五室  バックナンバー

44.グランド ゴルフ事始め
私、今年の春からグランド ゴルフを始めました。 皆さんはグランド ゴルフてご存知ですか? プラスチックの直径6センチのボールをクラブで打ち直径25センチのホールポストにパー3で入れる極めて単純な遊びで、いわば球を大きくしたパターゴルフのようなものと思ってください、ただ単純なだけにゴルフの様なハンデキャツプはなく、ホールインワンすればトータルスコアから3をマイナスすると言う独特のルールがあり、意外に大差がつくことがあります、偶然性が大きいので上手下手なく楽しめる遊びであります。
実は、私今年の春から左肩が痛くなり、医者に四十肩だと言われ、「70になって四十肩はないでしょう」と言うと四十肩は何歳になってもあるものだといわれ、軽い運動を薦められました、歩く事にも役立つと思い、前述のグランドゴルフを始めた訳です、二十歳台の若い頃からゴルフを始めて四十過ぎにはハンデ14迄なり、シングルを目指す事も夢ではない時期もありました、でも、五十歳後半になりゴルフの面白さと裏腹にゴルフと言う遊びのある種「空しさ」を知る事となり、ピタリとゴルフを止めてしまいました、現在毎日二十分のウオーキングをしていますが、運動をしろと言われても今更ゴルフを再開する事も出来ないので、これからも続けられると思うグランドゴルフを遊びと運動として始めた訳です。8ホールを四回約一時間半かけて無心になる時間も必要かな、と思い決心し楽しんでいます、でも、本音は「俺も歳を取ったな!」と嘆いている次第です。
43. 若 貴の本音
 最近のTV雑誌で騒がれている所謂「若貴騒動」、これは本来花田家のプライベートな問題であり、他人が色々とコメントすることではない筈で、たまたま相撲名門親方の家庭であるからマスコミが注目して、有る事無い事を面白可笑しく煽り立てるから話がややこしくなっただけの事で、あくまでも花田家の問題として兄弟で解決すべき事である、弟が部屋を継いだ事、兄がその世界から出て行った事など本質には何ら関係が無い、もともと世間に知られ過ぎている二人だからマスコミは格好のネタとして扱っているが、自らTVに出て言いたい放題している弟、どんな事情があるとしても、マスコミの前で昔の事から何もかも喋り捲る事自体異常である、と私は思う。片方はダンマリ、双方にそれぞれの言い分があるだろうが、世間にぶちまけて、良い方に向かう筈が無い、二人の本音は誰の目にも明らかである、弟は「自分が親父の後を継いで相撲の世界で名を残している自負から、親父の物は全て自分の物である、相撲の世界から去った弟はその時点で放棄したも同然だから」との本音。兄は「相撲の世界は去ったが親子兄弟の関係はそれだけではない、親父の物全てが弟が持っていくのはおかしい」と言う二人の本音。若い頃から色んな事が有ったとはいえ、後で付けるイチャモンはいくらでも附けられる、お互い言わなくてもよい事まで言ってしまっては話が益々違う方向に行ってしまうと思うのだが? 世間に醜態をこれ以上晒さずに、いわゆる「大人の解決」をしなければ、親父も浮かばれないのではないのか。
42. 「ケータイ依存症候群
 今や携帯電話が人々の生活に定着し、人それぞれ、便利に使っている時代になった、その携帯電話が普及し始めた頃、電車の中で着信音がアチコチで鳴り、大きな声で通話をする光景は最近流石に見られなくなったが、私から見て、車内でケータイをひと時も手放せない人が増えている、私が名付けた「車内ケータイ依存症候群」の人達。
    その主な症状は
       *二三分以上ケータイを使用している人
       *常に手にケータイを握り締め、時々蓋を開け閉めしている人
       *ポケット(バッグ)から出したり入れたりして、そのつど覗きこんでいる人
仕事、友達等とのメール連絡、ゲーム、ウエッブでの情報入手など、勿論皆さんの使い道は色々で、それだけ便利に使っているのだろうけど、ケータイを見ていないと落ち着かないのか、電車内と言う場所だけに、目に付いてしまう、自分だってケータイを持っているのだから、こんな光景を毎日見ていても別段気にする事では無いのかも知れないが、路上や公園、などと違って電車内では特に目につく、こんな症状の人を私は私だけの中で「車内ケータイ依存症候群」と名付けた次第です。
  閑な車内で私は、秘かに「車内ケータイ依存症候群」のチェックをしました。
    調査期間  2005年の一月半ばから四月末まで
    調査路線  八路線(JRは山手線、京浜東北線、中央線、総武線、武蔵野線、私鉄は西武線、東武線、東京地下鉄全線)
    調査(乗車)回数  延べ89回の乗車機会
    男女別    
    年代層別  十代から六十代以上の六階層 (年代はあくまでも私の見た感覚です)
    調査方法  秘かに手帳にメモしていきました
 その結果が下の表です
私の使用路線 調査回数
乗車回数
十代 二十代  三十代  四十代  五十代  六十代
以上  
合計 一回乗車時
の人数
山手線 25 23 37 0.92 1.48
京浜東北線 36 11 10 23 23 59 0.64 1.64
中央線 1.29
総武線 2.5
武蔵野線
西武新宿線 0.5 2.5
東武東上線 0.5
東京地下鉄全線 11 15 18 1.36 1.63
合計 89 16 12 25 17 26 23 46 15 13 16  79 142 0.89 1.6
  ◎意外と中年が多く、特に40代の女性が多い、50代だけ男性が多く、他の世代は女性が多い、60代以上の女性が多いのには驚いた。 全体で見ると、平均して男性は一回の乗車で0.89人、女性は一回の乗車で1.6人の「ケイタイ依存症候群」の人を見た事になります。
 これを見て「それがどうした!」と言われそうですが、これは、あくまでも閑な私の暇つぶしと思って笑ってやってください。

