスで予算の無駄構造を国民の前にさらけ出したのは、ある意味評価できるが、ハネムーンと云われる期間が過ぎ、ここに来て当初心配していた事が起こりつつありそうです。
「対等な日米関係」「マニフェストが絶対」「コンクリートから人へ」と言う理想から、鳩山お坊ちゃまは目の前の「現実」に困り果てて居られるようです。
  @我国の安全保障の基本的考えもはっきりさせないまま、「普天間問題」も含めて福島伯母さんに気を遣い結論を先送りして「決めない事を 決めた」
  A子供手当て、高速道路の無料化、は財源不足で、子供手当てに所得制限をつけよう。 暫定税率は維持しましょう、との小沢おじさんの助 け舟でマニフェストはホゴになりそう。
  大体鳩山お坊ちゃま政権ではなく、小沢おじさん政権ではないか?との心配があったが、その通りになってきたようです、いきなり鳩山お坊ちゃまに18項目の政策項目をつきつけ、あの蓮舫姉さんが嫌に目立った事業仕分けは何だったのか。
  兎に角、何も決められない「お坊ちゃま」と強権で決めようとする「小沢おじさん」あんまり国民をイライラさせないでください。(2009.12.18)
  その後、
十二月二十一日急遽、閣僚会議を開き、子供手当てには所得制限はつけない。
暫定税率は廃止し、同率の新税を創設すると云う、実質暫定維持を決定し、小沢おじさいに報告した。
  やはり、小沢おじさんの顔色を伺ってから、と言う気がします。  (2009.12.21)

 69.「電車内での化粧」
  最近も、電車の中で化粧をする女性に二度続けて出会いました。彼女らにしてみれば、化粧するのが、たまたま車内であったと言うだけで、人から文句を言われる訳がない!思っているのでしょう、昔の事を言うと又笑われると思いますが、公衆の面前で食事をしたり、まして、化粧をするなどははしたなく下品な事で、自分の主人にさえ化粧をする所は見せなかったと思うのだが、今の世の中、直接人に関係ないことであれば、「何でもあり」なのでしょうか、私はこれらの風景を見て注意したいのはヤマヤマなれど、若い人がキレテ此方が不愉快になるのは、もっと嫌だから、「なさけない!!」と思いながら、見逃しているが、日本の美徳、マナーはなくなるのでしょうか。  
      下に2002年に同様の事をボヤイテいるので、再追載しました。(2009.3.8)
              2002年にボヤイタ「関係ないじゃん!」
  ある雨の日、山の手線の中、珍しく結構空いていた車内に一人の二十歳代中ごろの女性が乗り込んできた、私の前の座席にヨイコラショと座りました、手には携帯電話を持ち、どうやら待ち合わせの場所を確認する電話をしている様子、一しきり話しをして「ジャーネー!」と電話を切りバツグに仕舞うと、ガサガサとスナック菓子を取り出しムシャムシャとお食べになりました、パンパンと手を叩いて菓子袋をバツグに仕舞うと、今度は化粧道具を取り出し、口紅を塗り始め、ついでに眉墨もお塗りになりました、化粧バッグを仕舞うと再び携帯を取り出し、今度はゲームかメールかを熱心になさいました。自分のしたい事、すべき事をなさったのですから、私がとやかく申す事はありませんが、TPOを考えず、人目をはばからず、人がどう思おうと「関係ナイジャン!」と云う風な感じでした。この人がいずれ結婚して子供を育てる時、どんな育て方をするのか、私にはトッテモ興味があります。 注意したいが 「ジジイには関係ないじゃん!」と言われそう! 

68.「政治家は話し合いをしろ」

  どうして日本の政治家は物事を前に進める事に頭を使わないのでしょうか、与党も野党も相手の提出する法案を拒否し、自分の案が通らないと審議拒否までして、政局重視のメンツのみを押し通し、国民が少しでも良くなる施策が出来ないのでしょうか、人間総ての人が賛同する案なんて無いのだから、相手の話の中から自らの案と何処で妥協してベストの事を作っていくのが知恵ではないのか、衆参のねじれが続く限り、国民は国会議員に高い議員報酬を払って、嘆いていなければならないのでしょうか。
 賢い人ほど人の話に耳を傾けてよい物は取り入れる物だと思う、メンツと自分の地位確保の為、時間の無駄を使って欲しくない、世に言われている「連合」でも国民の為であれば、やればいい、「日本は何一つ決まらない国だ」と思われ、国民は何一つ改善できない世の中を耐えて行くしかないのだろうか。(2008.12.1)


