十一景  今井町 

今井町の家並み
大和では江戸時代を感じることが出来る場所は少ない、大和と言えば古代から飛鳥奈良時代を偲ぶ所が多いが、そんな中で今井町だけはチョット違った歴史を感じさせてくれる場所である、商売の下手な奈良では考えられない商業の町だったのが不思議な気がする、金の力で武士を日参させ、町を環濠で護らなければならないほどの繁栄があったと聞くと大和の意外な顔を見た気がする
今井町の参考資料
近鉄八木西口駅すぐ

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井寺内町について、 「MRジャーナル紙2003.1.1号から高平正行氏文より抜粋」
自治都市今井町の中心的存在であつた称念寺は、天文年間(1532−55)今井兵部が創建した本願寺の道場に始まり、浄土真宗の拠点として寺内町を形成するようになった。現在の堂宇は江戸時代の再建で、その荘厳な伽藍は今井町の当時の繁栄ぶりを偲ばせる。本願寺の一族、今井兵部が御坊である称念寺を開いて以来、寺内町として発展してきた。その後、織田信長の一向衆弾圧がはじまると、町の周囲に濠を堀り、土塁を築いて信長にした。半年余り交戦したが、石山本願寺が降伏したため和睦を申し入れ武力を放棄する条件で取壊しを免れた。
今井町の伝統的な町屋は現在でも全体の六割を占めている。今西家はじめ八件が重要文化財、二件が県指定文化財、四件が市指定文化財に指定されている。また平成五年には「伝統的建造物群保存地区」の指定を受けて、歴史的な町並みを保存する努力が続けられている。

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