41.再び 電車内での化粧について
  皆様も電車の中で化粧をする女性をご覧になる事があると思いますが、どんなに思われるでしょうか?
微笑ましい風景でしょうか、私は見ている自分が恥ずかしくなる様な思いです、
先日も私の前に座った女性が、おもむろにバックから道具を取り出して、小さな金具でまつげを挟んでカールを附けたりブラッシングをしたり、終わったと思ったと後は恥ずかし気もなく口紅を塗り、道具を締まった後、私の方を一瞥してガムを噛みだした、電車の中だけに私も見る気持ちも無かったが目のやりどころ無く見えてしまうのだから、逃れられない、
 昔は、化粧や食事などは人前でするものでなく、特に女性の化粧などは人に見せるなど不謹慎でもあり、恥かしいものであった筈である、それが日本人の美的、道徳的感覚であったと思うのだか、どうだろうか?
 「電車の中で化粧して何が悪い!」と言われれば、確かにそれ自体”人の勝手”であるが、私の言いたいのは、日本人の美的感覚
人間しか持って居ない羞恥心、TPOをわきまえた人間感覚が何処へ行ったのだろう、と言う事だけです。(2005.2.8)

40. 歳が過ぎる速さ
  歳を経るごとに年々一年が早くなる、と思いませんか?
今年頂いた年賀状にこんな事が書いてありました、「月日の経つのが七十台は十台の時の七倍早い」のだそうです、 なるほど!
  正にその通り実感できます、その分で行くと、これからまだまだ早くなると言う事ですね、
子供の頃は一年が待ち遠しかったが、今は光陰矢の如し、 どれだけロスタイムが残っているのか!
  それだけに、十台の人に比べて七倍の生き方をしなくてはならないのでしょう、
でも、今更背伸びはしたくないし、出来ないのだから、今日一日を大切に濃い生き方をしたいものです。
何の感動も、欲もなくなって、座して死を待つ人間にはなりたくない、
 神が与えてくれた時間をレフリーのホイッスルが鳴るまで、頑張るか!! (2005.1.1)