67.「オリンピック開会式」を観て
 北京オリンピックが開会され、それぞれの種目で一流スポーツの醍醐味を見せてくれていて少々寝不足気味ではあるが、勝った負けたは別にして、本当のスポーツの感動を味わっています。
  所で、開会式を観て感じたことがあります、 勿論あの開会式が素晴らしくて、感動したと言う人も沢山居られる事でしょうが、 私の目には、そんな表面的な事ではなく、あの人海戦術による壮大なパフォーマンスの連続はスポーツの祭典で「そこまでするか?」との印象を受けました。
中国四千年の大国振りを見せたかったのだろうが、あの人海戦術は、流石社会主義国、中国か北朝鮮でしか出来ないパフォーマンスで、「大国中国」「信頼される中国」「四千年の文化」を印象付ようとする姿勢は私の目には少々青臭い国勢宣伝にしか見えなかった。日本は勿論自由主義国では多分出来ないパフォーマンスで、国家権力で動員された何千人が統率される姿は、過っての日本軍国主義、そしてカリスマ指導者ヒットラーに治められたナチスドイツを思い出して、私は一種の怖さを覚えてしまいました。
  もっとスポーツの祭典に相応しい演出が無かったのだろうか、これは大人の国になろうとする中国では止むを得ない事なのでしょう、 未だに日本の事を「小日本」と言っている国にしては精一杯の背伸びに見えました。
  次のオリンピックは大人の国英国のロンドン、その時の開会式はしっくりとした大人の開会式になるだろうと思い、期待しています。(2008.813)
66.「後期高齢者」と言う言葉
 今年の四月から「後期高齢者医療制度」というのが施行されることになったようだが、75歳になるとこの制度の対象になるという、私も後三年すればこの対象になるようです、あまりよく判っていないこの制度でありますが 私はこの制度がどうのこうのと言うつもりはないのですが、一つとっても気になる事があります、この「後期高齢者」と言う言葉、皆さんどう思います? 私はこの言葉、なんと嫌な言葉なのかと、なんと冷たい言い方なのかと、情けなくなっています、こんな事を感じるのは私だけでしょうか、読んで頂いた皆様、如何でしょうか。 
 この「後期高齢者」と言う言葉、多分厚生労働省が作った言葉だと思いますが、如何にも役人が作った事務的で何の人間的な温かみもない言葉だと思います。 高齢者が増えて医療にしても福祉にしても幅広い高齢者層を対象にしなくてはならないのだから、出来るだけ対象者を分類分けしておいた方がやり易いと言う行政の理屈も判らないわけではりませんが、それにしても「後期高齢者」は無いと思うのです、厚労省も頭の良い偉い人が沢山居る筈だから、もう少し人間味のある言葉は作れなかったのでしょうか、高齢者を尊敬しろとは言いませんが、少しは敬意を払っても良いのではないでしょうか。
 この言葉の裏には、病気勝ちな年寄りは、早目に死んでください、と言っているような気がします、私のヒガミでしょうか。
 その内「末期高齢者」「終期高齢者」と言う分類分けをされるのではないかと、心配したくなります。   (2008.4.1)
     66.「後期高齢者」と云う言葉への追加
四月一日に上のボヤキを書きましたが、四月五日の新聞によると福田さんの鶴の一声でに「後期高齢者医療制度」に加えて
「長寿医療制度」と云う通称を作ったとの事です、「後期高齢者」と云う言葉に違和感を持っていたのは私だけではなかったのですね、
でも 一度こんな名前を付けて、総理に指摘されて直ぐに通称を作るするなんて、厚生省の偉い人は何て恥ずかしい人なのでしょう、
こんな名前を付ける事自体、高齢者に対する敬意も愛情も無い証拠で、一度云った言葉は「覆水盆に返らず」で、「長寿」と云う通称を
使うからと言って彼らの本質の気持ちは変わりません。大臣は「ネーミングより中身が大事なんだ」との事、勿論そんなこと当たり前
の事で、だからと言って心の篭っていない言葉を使う神経が可笑しいと私は言っているのです、名前を変えたから良いと云う問題では
ないのです。(2008.4.5)

65.渇!「芸」のない芸人
  あまりテレビは見ない私ですが、正月と言う事もあってテレビに向き合う時間が結構ありました、でも改めて感じた事は、正月と言う事を差し引いても、あまりにも番組の程度の低さに情けなく、見ているこちらが恥ずかしくなってしまいました。
  先ず、お笑い番組が特に低俗すぎて、情けないと言うしかなかったです、兎に角最近の所謂「芸能人」の質の低さが目に余ります、「芸能人」と言うのは、何かの「芸」があっての芸人の筈だが、何の「芸」もなく、ただ訳のわからない言葉を連発したりであったり、裸の体で動き回るだけであったり、無闇に相手の人を叩いたりして「芸」とは程遠い意味の無いことを売りにしているタレントがあまりにも多い、それで又喜ぶ視聴者が居るのが情けない、こんなタレントが「芸能人」と言うカテゴリーに入っている事を本当の芸能人は許しているのだから始末が悪い。
落語家、漫才師、浪曲師、手品師、漫談家、役者、舞踏家等々今まではこれらの「芸」を持った人を芸能人と言っていた筈なのだが。 
  そして二つ目に気に入らないのが、「大きなお世話」的な番組が多すぎる、有名人の誰と誰が結婚したとか、誰と誰が離婚しそうだとか、の話題に時間を取りすぎる、有名人だといえ、これらの個人的な事で10分も20分も 時間をかけて色々と詮索しコメントする必要があるのでしょうか、 「大きなお世話」ではないでしょうか、こんな情報が知りたい方はお金を出して夕刊紙でも買って読んで下さい、興味の無い者も見なくてはならない「大きなお世話話」はTVで流すのは止めてください。
  以上二点、テレビの質がだんだん悪くなっているように思えたならないのです。民放が五社も六社もあるのだから、同じような低俗番組を作らないで一社ぐらいあのNHKを慌てさせるほどの質の良い番組を作る局が出ないものなのでしょうか。(2008.1.22)
64. 藩主さまの三つの間違い
   ある国にとっても偉い藩主様がおられました、或る時、その藩主様は間違ってはならない、三つの間違えをされてしまいました。
   その一つは
 「断れない人」とやらのお誘いに乗り、自分の決断に家臣は必ず従ってしてくれる、と過信し、独断で敵将と或る約束をしてしまった間違い。
   その二つは
 持ち帰った話に、意外にも家臣の「ダメ出し」にあい、プッツンしてしまい、 「藩主をやーめた!」と言ってしまった間違い。
   その三つは
 驚いた家来達の大騒ぎも見苦しいが、自分の進退を自分で決められず、暫く隠とんの末恥ずかしくも「また、みどもがやる!」と「隠とん」から出てきた間違い。
 よほどその藩主が偉いのか、藩の中からは誰も「恐れながら!」とは申し上げる家臣はいなかったようです、その国の瓦版も大変な騒ぎをしましたが、藩の大老幹事長様の話ではその後も藩の中は、とっても巧く行っているとの事のようです。
      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
 大局判断ミス、先を読めなかった洞察ミス、あまりにも軽い決断ミス、冷静さを 欠いた軽率さ、こんな人が、これから将軍になると仰せのようですが、情けないと言うか、残念と言うか、藩の中の皆は「困った」「困った」と言っているようです。(2007.11.9)

