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スケッチ 山手線一周と地名調べ「大塚」

山手線29駅をスケッチ歩きをしながら一周し、各駅の周辺の顔を見て回り、
その町の「地名の由来」を調べてみました

大塚に着きました

近作二点追加しました。2012.2.21

 
大塚駅北口

大塚駅北口

山手線と都電荒川線が交わる駅の北口風景
鼠坂

鼠坂
文京区音羽の谷から小日向台地への急な坂


蕎麦処進開屋
蕎麦処  進開屋(千石)
 東京大空襲の時も戦災を免れた文化庁登録有形文化財なにです。
鷺坂
「鷺坂」
文京区小日向にある坂道です

都電荒川線大塚辺り
都電荒川線
池袋サンシャインの見える場所
空蝉橋辺り
空蝉橋のあたり
桜咲く坂道がありました


小石川植物園
小石川植物園
東大総合研究博物館
小石川資料館
小石川資料館の前


三百坂
三百坂
松平藩武家屋敷のあった坂の町
小石川後楽園
小石川後楽園 九八屋と皐月


大塚駅南口
大塚駅南口 山手線と都電
鉄道懐かしいヘツドマーク

開業当初の山手線ヘッドマーク

 
 列車の「線名板」「愛称板」「行き先表示板」などは昔は大体がホーローで出来た金属製だつたが、特に「行き先表示板」などは時代と共に変化し布で出来た巻上げ式(方向幕)からパタパタと変わるプラスチック式を経て最近はデジタルの電光表示が多くなり、車掌が手で行き先板を変えていた昔のアナログの不便だが温かい郷愁が懐かしく思い出されます
大塚近辺の町名由来など
大塚
昭和の初め頃までは山手線と都営荒川線の交差する町として池袋を凌ぐ歓楽街であったが、
現在は文教地区として御茶ノ水女子大などで知られる文教、商業、住宅地区である
音羽

徳川氏の女官音羽局の所領地であったことからこの名前となり、幕末には茶屋、遊女屋などが立ち並ぶ
江戸有数の繁華街であったようです、故鳩山一郎家の邸宅(現鳩山会館)などがある
小日向
南に神田川、西に音羽の谷、北に茗荷谷に接していて戦前は山手線内の代表的な住宅街であったよう
で現在も交通事情の良さからマンションなどが多い
茗荷谷
地下鉄丸の内線茗荷谷駅周辺の旧地名で茗荷の産地であった、江戸時代は寺社奉行肥後守の屋敷
があり、キリシタンを取り締まる調べ所と牢屋があつたようです、現在は拓殖大などの文教地区
小石川
白山台地と千川低地にまたがり、現在の白山通りと春日通りを挟む辺りで、寺院文教施設
などのほか印刷製本業なども多い、石川啄木幸田露伴などの旧宅跡もある

次の「池袋」へ行こう!

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