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東京地下鉄大江戸線 スケッチ散歩

スケッチブックと写真を持って「豊島園」へやってきました。

「豊島園」と言えば先ず西武鉄道グループの遊園地を思い出しますが、それ以外にも沢山見どころがありました。


向 山 庭 園   庭園、純日本風施設  午前9時から午後9時30分 庭園散策は午後5時迄 
休園日12月29日から1月3日年末、年始
向山庭園        向山庭園
   浜口内閣の頃、江木鉄道大臣の邸宅であったとされる邸宅地でもあり、昭和55年に向山庭園として、開園されたものである。
敷地は、2613.64uあり、純日本風の建物と茶室、池を有する日本式庭園となっている。
   純日本風の建物から茶室にかけては、勾配があり、土留めの石垣は、お城の石垣を想像させる。と、いっても、豊島氏が勢力を広げたのは14世紀半ばなので土塁の類だったかも知れない。
    石垣の有る園路の脇には、石橋を渡したひょうたん型の池と、茶室があり、涼しげな感じのする空間である。

そば喰い地蔵
蕎麦喰地蔵
  ある年、江戸に悪病が流行して、倒れるものその数を知らぬ有様であったが、浅草のある蕎麦屋の一家は、皆無地息災であった。そこで、その由来を伝え聞いて、願望の成就した人は、お礼として蕎麦を奉納したので、いつか蕎麦喰地蔵と呼ばれるようになった。西慶院は、明治維新後同じ誓願寺の塔頭、九品院に合併し、その九品院は十一ヶ寺の一として今、練馬四丁目に移転したので、蕎麦喰地蔵も同寺の境内に安置されている。
日本民話集9 お地蔵さまの奇跡
 
「豊島園」駅
東京都練馬区向山3−1−21
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■交通
  都営大江戸線「豊島園」駅下車 徒歩4分
西武豊島線「豊島園」駅下車 徒歩2分



「十一ヶ寺」の事

東京都練馬区練馬四丁目の豊島園の
近くにある寺町のことです。

 十一のお寺は、もとは浅草の田島町にあった誓願寺というおおきな寺の塔中(たっちゅう)寺院でした。
大正12年の関東大震災で東京の下町はほとんど焼け、林宗院も本寺の誓願寺とともに焼失しました。震災後の都市計画によって移転を余儀なくされ、昭和の初期に現在の練馬区に移りました。本寺の誓願寺は多摩墓地の正門前に移りましたが、塔中の十一ヶ寺はまとまって練馬区に移転したのです。そしてこのお寺のいわゆる団地を「十一ヶ寺」と言うようになったとの事です。

広い参道を挟んで左に仁寿院、迎接院、本性院、得生院、九品院、右に快楽院、宗周院、仮宿院、受用院、称名院、林宗院がある
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豊島園は紫陽花の似合う街でもありました