63. 「チンピラ言葉」と関西弁
 最近賑わせている或るボクサー一家の騒ぎ、未だに収まりそうにありませんが、私はいい加減にして欲しいと思っています、親にしても子にしてもテレビに出てくるたびに不愉快になるのです、礼儀を知らない、節度も知らない、下品な言葉遣い、テレビに出さないでほしいのです。 或るテレビで一家の言葉遣いを批判するのに「下品な関西弁」と言っていた人がいましたが、私は、あの一家の言葉遣いは関西弁、大阪弁でもなく、ただの「チンピラ言葉」だと思っています、関西以外の人はあれが関西弁大阪弁で関西の人は皆ああなんだ、と思っていると思うと情けない気持ちです、あんなもの言いをする人は関西でもあまり居ないと思います。私は65まで関西にいましたので、関西弁の良いところ悪いところを知っています、確かに関西弁にも色々あります、京都弁も関西弁、船場言葉も関西弁、河内弁、泉州弁も関西弁です、でも「チンピラ言葉」とは違います、本来は柔らかくて、温かみのあるのが関西弁なのです、どうかあんな言葉遣いが関西弁とは思わないでください。

62. 「仮病的ふて腐れ病」
 最近或る力士(横綱とは言いたくない)が解離性障害と言う病気になり、故国へお帰りになりました、腰の骨折全治六ヶ月はどうしたんでしょうかね、もう治ったのですかね。初めて聞く解離性障害とはどんなものか検索してみると、「解離性障害(かいりせいしょうがい)とは、心的外傷への自己防衛として、自己同一性を失う神経症の一種。自分が誰か理解不能であったり、複数の自己を持ったりする。」とありました、何だかよく判らない病気のようですが、早く治して下さいとしか言いようがありませんが、一ヶ月報道を見ている限り「仮病的ふて腐れ病」ではないのかと言う人もいます、私は「吾がまま性障害」ではないのかなと思います。
 それにしても、「全責任は私が取ります」と言った親方が今謹慎中の本人が何処で何をしているのか判らない状況、異常だと思うのですが、理事長さん、どうなんですか?謹慎になっていないのではないですかね。それにしても、今月半ばに日本に戻って記者会見するらしいですが、そんなに早く治る病気だつたんですか、もう四五回優勝したいらしいのですって。
 この騒ぎ、北野たけし氏は感想を聞かれて一言、「日本人の横綱がいないって事じゃないの!」と言ったようですが、ほんと、早く日本人の強い横綱が出てきてほしいですね。

61.天晴れ! 佐賀北高校
  今年の春 高等学校の特待生野球問題が世間を騒がせ、私も、「58.見て見ぬふりの高野連」で公立高校にエールを送りましたが、今年の夏の甲子園で見事優勝したのは公立高校の佐賀北高校でした。
特待生も野球留学生も居ない公立の進学校があの甲子園で優勝したのです、お金が絡んだ野球有名校にも行かず純粋に地元公立で野球をし、決して恵まれた環境でもない中、全国でも有数の私立野球有名校を撃破しての優勝は凄い事だと感激しました、久し振りの公立校の優勝(松山商業以来11年振りとのこと)で、公立校フアンの私は、特待生が当たり前になった時代に幻滅を感じていますが、今年の夏はとってもスカットした気分になりました。
 全国の野球の巧い中学生を集めた私立高校が強くなるのは当たり前で、そんな学校が優勝しても面白くも何ともない、私は何でもお金の時代、せめて高校野球ぐらいは純粋な、野球愛、郷土愛でひたむきな野球が見たいのです、これからも公立校の野球部の皆さん、せめて甲子園では郷土の公立校を応援出来るように、頑張ってください。
 自分の故郷では無いですが、久し振りに公立校の清清しい優勝を見て感激してしまいました。佐賀北高校ありがとう!
60. 仏の顔も三度まで
 先日、朝青龍が骨折などの診断書を出して地方巡業を欠席していたのに、モンゴルでサッカーをしてヘッドシュートなどで大活躍しているビデオが全国に流れ、それが仮病てはないかと問題になり、醜態をさらけ出しましたが、見ている者が恥ずかしい限りの出来事でした、でもあの人だったら「又か!」と言う感じで特別驚きはない、 相撲協会が二場所出場停止などの処分をしたようですが、世間では処分は軽すぎると言う意見も多い、横綱に対する処分では初めてとの事のようだが、今まで何かと問題の多い横綱ですから、厳しい見方をする人が多いのでしょう。もともと親方も協会も一人横綱の彼にあまりにも頼り切っていた為に協会と親方をナメ切っていたのが彼をのぼせ上がらせたことになったのではないでしょうか。
 横綱が国に帰りサッカーをしてはならないと言う事はない、そのやり方が問題であるのであって横綱の行動を規制しているものではない、この横綱は圧倒的に強いことは誰もが認めているだろう、でも「横綱」は強いだけではない筈である、「心」「技」「体」と云われるように、人間的に他から敬われる存在でなくてはならない、他のスポーツのチャンピオンとは違うのである。この横綱は以前から問題が絶えない、先輩との喧嘩、その相手の車を壊す、部屋で暴れてドアなどを壊す、それに真偽は判らないが消えない「八百長疑惑」、など凡そ横綱に相応しくない話ばかりである、こんなマスコミで伝えられる話だけではなく、私は相撲の風格にもいつも疑問を持っている、勝ちが決まってからの「ダメ押し」、弱い相手への「釣り落とし」、や「蹴たぐり」等や稽古中とは言え「禁止技」により怪我をさせるなど下品な相撲が多すぎると感じています。 以前にもこのひとり言「相撲は「国技」を守れるか」で書きましたが、日本人力士があまりにも頼りなく国技と云われる相撲の横綱が二人とも外国人だと言う事が今の相撲協会の現状ではないのでしょうか、私は何も横綱に外国人がいけないと言っている訳ではないけれども、今回のような事件があると、相撲道の心は外国人には理解できないのかと思うのです。
 とにかく、私は一日も早く日本人の横綱が出て、国技に相応しい相撲が観たいだけのことなのです、琴光喜も含めて、若手の希勢里、豊真将などに期待しているのだけれど!!

