スケッチ 山手線一周と地名調べ「目白」

目 白
山手線29駅をスケッチ歩きをしながら一周し、各駅の周辺の顔を見て回り、
その町の「地名の由来」などを調べてみました

雑司が谷「上川口屋」

雑司谷の鬼子母神境内の「上川口屋」さん
鬼子母神の境内に江戸時代から十三代続く有名な駄菓子屋は
下町、雑司が谷ならではの風景
 
胸突き坂
 
胸突き坂 
  新江戸川公園の脇の神田川沿いの道から
目白台に上る坂で、坂の中ほどには永青文庫があり、近辺には椿山荘も近く、坂は 中央の階段と両脇のスロープで造られ、傾斜はかなり急で、この坂の「胸突き」の名前の由来でもあるのでしょう。尚、坂の途中には休憩所が設けられていて、心使いは年寄りにはなによりである

目白庭園
 
目白庭園 (豊島区立)
西口を目白方向へ、住宅街の中を10分少々歩いて、西武池袋線の線路を渡ると すぐ。目白駅よりは、池袋寄りです。 豊島区立の庭園です。 大正7年、雑誌「赤い鳥」が、鈴木三重吉によって主宰され、芥川龍之介や有島 武郎、北原白秋、西条八十らの作家・詩人の協力により、この地で創刊された。 庭園内の数寄屋づくりは、それにちなんで「赤鳥庵」と名付けられている。 小さな滝や、澄み切った池に鯉、剪定のゆきととどいた樹木など、典型的な日本 庭園です。
入園無料 第2.4月曜休館

千登世橋

千登世橋は昭和7年、明治通りと目白通りの高低差を利用して架けられた、当時としてはめずらしい立体交差橋です。都内の陸橋としては最も古いものの一つで、優美な曲線を生かした美しい姿で、都内でも土木史的価値の高い橋として「東京都の著名橋」に指定されています。 橋 長 27.81 m
   東京都豊島区、目白と高田と雑司が谷の接点にあり、 池袋に在住していた江戸川乱歩の名作品「少年探偵団」が映画化されたときには、この橋のシーンが、追跡場面などで何回か登場しましたと言う事であります。
千登世橋
旧マッケーレブ邸
旧マッケーレブ邸
(雑司が谷旧宣教師館)
東京都指定有形文化財

 都電荒川線東池袋駅から徒歩10分ほどの所にあります、この建物は明治40年(1907)にアメリカ人宣教師マッケーレブが来日時に建てたもので昭和16年まで住んでいた木造二階建て寄棟屋根で、ほぼ当時のままの姿で残っているようで、生活していた時の資料や物が展示してあります、19世紀後半のアメリカ郊外住宅の特徴がよく出ていて、都内でも数少ない明治期の貴重な建物だと思います。

毎週月曜日 と第三日曜日祝日休館
入館無料
目白の南京はぜの道
南京櫨の並木通り
学習院大学
学習院大学
雑司が谷の並木路
雑司が谷けや木並木
目白周辺の町名由来など
 目白
 JR目白駅を中心とする東西に細長い地区、地名は南隣にある高田にある目白不動に由来するとか、かってこの辺りで白馬(馬白(メジロ))を産したとの事が由来との説がある目白駅すぐ東には学習院大学、や川村学園が、また近くには日本女子大などがあり、それらの文教地区との顔と、目白通りの商店街の顔があるが、その周辺は都内指折りの閑静な住宅地である。
 落合
 新宿区北西部、神田川と妙正寺川が落ち合う(合流)している事からの名前である、神田川の浸食谷が台地を二分し、台地面は昭和初期に開発された住宅街となり、川沿いの地区は染色関連業が多い
長崎
 目白通りと山手通りに囲まれた地区で、地名は鎌倉時代の北条氏の家臣で長崎氏の領地であった事に由来するとの事、関東大震災を機に住宅地として開け、旧長崎村の鎮守であった長崎神社の獅子舞が有名
  雑司が谷 
 江戸時代以前からこの辺りの林野が法明寺の雑林料になっていた事からとの説がある、徳川家光が御薬園を開いた場所で漱石、鏡花、荷風、八雲等の墓所もある  

 
 次は「高田馬場」です!

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目白駅
 



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