もどる

トップページへ



芸術系ランキング
投票(クリック)してお帰り下さい



趣味の検索エンジン&ランキング【シュミラン】
投票(クリック)してお帰りください
三四郎池の印象
三四郎池の印象

東京大学「三四郎池」「安田講堂」「赤門」の秋

イチョウ並木の赤門を内側から見る
赤門を内側から見るイチョウ並木
   三四郎池
 三四郎池の正式名称は、「育徳園心字池」。山手台地を浸食した谷に湧出する泉である。この池は、江戸時代は加賀藩邸の庭園の一部だったが、明治に入って東京帝大に移管され、後に夏目漱石(一八六七−一九一六)の小説『三四郎』にちなんで、「三四郎池」と呼ばれるようになった。  安田講堂の東下にあります。
      赤 門
東京大学の代名詞となった東京都文京区本郷の赤門は江戸時代の大名の御守門の事を言い、ここはもと加賀金沢前田家の上屋敷であり、1877年(明治10)東京大学に移管され、1961年(昭和36)に解体修理が行われた。現在は国の重要文化財に指定されている。
    安 田 講 堂
 安田財閥の創始者、安田善次郎の匿名を条件での寄付により建設されたが、右翼に暗殺された安田を偲び、一般に安田講堂と呼ばれるようになる。
 1968年(昭和43年)の東大紛争・東大闘争では機動隊との壮絶な学生運動の象徴として有名であります。