59.恥ずかしながら、グランドゴルフで優勝
  私、若い頃からどちらかと言えば、スポーツ派であつたと自認していまして、学生の頃はバトミントで国体にも出場し、就職してからはゴルフを始め、四十代にはクラブの月例で何度か優勝しハンデも14まで上達し、歳はとっても体は老いたくないと思っていましたので、いわゆる老人のスポーツと云われるゲートボールやグランドゴルフ等と言うものは自分には縁のないものと馬鹿にしていた時期もありました、そんな私も七十二になりました、流石に本物のゴルフからも遠ざかり、今や出来るスポーツと言えば、二年前に始めた「グランドゴルフ」ぐらいになってしまいました。以前この「亘のひとり言」44でボヤイテいたことがありますが、まさか自分がグランドゴルフなどをする事になろうとは、若い頃の自分を思うと何だか情けなくなっていました、でも冷静に考えるまでもなく年寄りになったのだから、何よりも健康の為、マイペースで楽しむことが出来るグランドゴルフを続けることが当たり前と思えるようになり、出来る限り毎週の練習会に参加して楽しみを持つ事が心身の健康の為と思うようになりました。
  先月、年に三度行われる地区のグランドゴルフ会で思わぬ優勝をしてしまいました、お互いスコアーに拘らず楽しみ第一の会ですが、やはり優勝と云われると年甲斐もなく嬉しくなり、久し振りにトロフィーを手にして、一日気分を良くした次第です。

58.「見て見ぬふり」の高野連
 人間誰でも、自分にとって都合が悪い時は「見て見ぬふり」をする事がある。一旦「見て見ぬふり」をすると、見えた事にするタイミングが難しくなるものである、だから時として、何処までも「知らないふり」を続けて事態を悪くする事がある、いつまでも「見て見ぬふり」をしている方が自分の理屈が通るから「知らなかった」事を続けるのである、そのことで何か事が起こった時は「知らなかった」「見ていなかった」「まさか!」等とトボケル事が出来るからである。
  最近問題になつている高校野球選手の特待生問題、正に高野連はづっと見て見ぬふりをしていたのに、西武が余計な事を発表したばっかりに火の粉が飛んできて大きな延焼になつてしまって、今正に「知らなかった」「まさかここまで」などと「見て見ぬふり」をしていた言い訳をしている様に私には思えてならない。
  高校野球選手に特待生が居ると言う事など、一般の私でもかなり以前から当たり前と思っていた、言っては悪いけれど、最近急に強くなって甲子園で優勝している学校があるが、特待を条件に全国から中学生を集めていたからこそ、あそこまで劇的に強くなれたのであって、特待制度がなければ、関東関西のリトルリーグの子が何故故郷を離れて遠い学校まで行くのか、チョット考えただけでも判るのであって、そんな事が高野連の偉い人が知らない筈が無い、正に昔から「見て見ぬふり」をしていて、今急に知った事にしているだけの話である、本音と建前を白々しく使い分けて見苦しい事はなはだしい。
  今回の事での問題は二つあると思います、
一つ目は、何故野球だけがこの特待生は駄目なのか(学生野球憲章の趣旨は)他のスポーツは全然問題になっていないではないか
    その趣旨が絶対ならば、何故もっと早く措置をしなかったのか、
二つ目は、駄目だと云うルールを決めてあるにも関わらず、これだけ多くの学校がルール違反をしているのはどう云う事か、
      (ルールの良し悪しの問題ではない)
  私個人的にはスポーツ特待生制度は反対である、野球が巧くて貧しい家庭だからと言うのであれば、私立でなくても教育費の安い公立で野球をすればいいのであって、資金援助を受けてまで遠くの私立へ行く事はない、そう云う教育をしてほしい。
甲子園の野球が郷土の代表などと言っているが、レギュラーの大方が県外からの特待生と言う例もある、 だから私は甲子園の野球は公立の学校を応援することにしている。

57.六本木「東京ミッドタウン」をぼやく
  六本木に又一つ大きな東京名所が出来ました、「東京ミッドタウン」です。  先日近くの「国立新美術館」へ「モネ展」を観に行ったついでに、その「東京ミッドタウン」なるものを一回りしてきました、感想はハッキリ言って「大いなるガッカリ」でありました。
場所は近年色んな意味で有名になった「六本木ヒルズ」とは六本木通りを挟んで目と鼻の先であります、元防衛庁敷地跡の11万平米と言う場所に出来た巨大都市複合施設で、中心の「ミッドタウンビル」は高さ245mと東京都庁ビルを抜いて東京一の高層ビルで、あの六本木ヒルズと並んでその威容は圧巻でありました。
  でも、私の感想は薄っぺらな商業優先の巨大施設で、この「東京ミッドタウン」のコンセプトが「六本木ヒルズ」とどう違うのか、サントリー美術館(赤坂見付から移転)と云う文化施設もあるものの、超一流外資ホテル、ブランドモール、一流レストラン街、一流企業事務所エリア、それにセレブマンション、が入り混じっていて基本コンセプトが分からないのであります。
  所詮、企業がプロデュースする事ですから、利益優先になるのは当然なのでしょうが、それにしても六本木ヒルズもそうですが、兎に角人をどれだけ集めるかに心が行っているように思います。  そしてもう一つガッカリしたのは、ビル建物の設計が奇抜な設計にこだわり過ぎて、来る人に不親切なレイアウトになっているように思います、各エリアへのアプローチが有機的でなく、広い面積を使っている割にはとても分かり難いレイアウトだと思いました(私の歳のせいだとは思いません、迷っている人があまりにも多すぎました)。
  ただ、救いは
  ◎元々この敷地の隣にあった「檜町公園」を巧く使い、かなり広い日本風庭園をつくり、グリーンゾーンを開放的な施設に造っている事は都心と言うことを考えると有り難い事で必要な事だと感じました。
  ◎サントリー美術館、国立新美術館、森美術館がそれぞれ近くにあり、アートトライアングルとなっていて嬉しいことでした、それとグリーンゾーンに「21−21デザインサイト」はグッドアイディアです。
私は、都心にこれだけ広い土地があるのであれば、こんな商業中心施設でなく、もっと文化的な事に特化して美術館、音楽館、博物館、劇場と緑を組み合わせた「現代風上野公園」のような施設エリアを作ってくれてもいいのではないかと思います(民営では無理)。東京と言う世界有数の大都市、そのぐらいの品格ある場所があって欲しいと思うのです、ウスッペラなブランドショップが中心の利益優先の施設でないと物事が進まないのでしょうか、商業施設は新宿、渋谷、原宿あたりだけで充分ではないのでしょうか。
「東京ミッドタウン

