一枚スケッチさせて頂きました

向島百花園














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「向島百花園」概要

決して大きくない庭園で、一回りしても十分もあれば巡れるほどの面積でありますが、
山野草や日本的な花木が中心で地味な庭園でした。

又、芭蕉の句碑を含め大窪詩仏などの文人墨客の29の句碑、石柱が点在し、しばし心穏やかな時間を持てました。

 江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804〜1830年)に造られた庭園。庭を造ったのは、それまで骨とう商を営んでいた佐原鞠塢。交遊のあった江戸の文人墨客の協力を得て、旗本、多賀氏の元屋敷跡である向島の地に、花の咲く草花鑑賞を中心とした「民営の花園」を造り、開園しました。
  開園当初は、360本のウメが主体で、当時有名だった亀戸の清香庵字臥竜梅の梅屋敷に対して「新梅屋敷」と呼ばれたほどです。その後、ミヤギノハギ、筑波のススキなど詩経や万葉集などの中国、日本の古典に詠まれている有名な植物を集め、四季を通じて花が咲くようにしました。「百花園」の名称は、一説では、「梅は百花に魁けて咲く」または「四季百花の乱れ咲く園」という意味でつけられたものです。 百花園は当時の一流文化人達の手で造られた、庶民的で、文人趣味豊かな庭として、小石川後楽園や六義園などの大名庭園とは異なった美しさをもっています。
  民営としての百花園の歴史は昭和13年まで続き、同年10月に最後の所有者の小倉未亡人から東京市に寄付され、翌14年7月に東京市が有料で制限公開を開始しました。なお、昭和53年10月に文化財保護法により国の名勝及び史跡の指定を受けました。

開園  年月日昭和14年7月8日
面積  10,885.88平方メートル
主な植物 セツブンソウ、カタクリ、クマガイソウ、その他各種山野草。並びにハギ、ウメ等  樹木数1,040本550株
行きかた
   東武伊勢崎線「東向島」下車徒歩約八分                  地図で見てみる
施設
   開園時間      午前9時〜午後5時  (入園は午後4時30分まで)         
   休園日        年末・年始 (12月29日〜翌年1月3日まで)

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