39. HP開設四年を振り返り
2000年12月15日にHP「小さな画室」を立ち上げて満四年が経ち、五年目を迎える事になりましたが、私がホームページを作ろうと思ったキッカケは、埼玉に落ち着いてしまった子供に呼び寄せられ、64年間住み慣れた奈良を離れる事になり、私が奈良に住んでいた証を、故郷奈良の風景を改めて水彩で百点にまとめて置こうと考えたのがキッカケでした。出来上がった百点の作品集出版や個展の話もありましたが、出版の見積でオフセットページが100ページ以上のため500万円程度と聞き、諦めかけていましたが、「それならホームページをつくってみては!」と言ってくれる人が居たのがパソコンを買うキッカケでした。
 さてHPを作ると言ってもそんなに簡単ではないことだと判っていたが、取りあえずホームページビルダーソフトと参考書を買い、一ヶ月ほどゴチャゴチャしているうちに、これなら、作品画像を貼り付けるページ程度なら出来る自信が出来ました、とは言ってもパソコンの
機能が何とか判るまでにはかなりの日数が掛かり、トップページと「一室」から「三室」そしてこの「亘のひとり言」を公開したのが、四ヶ月後の2000年12月15日でした。
 立ち上げた当初は、画友、知人親戚が見に来てくれれば程度と思っていたが、何と、タイミング良く、新聞広告でインターネット博覧会の自由参加サイト募集を見て、怖いもの知らず、ダメモトで応募したのが、採用通知を受け取る事となり、世間にお披露目することになった訳でした、お陰で多くの人達と知り合え、リンクをお願いしたりして、欲が出て、だんだんコンテンツも増やして今に至っています、でも基本的にパソコン素人の悲しさ、何時まで経っても稚拙なサイトからは抜け出せないでいます。
 でも、私の場合、HPを作る事が「目的」でなく、自分の為に自分の絵を残したい為の「手段」と言う当初のコンセプトであるので、あまり技術的に媚びないで、出来るだけ作品(勿論愚作も含めた)をテーマ毎に分別して纏めながら、見やすく見て頂けるように謂わば、
藤木亘の四十年あまりの個人画集のつもりなので、これからも、あまり背伸びせず「画集」サイトであれば良いと思っています、そして、こんなサイトでも、出来るだけ多くの人に見て頂ければ、こんなに幸せはありません。 さー、それよりも良い絵を描かなくちゃ。

38. 旧友の死に思う
  古い無二の友達が逝ってしまつた。 私の一つ下の歳である。
子供の頃からの友達であった、この歳になると、だんだんと訃報に接する機会が多くなり、特に同年輩の訃報にはショックを受けるが今度は特に何とも言えない気持ちになってしまった、彼とは幼い頃からお互いにMちゃん、Wちゃんと言いあっていた仲で、大人になってからも付き合いは続いていた、離れて住んでいるので度々会う事はなかったが、それでも何かあれば手紙でアレコレと報告しあっていて、去年体調を崩していたのは知っていたが、急に亡くなるとは思ってもいなかっただけに、私にとっては親の死に勝るショックでありました、彼も、私に病状が進んでいる事を敢て知らせなかったのだろう、彼の気持ちに侘しく切ない気持ちである。
  吾が歳を思うと、自分も何時何があっても可笑しくは無いが最近、自分の死に方、死ぬ時期について考える事が多くなり、今までの自分の生き様や、残る身内の在りようを想い巡らしてしまう。
 幸か不幸か今は大した病気もなく掛かりつけの医者に定期的に行く程度で、殆どの日は体調と相談しながら自分なりに好きな絵の事でウロウロと出歩いたり、このようにコンピューターに向かって楽しんでいるが、「吾が人生に悔いなし」と悟り切れるまでには至っていない。 世の中の移ろいの速さに戸惑いながら、強がりではなく、前向きな気持ちでM君の分まで頑張らなくてはと、気持ちを切り替えようと思っている。