プラザ

ガレリア
ホール

グリーンゾーンと
ミッドタウンビル

グリーンゾーン

グリーンゾーンとミッドタウンビル

高すぎて
全部入りません

「21_21DESIGN SIGHT」

ほど近くに
「国立新美術館」

ライバル
「六本木ヒルズ」
麻布方面から

六本木交差点

56.「”禁煙外来”で禁煙中」
  誠に恥ずかしく情けない事ですので、お暇なお方だけこのひとり言を聞いてください。
この歳になつて禁煙に挑戦しています、タバコを吸わない方には「何を言っているのか」と笑われるかも知れませんが、喫煙中毒の私にとっては切実な問題でありました、それも自分の意思だけで完全禁煙が出来ずに、「禁煙外来」と云うお医者さんのご指導を受けての挑戦中なのです。  私は二十歳頃から現在の七十を過ぎる今までの喫煙人生でした、一日17.8本から20本程度の喫煙で、「今更止めなくてもいいのじやないか」と言う人の言葉に甘えてあまり止めようとは思った事がなかったのですが、昨今だんだん喫煙場所も少なくなり、肩身の狭い喫煙者の立場の情けなさや家族からの勧めが強くなり、益々歳をとり何れ世話になるであろう病院や老人施設は禁煙だし、そんな時になって禁煙を強いられる事より、今多少苦しくても自分の意思で禁煙出来ればと思ったのです、この歳になり最後の挑戦だと思った訳です。
 今年の正月を機に心気一転決心したのですが、一日一本も吸わない日が無く、一日三本まで減煙はしたものの、完全禁煙は出来ずに一ヶ月が過ぎようとした一月の末近く「禁煙外来」と言うお医者さんが居られると知り、検索してみると南区に一軒だけ「禁煙外来」のお医者さんがおられる事が判り、思い切って相談に行ってみました、先生は予想通り「最後は貴方の意思しだいですよ!」との事でしたが、手助けする「禁煙パツチ」を使って八週間の治療をしましょうと事でした、現在の呼気内の一酸化炭素検査、ニコチン濃度検査などを受けて、一日一枚体に貼るニコチエルという薬を貰い禁煙宣言と言う紙に署名をして、禁煙生活に入った訳です。当日からその「禁煙パッチ」なるものの世話になっていますが、だんだんその薬のニコチン濃度を減らして八週間で身体的ニコチン依存度、生活習慣となっている心理的依存度をなくして行くらしいのですが、約四週間が過ぎ、今の所一本の喫煙もしなくて成功しています、今までのような「イライラ」や「集中力の無さ」はなくなっています、でも一日に何回かはタバコを思い出し「そうだ!禁煙中なのだ」と思い留まって吸わずに済んでいる状態です。これが「ニコチエル」と言う薬のせいで辛抱出来ているのか、薬の処方が終わった時点でどうなのか、自信がありません、兎に角ここまで来たのだから成功させたいと思っています、そして自分以外の人にこのように宣言し、自分への縛りを作り何とか八週間後には禁煙が出来ている事を願っている昨今なのです。
55. 「いじめ問題」私見==打たれ強い子供を==
  最近 子供の「いじめ」の問題が自殺にまで発展して社会問題化しているようだが、誠に悲しい事で当事者のお子さん親御さんにはお気の毒としか言いようが無い。それぞれの事案に関してはそれぞれの事情や原因があるのだろうが、起こってしまってからでは取り返しがつかない事件である、ぞれぞれの事については「教師が悪い」「友達が悪い」「教育委員会が悪い」「親が悪い」と言い分はあるだろうが起こる前に何をしたかではないだろうか。
  一般的な話として誤解を恐れずに書かせてもらうと、「いじめ」は今に始まった事ではなく社会の状況が変わったとは言え、昔からあった事で、私は人間の世界、「泥棒」と一緒で絶対無くならないと思う、何故ならそれは人間も動物だからです、人間が動物である以上、強い者と弱い者が出来る事は避けられず、それを人間はどう処理していくかだとおもう、動物は自分の存在を表現する為に他者に圧力をかけ威圧し排除して相対的に自分を高めようとし、自己主張し自己保身、自己防衛しているのである、ある意味生存競争である。唯人間と動物との違いは、 「思いやり」「理性」が有るか無いかではないだろうか、とは言っても、子供の世界では「思いやり」「理性」と言うブレーキが完全に作動するとは限らない、子供同士は時として辛らつな言葉で言い合う事もあるし、「ふざけ」がエスカレートすると片方が傷つく所まで進んでしまうこともある、そのとき「いじめ」を感じるのである、子供のこうした行動は学校で「いじめはいけない」と幾ら教えても子供にとっては別物、他人事としてとしか感じていないと思う、そこのところを幼い頃から教えておかなければ、大人になってからでは間に合わないだろう、例えば役所や学校に「いじめ撲滅」等と大きなスローガが垂らしてあるのを見るが、私には、そう書かなければ何もしていないように思われるから書いているだけのように思えてならない、撲滅のため何をするかが大切なのではないでしょうか。
  親は子供を自己防衛、自己保身出来る人間に育てなければならない、虎は子供の虎を崖から突き落として強い子供を育てるという話がある、このことを平易な言い方をすれば、「打たれ強い子供を育てて欲しい」と言うことである、打たれ弱い人間は他人からすれば何でもない事て゜も、本人にとっては「いじめを受けた」と感じてしまうのではないか、「打たれ強い」という事は、少々の事でも我慢し、耐える精神を持ち、「なにくそ」と反転出来ることだと思う、私らの子供の頃は泣いて家に帰ると、親は「泣かされたら、泣かして来い!」と言われたものだ、私は復讐を勧めているわけではないが、そのくらいの気持ちを持った子供を育てて欲しいと思うのです。自殺などと言う最悪の逃げ道を選択するのは「打たれ強い」とは思えないのです、この事は親しか教える事が出来ないのではないでしょうか。
  それはそれとして、
最近の一連の事象を見ていると、マスコミがワイドショー的に取り上げて騒ぎすぎて無理に社会現象を増幅していて、連鎖現象になっているのではないだろうか、大臣宛に自殺予告の手紙が何十通と来ると言う、私はこれらの殆どはイタズラの類だと思っています、苦難からの逃げ道を探している子供に、「最悪の逃げ道」を教えているようなもので、子供は最初から最悪の選択を考えている訳ではないと思う、もっと冷静に本質だけを報道してほしい。
54. 再び 関東、関西のエスカレーター作法
 私は一年にし四五回大阪奈良に帰るが、その都度永年住んでいた関西と今住んでいる関東の違いに戸惑うことかある。
以前にもこの「ひとり言」に書いたことがあるが、エスカレーターに乗る時いつも「ここは大阪だったのか」「ここは東京だったのか」と一瞬考えてしまうのです。
永年関西に居てエスカレーターに乗る時は必ず「右乗り左空け」で慣れていたのが数年前関東に来て「左乗り右空け」に戸惑いつつ、最近はそれが当たり前になっているのですが、年に数回の関西帰りの時は「右乗り左空け」の前の人を見て「ア!そうか、ここは大阪だった」と左に寄る事が多いのです。
 先日大阪大丸で空いていたエスカレーターにうっかりと「左乗り」をしていまい、後ろから急ぎ足で駆け昇ってきた若い女性に「おっさん、どつちに立ってんねん!」と言わんばかりに睨まれてしまった。
 狭い日本で関東と関西でこんな事が違うなんて可笑しいと思うが、その土地の習慣だから仕方がないのでしょう、新幹線の京都駅などは関東関西の人が入り乱れているのか、そのときその時エスカレーター上も混乱しているのを見かける事が多い。
エスカレーターを歩いて昇る人が居なければどちら側に乗っても良いと思うので、エスカレーター上の歩行は止めてほしい。
           関東、関西のエスカレーター作法をもう一度読むにはNO24をご覧ください


