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北鎌倉散策


鎌倉小阪郵便局の丸ポスト

苔むす石段と薄

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東慶寺
 弘安8年(1285)北条時宗の妻、覚山尼(かくざんに)の創建と伝える。臨済宗。 明治35年、男僧寺に改められたが、かつては尼寺として栄え、寺内に駆け込んだ女性は3年間修行すれば夫と離縁することができた。 そのため縁切り寺″駆け込み寺″の名でも知られている。 ウメやアジサイ、ショウブなど四季折々の花が咲く境内には、本尊の釈迦如来坐像を安置する泰平殿、 その脇に水月堂とよばれる観音堂が建つ。 本堂そばの松岡宝蔵では、聖観音立像、初音蒔絵火取母(はつねまきえひとりも)などの重要文化財や縁切り文書を展示。 参道奥の墓地は西田幾多郎、鈴木大拙、高見順ら多くの文人が眠る。



意味有り気な石塔と飛び石

お茶席風の庭園は元尼寺である事を偲ばせる

好天気で賑わう参道

円覚寺
弘安5年(1282)、執権北条時宗が宋から招いた無学祖元(むがくそげん)を開山として創建された臨済宗の寺。 鎌倉五山第二位。度重なる火災により衰退したが、小田原城主や江戸幕府により復興。 現在の建物は関東大震災以後に修復された。 約6万坪の広い境内をほぽ一直線に伽藍が並び、15の塔頭寺院が建つ。

 
堂々たる山門
門額には伏見上皇の筆による「円覚興聖禅寺」とある



天明三年(1783)誠拙和尚が再建



石橋の向こうはJR北鎌倉駅


「北鎌倉駅」の目の前


木々に囲まれた簡素な山門


苔むす石段と薄
浄智寺
 
鎌倉五山の四位に列せられる寺。弘安4年(1281)、執権北条時頼の三男宗政の菩提を弔い、 宗政とその子師時を開基として宗政の妻が建立した。 現在の建物は関東大震災後に再建されたものだが、自然林に囲まれた静かな境内は国の史跡に指定されている。 石段を登ると正面に、上部に鐘を吊り下げた楼門か立つ。奥には曇華殿と呼ばれる仏殿があり、本尊の三世仏坐像が祀られている。 阿弥陀、釈迦、弥勒の三体からなるこの仏像は15世紀の作でそれぞれ過去、現在、未来を表す。 参道沿いの石段脇には鎌倉十井に数えられる“甘露ノ井(かんろのい)”があり、タヒチガン桜、沙羅双樹などの樹木が生い茂る。




竹林と石仏、京都を連想する

もみじは未だだったが柿が色づいていました

 
塔頭の門


建長七年(1255)鋳造の梵鐘は国宝
建長寺

鎌倉五山第一位の臨済宗建長寺派の大本山。 建長5年(1253)北条時頼が蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を開山として創建した、わが国最初の禅の専門道場。 最盛期には塔頭が49院あったが火災により焼失。現存する建物は江戸時代以降に再建または移建されたものである。 総門、三門、仏殿と一直線に並ぶ伽藍の周囲を10の塔頭寺院が取り囲む。 寺宝も豊富で木造漆塗りの須弥壇、木造北条時頼坐像などの国重文がある。絵画、書の優品も多数。境内は史跡。




三門(三解脱門の略)


禅寺らしい堂々とした仏殿と法堂(重文)

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