37プロ野球のスト騒動
 プロ野球界が右往左往している、突然発表された近鉄とオリックスの統合、赤字に耐えかねての決断と言うが、そうなる前にする事は全てしたのか?その意欲を無くした近鉄を引き受けて経営に参加したい言う会社が出てきたが、門前払いで話を聞こうともしない、12球団のオーナー達もスンナリと統合を容認したが、バシフィックリーグが五球団になって赤字が消えるとでも思っているのだろうか、プロ野球は70年の歴史があるが、それだけに経営者の閉鎖性保守性が強く、改革の意欲さえ感じられない、参画したい経営者がいないのであれば仕方ないとしても、手を上げている経営者がいるのであれば、喜ぶべきではないのだろうか、Tシャツを着ている様な経営者は相手にしない、先細りが見えていてもこのまま行くと言うのはあまりにも後ろ向きではないだろうか。パの経営者の本音は多分「パのチームを減らしておいて一リーグにしたい」そして、巨人との試合を多く持ちたいと思っているのでは無いだろうか、と勘ぐられても仕方が無い。セパの交流試合も検討しているらしいが、私は、巨人頼みの経営をどう変えて発展に持っていくのかを考えるのが経営者だと思うのだが、オーナーと言われている人の顔を見ていると、本当に意欲があるのか、古い殻に閉じこもり先が見えてこない、ドンオーナーが辞めたらバラバラの経営者本当のリーダーシップをとるのはだれか、
 それと、ストをしてフアンに迷惑をかけてどうなるのか、ほかに方法は無いのか、本来選手は球団と個々に請負契約した個人経営者でストをする権利なんてあるのだろうか?一般社会から見れば企業統合は今巷では日常茶飯事、ストをしたくても出来ない立場の人が大半で何らかの解決策を模索しているのが世の中で、野球選手の多くは破格の報酬を貰っているのだから私から見ればフアンにも大迷惑なストなんて聞いてとても違和感を感じる。
 それと、この一番大変な時に一番働かなければならないコミッショナーが逃げ出したN氏、貴方が一番無責任で無能と言われているが、何とかしてやってや!

36. 「成年後見人制度」ご存知ですか
 皆さんは「成年後見人制度」て、ご存知でしょうか、知らないで済む方は本当に幸せだと思います、身内に痴呆の独居の年寄りが居たりする方は一度は耳にされた事と思いますが、私は、独り暮らしの兄が数年前痴呆で体力は勿論、物事の判断力がなくなり、妻に先立たれていて、子供が無かったので、弟である私にこの「成年後見人」になってくれと役所や親戚から言われて、裁判所の半年に亘る審査の上後見人として任命されました、もちろん兄弟の事ですから、こんな制度が無くても最後まで後見するのが当たり前と思っていましたが、痴呆で体力がない兄が一人で社会的な仕組みの中で生きていく事はとても無理があり、財産管理、身上監護、をする為には法律的に後見人が必要となった訳です、例えば、郵便局や銀行にも行けない、年金の受け取りも介護の人に頼んでも銀行は「本人でない」となかなか事が運ばない、人に頼んで出来る事と出来ない事がある、私が後見人に任命されるまでの以前に、兄の戦友と称する者にかなりの金額を騙しとられていた事も後になって判りましたが、この制度をもう少し早めにしておけば、と言うこともありました、人生の最後は誰かに後見してもらう訳ですが、この制度の活用で判断力の無くなった人の後見を法律的に保全してくれる訳です、最近は子供があっても年老いた親の財産を勝手に使い、親が必要とした時にはスッカラカンになっていた、等と言う話があります、後見人は弁護士にやってもらう事も出来るようですが、要するに本人の為、に誰が公正に本人の身上管理と財産管理をするのが一番いいかと言うことで、縁が無いと思っている人も一度はこの制度のことを知っておかれることをお薦めします。 因みに兄は昨年亡くなりましたが、この制度のお陰で数年に亘り銀行や役所の関係は裁判所の監視の下、私がすべて済ませることが出来、円満な相続も済ませることが出来ました。 以上私事でしたが、我が身の先のことして書き記した次第です。