左乗り右空け(東京丸の内)

右乗り左空け(大阪梅田阪急百貨店)

53.熱闘甲子園、 早実の初優勝
 今年の夏の甲子園は凄い試合が続きました、最近低迷気味の高校野球の視聴率としては凄かつたらしいですね、逆転試合、それも九回に勝負が決まる試合が多くて、甲子園の入場者も何年ぶりの更新だそうで暑い夏が益々盛り上がった大会だっと思います、それにしても、駒沢苫小牧の三連覇はならなかったけれど、二日に亘る優勝戦はハラハラの熱戦でした、私の孫が早稲田大学生なので、一緒になって早実を応援していましたが、苫小牧の田中君、早実の斉藤君の素晴らしい熱投、特に斉藤君の150キロに近いストレートとプロ顔負けのキレのあるスライダーは見ていて気持ちが伝わってくるような試合でした、最近の何処かのプロの締まらないピッチャーと比べてとても清清しい野球でした。  私の気持ちとしてはラグビーの様に両者優勝とは行かない物かなと思います。療養中の王さんも、母校の初優勝を喜んで居られることでしょう。
でも、彼らは高校野球のヒーローかも知れないが、彼らはまだ高校生、タレントやアイドルの様に取り上げているマスコミが目立つとは思われませんか? 「ハンカチ王子」などと必要以上に持ち上げて、かえって彼らをウスッペライ存在にしているように思うのですが?
もうプロ入りが決まったかのように推測、報道するのは止めてやって欲しいものです、持ち上げてドスント落とすのが上手なマスコミの餌食にならないように、周りの大人がしっかりと見てやって欲しいものです、私はいくら騒がれても大学に行き、野球もそうだが大人としての勉強をしてからでも遅くはないと思います、まだ18の高校生です、急がば回れ!でいってほしいと思うのですが!
 
