もどる

恩師  上嶋 龍先生の想いで

私の人生後半の生き方を決めて下さった上嶋 龍先生が2005.3.6日逝ってしまわれました。享年96歳
ご冥福をおいのりしつつ、私の想い出を手持ちの作品集から纏めてみました
私が先生から頂いた先生の作品「上高地焼岳」
油 F−4
       上嶋 龍先生の略歴抜粋
 あくまでも関西にこだわり大阪に美術の根を下ろさせた
 明治の画家。

1909年 大和高田に生まれる
1930年 信濃橋洋画研究所入所
1934年 二科展初入選
1935年 画壇グループ「セクションダール」を結成
     (現 創造美術協会)
1939年 御堂筋三角堂にて初の個展
1952年 行動美術協会会友
1952年 第十回目の個展を銀座トキワ画廊にて開催
     その間ヨーロッパ中国など多くの取材旅行
1970年 近鉄文化教室の開講に尽力2001年まで多くの弟子         を育成
1989年 八十歳画業55年記念展をABCにて
1997年 米寿記念展を近鉄文化ギラリーにて
      現 創造美術協会の創立顧問として活躍されましたが96歳と言う年齢には勝てず亡くなられました。私は永年に亘り絵の何たるかをご指導頂きました。有難うございました。 合掌

上嶋先生の作品の一部(画集より抜粋)
先生の若き時代の
キュービズム作品


先生の1965年(昭和四十年)の年賀状
私に下さった「運、根、凡」の
言葉と先生のサイン

先生の好きであった言葉
「凡」から門下生のグループ展
「リューボン展」の名がついた

リューボン展は先生の門下生が一堂に発表する
グループ展で1999年まで春秋毎年開かれていて
弟子たちの研鑽の成果を発表展でほぼ25年続く
会場は私にとっても懐かしい今は無き
道頓堀のギャラリー「ミドー」でした

1987年87歳の時の
個展案内状


1994年四国スケツチ旅行で先生と私

画業五十五年記念個展の時の先生

ポルトガル バターリヤ教会にて  先生と私     1995年 

        トップページへ