 35.見えてこない若い人達の考え
  参議院選挙も終わり、二大政党化が進むのかなと思うが、今回の結果も日本人のバランス感覚が良く出た結果のような気がする。
それにしても、参議院とは言えこの投票率の低さは残念である、特に二十台三十台の投票率が20%台と聞くと、今の若い人達は何を考えているのだろうか、現状にドップリと満足しているのか、それとも、諦めているのか、一言で言う「関心がない」のだろうか。
戦後、まだ日本が方向を模索していた時代、安保問題などの重要な曲がり角には、学生を中心とした若者達が一番真剣に日本の将来を考え行動していたように思う、勿論学生運動の良し悪しは別にして、今の学生年代には無い真剣さがあった。坂本竜馬、勝海舟の様に「若者が真剣に国の将来を考える」若者がいるのか、国の将来像を思う政治家がいないと言って嘆きながら、年寄りに任せておいていいのか、
今の学生年代の人にそんな姿が見えてこない、 年金問題、負担と受益、自衛隊のあり方を含む憲法問題、、どれをとっても、自らの将来を背負う若い人達が一番関心があるはずだと思うのだが、どう考えているのかが見えて来ない。 せめて投票にだけはいくべきだ、さもなくば、政治を批判する資格を放棄することになりますよ。

  34.釣り落とした魚の大きさ
私の好きな巨匠画家中川一政はエッセーも書いているが、その中に次のような文があります。

鯛を釣り落とした男が、「ああ、残念なことをした。三尺もあった。」と言った。
かたわらで釣っていた男が、「三尺なんてあるものかよ!一尺もあるものか。」と言った。

そうかもしれない。釣り落とした男は感動で言っているのだ。傍らで見ていた男は物差で
いっているのだ。しかし、もう釣り落としてしまって証拠がないのだ。口惜しくても泣き寝入りしなければならない。
 今の世の中は物差を信用する。
 アンリー.ルソーという税関吏の画かきは男の顔をかくのに物差ではかっていた。 
 研究所では木炭でモデルをはかっている生徒をいつも見る。

 正確でなければ家は建てられない。
 金も数えられない。
 試験も通らない。

 人間社会に生きていられない。
万事、物差ではかる世の中になってしまった。
しかし物差ではかれないものがある。人間の感動は物差でははかれない。だから古来一尺悲しい、
三尺悲しいとは言わない。釣り落とした魚は三尺あったと言ってもいいのだ。
感動がそれくらいあったのだ


中川一政の言おうとしている事は名誉なんかより感動なんだ、物差しでなく心であり、大きさでなく中身である、と言うことである、
感動がだんだんなくなりつつある年になった私、前にも書いたが、104歳で亡くなった加藤しずえさんが「一日十回の感動をしろ」と言っていたと聞いたが、十回とは行かなくとも、せめて一日一度は自分なりに心から感動することが出来るような一日を送りたいものだと思っています、