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
 「ハンカチ王子」が使っていた青いハンカチ
「ハンカチ王子」が使っていた青いハンカチ
   甲子園を沸かした早稲田実業の斉藤投手が使っていたハンカチが我が家にありました。今朝のTVで「ハンカチ王子」のハンカチの事を放映していたのを見ていた妻が「あのハンカチなら家にあるよ!」と言って出してきたのがこのハンカチ、「多分このハンカチで間違いない」と思うがどうでしょうか、孫娘が早速持って行きました。
 (こんな話題好きではないんですが、
  たまたま話題になっているので、つい)
52.相撲は「国技」を守れるか
  先日、大相撲7月場所が朝青龍の優勝で千秋楽となつて横綱に勝った白鵬の横綱昇進が見送られた、横綱が一人より二人の
方が面白いと思うので、残念ではあるが、「国技」と云われる相撲の横綱が二人とも外国人となりそうで、しかも関脇小結の三役陣の顔ぶれを見ても元気なのは外国人ばかり、こんな状況に私は複雑な気持ちなのです、大関を含む若手日本人力士の発奮を期待したいと思います。
  それとは別に私が危惧するのは、確かに国際化、近代化も必要であるとは思うが、最近あまり使われなくなった「国技」と言う言葉の重みが無くなってきている事が淋しいのです、 場所中に起こった露鵬の態度の悪さは論外として日本人の心「禮に始まり禮に終わる」事を一番大切にしてほしい相撲において「禮」を軽くしている姿が目に付くのは私だけでしょうか、土俵に上がったときの禮、勝負が付いた後の相手との禮、殆ど心がこもっていない力士が目に付く、頭は下げてもその下げ方で態度が判る。各部屋の親方は相撲を強くする事だけを指導するのではなく、一番大切な「心技体」の「心」を指導しているのだろうか、また場所中でも土俵の周りに五人もの審判親方が居ても注意しないのはどう言うことなのだろうか、立ち会いの「手つき」も不十分な力士が多いが、これも審判親方から注意をしている事を見たことが無い、一言で言えば「乱れている」と思います。 相撲がプロレスの様にパフォーマンスの面白さのみに行くのであれば見る価値もない、強ければ何でもいい、と言うのでは困ります。
  私は外国人力士が増える事は仕方が無いとしても、相撲の「心」「禮」が理解できない力士は認めることは出来ないと思う、これは日本人力士が模範を示して自ら大切にしなければならない事であり、「国技」と云われる事の原点だと思います。それが出来なくなったのであれば「国技」と言う言葉は返上すべきだと思います。相撲協会にはその辺の危機感が有る様には見えないのだけれど。
 51. ワールドカップとサッカー馬鹿
  ワールドカップでブラジルに負けて一次リーグ敗退、私に言わせれば実力通りの結果で特に驚きはない、まだまだサッカー後進国、オーストラリア戦にしても、クロアチア戦にしても実力通りだったと思うし、それに解説者を含むマスコミは日本チームを過大評価して煽りすぎではないでしょうか、期待と実力は別物で、勝敗に拘りすぎてスポーツ観戦の本当の面白さを忘れているのではないのでしょうか。  それとは別に私が如何かと思うのは、ここしばらく朝から昼となく夜となく、どのTVも新聞もワールドカップ一色!!これってどう思います、私もスポーツ観戦は大好き人間なので、日本が出来るだけ好成績を挙げてくれる事に越したことはないが、これほど日本中のマスコミが大キャンペーンで大騒ぎする事はないと思うのだけれども、どうでしょう。
  ワールドカップは四年に一度のお祭りと言えばそうだが、もっと冷静になってもいいのではないでしょうか、本音で言わせてもらうと、「たかがサッカー」マスコミも、もつと大事な伝えたい事がある筈だと思うのですが、すごいお金を使って「日本が負けたのは不本意」だと言うのは思い上がりだと思いますが、どうでしょう。決勝リーグの好勝負をゆっくり観戦したいものです。
50.高齢者講習(道交法108条)受講に思う
  私、今年運転免許の更新をしなければならない年であります、先日交通安全委員会から更新手続きの案内ハガキをうけとりましたが、「貴方は今回の更新から道路交通法第108条により高齢者講習を受けてから更新手続きに入ってください、その講習受講が無いと更新出来ません」と書いてありました、と言う事で最寄の自動車教習所でその「高齢者講習」を受けるようにとの事でした、早速その手続きをして近くの教習所で講習を受けてきました、その講習の内容と言うのは、安全運転の重要性や交通法の講義が一時間、運転適正診断と言ってハンドル、ブレーキ、アクセル操作に対する反応が運転に適しているかの適正診断が一時間、そして教習所のコースに出ての運転実技が一時間、正直実技の診断まであるとは思っていなかったので少々驚きはしましたが、高齢者の運転技能の衰え程度を見るのが狙いでしょう。私の診断結果は何と、四十台と判定してくれました、考えてみると、高齢者社会になり、当然高齢者の免許所持者が急速に増えているのだから、若い人と同じように老化が日々進んでいる高齢者を機械的に更新をしていたのでは事故が増える心配があるのでしょう、実際高齢者の運転による事故が急増しているそうです。確かに自分も七十を超えて運転機会は少なくはなってはいるが、目、耳、手足の運動など若い頃とは反応が違うぞ、と自分でも感じる事があり、それなりの注意はしているものの、万一の事があれば大変な事なので、この制度改正は安全を確保する為には当然かも知れないと思いました、そして、もし自分が「貴方はもはや運転に適していません」と言われたときは、自分の為、世の中の安全のために、免許更新を思い留まる決断をする良い機会を貰える制度だと思いました。 少々悲しいけどね!!
49.マナーとルール
  井の頭公園での夜桜見物でカラオケ、花火、踊りなどで大騒ぎして付近の住民に大迷惑をかけたと言うニュースをテレビで見たが、最近法律には触れないが道徳に反していると言う事が多いのは困ったものです。一時話題となつたライブドアーの株式分割や時間外取引、また一億円貰って「覚えが無い」と言っている人が居たり、、こんな新聞沙汰でなくても日常の小さな出来事なら幾らでもありますね、未だに電車内のケータイでの話声、飲んだ空き缶を平気でポイ捨てする人、百貨店や駅のトイレで喫煙する人、本屋で必要なページを携帯写真で撮って帰る人、きりが無いが、本来道徳と言えば堅苦しいけれども、「人に迷惑をかけない」と言う人として最低の心の歯止めであって、マナーという人間の暗黙の申し合わせである筈で、その歯止めを超える人が居るから「法律」(ルール)が出来たのであって、全ての人がこのマナーを守ってさえいれば「法律」なんて要らないはずである、極端な話、人間全員が「人を殺してはいけない」と言うマナーを守れるのなら刑法は要らない。 そのマナーとルール法律のギリギリの線を超えるのが「人間」なのでしょうか、人は皆他人より優位で居たい、人より富を得たい、人よりも名声を博したい、と言う欲があるのは仕方ない事で、むしろそれがあるから人間努力もするのだが、マナー即ち法律以前の最低の線を越さない事が人が動物と違う点ではないのかと思う。 せめて花見の後は自分の出したゴミぐらいは持って帰ってほしいものです。
48.「偽メール」の二つの不思議
