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東京地下鉄 大江戸線 スケッチ散歩

スケッチブックと写真を持って「大門」へやってきました。

芝大門と東京タワー
芝大門と東京タワー
芝離宮泉水
芝離宮泉水(昔は汐を取り入れていた) 


芝離宮「西湖の堤」
芝離宮庭園内の「西湖の堤」
芝離宮の石柱
芝離宮庭園内の「石柱」
東京の名庭園。旧芝離宮恩賜庭園は大江戸線「大門」JR「浜松町」から徒歩一分の便利な立地にあります。かってこの辺は海でした、(現住所は、港区海岸です)約350年前に埋め立てられました。幾人かの所有者を経たのち宮内省が買い取り芝離宮と言う名になりました。園内に入りますと、大きな池があります。庭園イコール池?池は庭園の象徴であり、贅沢の存在を表す物です。この庭園は池を中心とした、回遊式泉水庭園です。そしてこの庭園は池の形や島の配置、築山の設け方、石の配置が特に素晴らしいとされます。
芝浦運河
芝浦運河風景


芝観音裏
大門にある芝観音裏の飲食街
竹芝砂州橋前
竹芝桟橋前


竹芝掘
竹芝桟橋から見た竹芝堀と浜離宮
大門近辺の町名の由来など
浜松町
この地名は名主が遠江の浜松出身であったことに由来すると云われる説が有力である。江戸時代は東海道に面していて町屋や飛脚宿、旅籠などが多く並び、また江戸湾に面している事から所謂江戸前の漁港もあったようです
大門
由来は、文字通り増上寺の表門があった事である。当時江戸の市街地の南端で、芝大神宮の門前町としても賑わっていたようです。

北条氏の直轄地とその家臣の吉良氏の領地であって江戸湾の重要な港であって、かっては柴(芝)の生えていた土地であった事が由来とされ、現在の芝浦の元名でもある。

芝浦
江戸時代江戸湾に(柴)芝の群生していた浜があった事からこの名が付いたと云われているが定かではない、「廻国雑記」と言う書に「芝の浦といへる所にいたりければ、しほ屋の煙うすなびきてもの淋しき・・・」とあり、この辺りが製塩を行っていた所である事が伺える、また漁業の面でも江戸湾御菜八ヶ浦の総元締めであったと伝えられている、所謂「江戸前」の発祥でもある。

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