九十七景  法華寺 

光明皇后発願の総國分尼寺、法華寺
東大寺手貝門から西大寺近辺までの一条通り周辺を佐保路と言っていて独特の雰囲気がある。控えめで上品なそれぞれのポイントにはスケールの大きさこそないが、楚々とした風景が続く。光明皇后の発願による法華寺は尼寺として中宮寺円照寺と並ぶ大和の三門跡の一つで皇室とはゆかりも深い名刹で、その品格ある佇まいには光明皇后の人柄が偲ばれる、国宝の十一面観音立像は知る人も多く、名庭園のカキツバタはこの寺を一層引き立たせている。
(近鉄奈良駅から奈良交通バス法華寺下車)



西大寺四王堂へ

    法華寺について
真言律宗の寺で光明皇后が父藤原の不比等の邸宅を寺として法華滅罪之寺と言ったと伝えられている、総国分尼寺として奈良時代の最盛期には金堂、講堂、東西両塔が聳えていたが、平安時代に入り衰えた、鎌倉時代に西大寺の高僧、叡尊によって再建されたが、その後再び荒れ、慶長年間に豊臣秀頼が復興したのが現在の本堂である。
門跡尼寺としての優雅さと気品は大和路最高のもので、なんと言っても本尊の十一面観音立像のあふれる優しさと構成の見事さは観音像の白眉である、左手で天衣をつまみ右足に重心を置き、歩き出そうとする瞬間をとらえた姿態を光背の代わりに蓮の葉を配し安定させている、唇の朱、毛髪の群青が鮮やかで、光明皇后をモデルにしたと言う寺伝は頷ける。(2001.10.5)