33.新語と死語
  先日、孫娘が「今日の月九(ゲツク)面白いよ」と言っていた、何の事かよく判らないので尋ねてみたところ、「テレビの○○チャンの月曜の九時のことだよ!知らないの?」と言う。  なるほどと一瞬感心したが、日本語もここまで来たかと最近のよく判らない日本語に改めて驚いた。「月九」などと言うのは単なる子供の話し言葉だとは思うが、大人でも最近言葉を縮めて「合コン」「デパ地下」「駅店」「モチ行く」などと言う日本語をよく聞くが、初めて聞いた時は何のことか全く意味不明な言葉が氾濫している、昔から言葉を縮めて使う事は無くはなかったが、いくら便利であっても聞く人に意味さえ通じないこの種の言葉に私は日本語の美しさ、奥の深さが失われて行くように思えてならない。
  時とともに「お妾さん」「ちゃぶだい」「大八車」「汽車」等使われなくなる言葉があるのは仕方ないにしても、その物事が残っているのであれば、正しい日本語として残っていってほしい、小椋圭さんの作詞「愛燦燦」の言葉の使い方、日本語の美しさ、私は大好きです、一言一言に聞く人に情景を想わせてくれる言葉の使い回し、奥深ささえ感じるのです。
  英語て゛「I Love You」と言う言葉、日本語では何通りの使い回しが出来るだろうか、その一つ一つにその時のシチュエーションをこれほど表現し伝えることが出来るのは日本語だけではないでしょうか、美しい日本語を残して欲しいと思いながら。  
32.バーミアンの大仏再現の話
 少し前新聞でアフガニスタンの遺跡「バーミアンの大仏」を修復再現させると言う記事を読んだ、この亘のひとり言6.で「バーミアンの大仏破壊に思う」で私の思いを書いたが、平山郁夫さん達がこれの保存を一生懸命奔走されていた事が空しい結果になったことを思い出す。
このペルシャ文化の遺跡は今は無い、形のあるものでもお金で得ることが出来るものと出来ないものがあり、まさにこのバーミアンの石仏はお金では取り返すことが出来ない、どんなに技術を凝らして再現させても、あくまでもコピーでしかない、でも歴史としてこんなに見事な文化があったと言う証を再現することには意義はある、奈良の薬師寺の塔だって朱雀門だってそう言う意味で再現されることは永いこれからの歴史の中では意義のある事だろう、でもコピーはコピー、何千年前に造られた物とは違うことを思うと愚かな人間が意図して壊した事実は真に残念である。その大事なオリジナル遺跡を我々は見ることは出来ない、平山郁夫さんの画集で今一度見てみる事にしよう!!
31.信号機が無い不思議
  皆さん、JRの山手線や京浜東北線に信号機(赤黄青の出発信号や駅間信号)が無いのを知っていました? 知らなかったのは私だけかな!勿論新幹線には信号機なんてありませんよね!300キロ/時速で走る新幹線、信号を見て停車したり速度を決めたりは不可能ですね、これはATSと言うコンピューター制御装置だそうですが、新幹線は判るが山手線や京浜東北線にも出発信号機や入構内信号機、駅間信号機が無いとは私初めて知りました、有楽町駅で南浦和行きの列車が出発信号機が無いのに何の戸惑いも無く出発するのに気づいたのです、多分運転席にデジタルの信号機が有るのでしょう、山手線や京浜東北線のように2−3分に一台のような過密ダイヤの線ででもATSの技術を信頼して信号機を無くしているIC技術に感心しました、過密ダイヤだからこそ必要なのでしょうか。ATSは今JRは勿論私鉄でも採用されていることは知っていましたが、新幹線以外にも山手線や京浜東北線で運転手が目視出来る信号機が無いなんて思っていなかったからビックリしましたのです、(東海道線や常磐線高崎線などは従来の信号機がありますね?)でも考えてみると航空機なんてもっとコンピューターを信頼して濃霧の中でも着陸するのですからね。こんな技術から見ると私のHPなんて紙芝居のようなものですね!!
30.信じられます? (8月15日て何の日)
  今年も、八月十五日を迎えて私なりに五十八年前を思い出していた時、丁度TVで何かの特集番組(民放)をやっていたのでボヤーと見ていたら、渋谷の街で若者を捕まえて質問をしていました、「今日は何の日かしっていますか?」この問いに「知らない」と答えた人が、何パーセントだったと思います、86%が何の日か知らないと答えていました。中には「○×(タレントか)の誕生日?」とか「お盆?」とか、「終戦記念日」と答えたのが14%。次の質問は「終戦というのは日本とどこが戦争したと思いますか?」とドキィとするような質問でしたが、返って来る答に「ロシア」「韓国」「ドイツ」があり「アメリカ」と答えた人は58%、一つ驚いたのが「イラク」と言うのがあった事でした、もう六十年も前の事と言ってしまえばそれまでですが、私には信じられない応答で少々情けなくもなりました、平和な時代に生まれ何の不自由もなく育ち、目標さえも持たない若者(勿論こんな人は少数派だと思いたいが)が居ると思うと時代の永さを感じざるを得ない気持ちです。このような若者を育てた親も戦後生まれだと考えると自分が歳をとったと言う事なのでしょう。平和慣れし上滑りした反戦意識が何か空しい気持ちになり、戦前の事実をしっかり教えてその上で今の日本の平和をどう守るのかを教育してほしい、

