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東京地下鉄 大江戸線 スケッチ散歩

スケッチブックと写真を持って大江戸線「森下」へやってきました。

  江戸の下町と言えばなんと言っても深川。江戸情緒を探して深川界隈をブラリと巡ってきました。出発地は大江戸線森下駅。駅を出て新大橋通りを浜町方面に5分ほど歩いていくと隅田川にかかる橋が見えてきます。これがこの通りの名前になっている新大橋。橋の手前の十字路を左に曲がりしばらく歩いていくと最初の目的地、芭蕉記念館があります。芭蕉は延宝8年(1680年)江戸日本橋から深川の草庵に移り住みました。そして元禄2年(1689年)3月、曾良を伴い奥の細道の旅に出発しました。「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」で始まる奥の細道。岐阜大垣までの2400キロの壮大な旅の始まりです。そんな香りが残る町が森下でした。
芭蕉記念館
芭蕉記念会館 入り口
深川と芭蕉
  深川は、俳聖松尾芭蕉の奥の細道への旅立ちの地でもある。昭和54年4月19日に開館した芭蕉記念館は隅田川新大橋からすぐのところにある三階建で、その記念館から程遠くない隅田川沿いに芭蕉のレリーフがあり大川の眺望抜群である。


芭蕉のレリーフは隣の駅「清澄白河」で
スケッチしています。

森下の町と竹製品

 森下の町を歩いて、気についたのが、大きな竹屋さんと竹製品を商うお店があつた事です、竹屋さんの他、竹かご屋さん、そしてこの竹すだれ屋さん。
私なりに考えたのは、同じ深川に「木場」と言って材木を扱う場所がありますが、これは、関東の秩父等の材木を荒川を下って江戸に運ばれ、この辺りが集散地となったのと同じ理由で、竹も荒川を使って江戸の町作りの貴重な建材であったのでしょう、そしてその竹で作られる「すだれ」や「かご」を作る職人や商う商人達がこの町に育ったのではないか、と推測しています。さかのぼつて憶測すれば江戸城の中の御簾と云われる「簾」もこの辺りで作られていたのではないでしょうか。
この「豊田すだれ店」さんは、江戸の情緒を作った花街や歌舞伎に使われる「すだれ」を今も作っておられるとの事です。


森下駅の地図
豊田スダレ店
「豊田スダレ店」

馬肉料理店「みの家」
桜肉(馬肉)の事

 なぜ馬肉を「桜肉」というのか、見た目が桜色と言うだけではなさそうです、江戸時代人が獣の肉を食べる事を禁じていた時代があり、イノシシの肉を「牡丹」、鹿の肉を「もみじ」と呼んでいたとおなじ理屈で馬肉を肉の色から「桜」と呼んでいたのだそうです。

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隅田川新大橋
隅田川テラスから見た森下方面の新大橋

旧新大橋(1912)
「新大橋」のこと

 隅田川に架かるこの「新大橋」は元々元禄六年(1693)に隅田川の三番目の橋として架けられた由緒ある橋で、歌川広重の浮世絵に描かれてゴッホに大きな影響を与えたモチーフでもあるようです、その後明治45年(1912)に鉄橋として近代的な橋に架け替えられ、(左の写真)現在の橋は昭和45年に「2径間連続斜張橋」として架け替えられたようです、長さ120m幅24m 
(私は左の旧新大橋の方が好きですが)
広重とゴッホの描いた初代新大橋