 先月から国会を騒がせている問題「ライブドアーと武部幹事長との金銭授受疑惑」、民主党の追及が思わぬ展開となり、言われている「四点セット」で自民党をどこまで追い詰める事が出来るか注目していたが、民主党の自爆で幕が降ろされようとしている。 永田議員が入手し国会での取り上げ方が余りにも軽率稚拙であったこの「偽メール」 この真偽を巡り様々な事が言われているが、私はこのメールを持ち込んだと言われているジャーナリストが出てこない事がこの真偽を物語る最大の証であると思う。
 だとしたら、私は何故自民党と武部氏が国会と言う最高の公の場で名誉を傷つけられた事を「名誉毀損」で永田氏民主党を訴えないのかが不思議で仕方ない、本当に「火のない所の煙」だったのか、訴えれば検察の手で潔白が証明される筈であるのに、と思うのだが。 そして叉永田氏と民主党はこんなガセネタを掴まされて、国民に大恥をかいた不明を嘆くのであれば、何故このジャーナリストを「私文書偽造」で訴えないのか、何故そんなにそのジャーナリストを守るのか、言われている「金銭で買ったのではないか」と言う事が無いのであれば、何故訴えないのかが私には判らない。 お互い「藪をつついて蛇を出したくないのか」決着の仕方が「大人の解決」としても、私には不思議である。
47.ホリエモンの錯覚
  堀江貴文氏が逮捕されて思うこと。
東京大学の哲学科で学び、頭が良かったとの事、子供の頃趣味はと聞かれて「お金をためること」と書いた、若くて優秀で柔軟な頭でコンピューターにはまり込み企業家としてスタートしたのがまさにバブル崩壊時、「金こそ命」を実践しようとしてバーチャルの世界で錯覚してしまった。
  彼の言う企業価値とは (株数)×(株価)であったのでしょう、いわゆる時価総額を企業価値と考えていたのでしょう。
本来は(本当の企業価値)÷(株数)(株価)であって、時価総額が先ではない、本当の企業価値を上げてほしかった、本末転倒、株価と株数を上げる事で時価総額と言う仮想の企業価値が上がると錯覚したのでしょう、如何に本当の企業価値をあげるかが先ではなかったか、あの会社の本当の企業価値は何だったのでしょう、ライブドアーは世の中に何を貢献しようとしていたのか、貢献など考えなかったのだろうと思われても仕方が無い、正当な利益があったのなら、一番大事な株主に配当をしなかったのは何故なのか。
 法律の範囲内であれば金の為企業価値を上げるために工夫をする事は特に悪いとは思わないが、企業であれ、個人であれ、「金」だけがその価値だろうか、企業であれば、どれだけ良い物を作り、どれだけ良いサービスを提供し世の中の為に役立っているのかが本来の企業価値ではないだろうか、ライブドアーはこの事無しに金儲け第一に暴走した事が不幸だった、この会社の本当の企業価値はどこにあったのか、彼は世の中に何を提供しようとしていたのか、聞いてみたいものだ。私は近鉄買収事件までは、そうでもなかったが、ニッポン放送事件以来、この会社は何時かは何かの問題を起こすのではないかと薄々危うさを覚えてきた、最近のマスコミを利用したあのハシャギ様は目に余る態度で、とても上場企業の社長とはかけ離れたものを感じていました。
  哲学科で学んだ彼の哲学は資本主義の恥部だったのか、はたまたよりもと言う考え方を作った世の中の流れが悪いのか、団塊ジュニアーと言われるこの年代、強者であればいいと哲学で学んだのか、 ホリエモンと言うこの青年、基本的な「嘘はつかない」「人に迷惑をかけない」「人の役に立つ」と言う人としての倫理はどこに忘れてきたのか、 今一度人間学を勉強して欲しい、バイタリティーと頭の良さと行動力だけはありそうだから。
  ここまで書いて、フト私は、思い出した。
    「奪い合えば 足りなくなる 分かち合えば 余りある」 と言う言葉を!!  
46. 「古希の春」雑感
                       「古希の春 目出度くもあり 目出度くもなし」
 平成十八年、今年は古希を迎える春となった。 70年生きてきたが、決して頑強ではなく三十台に大きな手術をした自分が此処まで来れた事には感慨深いものがある。振り返り自分って何だったのか、今まで一体何をしてきたのか、家業の商家を継いで欲しがっていた父の意思に反して、学校の先生の言いなりに銀行に勤める事となったものの、自分のイメージとしてはマスコミ関係か芸術家のようなものを持っていただけに、銀行員としては決して自分に合った仕事ではないと思い続けていた、でも人間て、誰でもそんなものではないのだろうか。
    それなりに、その時その時自分を環境に合わせて生きてきたようだ
    自分を知っているつもりでも、判らないまま終わりそうだ
    幸運だと思ったことはないが、不幸だったとは思った事はない
    好きな事は何とか出来た事には満足している
    70年間100点ではなかったが70点以下ではないと思う
    家族に恵まれた事は感謝している
    中学の増井清先生、創造美術の上嶋龍先生との出会いは自分の心の原点だった
特に、人生後半は物よりも心の豊かな人生を目指す事が出来たのは「絵」と言う何よりの伴侶があったからだと自分に言いきかせたい
「絵」も六十を過ぎてからは「うまく描こう」とか「賞を取りたい」とか「名を上げたい」などとは一切考えなくなり、「描く事」を楽しめるようになった事が幸せだと思う、昔「お前は欲がなさすぎる」などと上司に言われていた事を思い出す。
 ノーサイト゛の笛まで、どれ程の残り時間があるのか知る由もないが、今まで通り淡々と自分らしく生きて行くしかないか。
45面白変換ミス
  パソコンをやり始めて、かなりの期間が過ぎるが、未だに文章を打ちワード使う時は変換に気を使う、私の場合はもともとワープロを使っていたので、未だに「かな変換」なので、特にそうなのかも知れないが、歳とともに確認が甘くなっているのか、時々トンデモナイ変換をしてしまう事がある、後ででも自分で気が付いた場合は良いが、人から指摘された時などは赤面もので、とんでもない恥をかいた事がある。  例えば、単純なものでは
  「行った」と「言った」   「病院」と「美容院」   「展覧者」と「展覧車」  「描く」と「書く」「掻く」  「医者」と「慰謝」など、確認不足が原因である事は間違いない、    
           友達とこんな話をしていた丁度その時、これに関する変換ミスの例文を私の掲示板へ
           書き込みをして教えてくれた人がいました、勿論、変換ミスは、全く違った意味になる、
           その方が書いて頂いた例を挙げると、
「 5季ぶり快勝 」「ゴキブリ解消」、
「 正解はお金です 」「政界はお金です」

 「今年から海外に住み始めました」 → 「今年から貝が胃に棲み始めました」
  「 誰か、ビデオとってるやついないか!」「誰か、美で劣っているやついないか!」
「 同棲しよう、でも言えなかった 」 「同棲しよう、でも家なかった」
「 規制中で渋滞だ 」 「寄生虫で重体だ」、
「 地区陸上大会 」 「チクリ苦情大会」
「岡歯科内科」   「可笑しかないか」
こんな例が挙げられていた、こんな様に他人事として読むと「面白い」で済むが、自分であれば、大恥物ですね。
   とにかく、変換にはよほど気をつけなくてはならない。  このページの文章も変換ミスのない事を祈りながら!!!

45.以前のバックナンバーを読んでみる

トップページへ