29.「デジ万引き」て御存知?
  3月25日に「25.携帯にカメラは必要か」と言うのをホヤキましたが、私は未だに携帯電話にカメラが付いているのが気に掛かって仕方がありません。仕事でどうしても必要とされる方も居られるでしょうが、今は中学生が携帯を持っている時代、使用法を一つ間違えればどんな事態になるかは大人であれば想像がつきます、家族同士や親友同士で画像のやり取りをしている限りは許されても、他人のプライバシーを侵す事さえ出来るこのような物が無制限に出回っている事は、私はどうしても理解が出来ません。
 NHKで本屋さんがデジカメで本の写真を撮られて本は売れないしと困っていると言う話しをしていましたが、これを最近は「デシ万引き」と言うらしい。本が売れないのは勿論困るが、本には“著作権”と言う大事な問題もある筈です、これは子供と言うよりは大学生あたりで流行っている事のようですが、ナンデモアリの時代とは言え、エスカレーターでのスカート内の写真を撮る戯けた人も居ると聞くと現代の「モラル無し」「道徳無し」「恥じ無し」「人の迷惑関係無し」の風潮はどうしてこうなったのか、物質万能の時代を作ったのは誰か、何でも便利な物を作り事業が発展すればいいのだろうか、人としてしてはいけないことを教えるのは誰だのだろう。(2003.7.15)

28.タイガースの一人旅
  今年のセントラルリーグはオモロナイ!! オールスターもまだ済んでないのに、二位との差が14とか15とか、あれはなんやねん(怒)
間もなくマジックが出ようとしているけど、白けた野球は勘弁してや、オールスターが済んだら消化ゲームなんて御免でつせ!
流石の巨人フアンも今年はあきらめなあかんかな、
    ♪今年の阪神なんでこんなにつよいのか?♪
       ♪ナンデダロー♪♪ナンデダロー♪♪何がナンデダロー♪
  ○投手陣がしっかりしている(先発、中継ぎ、抑え)
  ○ベテランが実力を出し切っている(今岡、矢野、檜山)
  ○トレードした選手の活躍(金本、片岡、伊良部)
  ○若手が伸びている(赤星、藤本)
  ○代打の切り札(八木)
  ○熱狂的なフアンの後押し
  ○それに、一番肝心なのが、監督が良い(ウットウシイ顔で座っているだけでええんやから、これは失礼!)
いずれにしても、阪神が優勝して、景気でもようなるのやったら、巨人フアンのアッシも我慢しまっせ!(2003.7.6)

27.恥ずかしいと言う気持ち

 又、年寄りのボヤキを二つほど聞いてください。 一つは、電車の車内で人目をはばからず化粧をする若い女性、私の感覚では化粧などと言うものは人目を避けてするものだと思っていましたが、最近車内で堂々と化粧をする女性が目に付きます、どうなんでしようね!合理的と言ってしまえばそうなんでしようが、恥ずかしくないんでしょうか?恥ずかしいと思えばしないですよね!
 もう一つは、高校生の格好、あのダラシナイ格好、何とかならないのかと思うのは、私だけでしょうか、ズボンの下からシャツを出し、ずり落ちるかと心配するほどズボンを下げて靴の踵を踏んづけてチンタラチンタラと歩く姿はどう見ても私にはだらしないとしか見えないのですか゛、人はどんな行動や服装をしていても人に迷惑を掛けなければとやかく言うことはないのでしようが、勿論全部の高校生がそうだとは言いませんが、昔からバンカラ風、ヤンキー風、ツッパリ風など時代時代の風俗はありましたが、今の格好は単なる「だらしない」格好にしか見えないのですが、どうなんでしょうね!
「恥ずかしい」と言う日本人が大事にしてきた気持ちがなくなりつつあるのを感じています、学校の先生は何を教えているのでしょうか、親は何を躾ているのでしょうか。こんなまま大人になって欲しくない、でないとその人はいずれ自分の子供を教育することになると思うと、私ボヤキたくなるのです。(2003.5.18)

