山手線一周
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千住 旧日光街道の石屋さん
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スケッチ 山手線一周と地名調べ

山手線29駅をスケッチ歩きをしながら一周し、各駅の周辺の顔を見て回り、その町の「地名の由来」を調べてみました

西日暮里 諏訪神社
西日暮里 諏訪神社
根津で見つけた教会
根津で見つけた教会
東日暮里三丁目
東日暮里三丁目
鐘淵駅前の商店
鐘淵駅前の商店
堀切 造船所の見える風景
堀切 造船所の見える風景
柳原商店街 一角
柳原商店街 一角
大正3年ごろ」の字型で
現中央線と繋がる


大正14年環状運転開始
西日暮里駅の開業は昭和46年でした
29駅の最後の開業です
  
⇔⇔⇔山手線開業から現在までの推移 ⇔⇔⇔ 
「西日暮里」は山手線の中で最後に出来た駅です


日暮里駅と西日暮里駅は新宿駅と代々木駅と並んで駅間が短く約500メートルあまりでホームからホームが見ることが出来る近さで、駅周辺の地名も共通しています、そこで、地名由来も日暮里と同じとなりました。
西日暮里近辺の町名の由来と特徴
日暮里
本来ニッポリは「新堀」と書いていたとのこと、新堀とは、新開拓地を意味する言葉らしい、この地に住む文人達が日の暮れるのも忘れて風情を楽しんだ事から「ひぐれ里」日暮里と言われるようになった。
谷、根、千
(ヤネセン)  
下町の代表である、谷中、根津、千駄木を総称 して「谷根千」(ヤネセン)と言っているようです、勿論ヤネセンと言う地名はない
谷中  
上野台地と本郷台地との間の谷間からこの名があると言うのが一般的である
根津  
谷中と隣接し、上野台と本郷台との間の不忍池から続く低地で「津」と言うことからここがその北限であったのではないかと思う
千駄木  
忍通りに沿って田端台地に突き当たるまでの斜面地域で、昔は雑木林の里であったのだろうか、森鴎外、夏目漱石などの文人が好んだ地
     
明治18年開業当時








明治36年ごろ
まだ「の」の字状態でした