26. 愚かなり!人間

  何千年も生きてきた人間、何度大きな戦争をすれば気が付くのだろうか、日本人も戦争の悲惨さを体験した人間がだんだん少なくなりつつあるが、世界では近年だけでも「日清戦争」「日露戦争」「第一次大戦」「第二次太平洋大戦」「朝鮮戦争」「ベトナム戦争」「イライラ戦争」
「パレスチナ紛争」数え上げれば限がない、
 経済的利権、宗教へのこだわり、人種偏見、覇権欲、過去への怨念、他人の価値観を認めようとしない、一人一人の人間同士ではそうでもない筈なのに、国対国となると何故こうなるのだろうか、何と人間て“智恵”が無いのだろうか、
 人間はこの百年、「知識」「技術」の発達を競い合い素晴らしい発達をして来た、原子力を作り、コンピューターを開発し、人工衛星で宇宙へ行こうとしている、でも、このような人の生活を変える知識(ハード)を作りはしたが、これをどう使うかと言う智恵(ソフト)が付いて行っていないのではないだろうか、「知識」の発達は素晴らしいが「智恵」は何千年も昔と変わっていないのではないか、人一人殺しても死刑にすると言うルールさえ作っておきながら、平気で何千人も殺す「戦争」「テロ」はなんで許されるのだろうか、
  今回の戦争が最後になることを願いながら、人間の「智恵」の発達を祈りたい。(2003.4.10)

25. ケイタイ(携帯電話)にカメラは必要か?
  最近のI.T技術、デジタル技術の発達には目を見張る物があります、性能の発達と小型化で、考えられなかつた事が出来るようになって、多少でもコンピューターを使う私もその行く末は想像がつきません。
“ケイタイで出先から風呂のスイッチを入れられる”や“ケイタイで写真を撮り送ることが出来る”など、便利と言えば便利だが、最近は小学生までケイタイを持つ時代、 先日女学生がケイタイで友人と思われる人の画像を見て大笑いをしている光景を見て、はたしてケータイでここまでする必要があるのだろうか?ケータイにカメラを付ける必要があるのだろうか?と首をかしげてしまいました。あればこれほど便利な物と思う人も居るのだろうが、人間には「肖像権」と言う大事な問題もあり、良識ある人だけが使うとは限らないのだから、無闇たらとT.P.Oを考えずにケータイでカメラを撮るなどの事が、はたして許されるのだろうか、いくら便利だからと言つてケータイにカメラを付ける必要はあるのだろうか、私は考えてしまいます。(2003.3.25)
24. 関東、関西のエスカレーター作法
 関東に住むようになって三年が過ぎましたが、未だに不自由で不思議な事があります。年に何回か関西に帰る事がありますが、こんなに狭い日本で、関東と関西でハツキリと違う事があります。“うどん”の味もそうですが、エスカレーターの乗り方です、エスカレーターで急ぐ人の為に片方に寄つて通路を空けますが、関東では右を空け、関西では左を空けているのが不思議で仕方ないのです、関東と関西で自然発生的にこんな習慣になっているのでしょうが、狭い日本東京から大阪に着いた途端、エスカレーターに乗る時に「ここは大阪か」「ここは東京か」と考えなければならないのが不思議で不自由なことなのです。おかげで、私もエスカレーターに一歩あしを乗せる時、一瞬、“ここは何処だったかな”と考える癖がついてしまいました。
      「関東、関西のエスカレーター作法」に対しての纏め
   24.でひとり言を書きましたところ、全国から三十数件の情報を頂き、やはり、狭い日本ですが地域によってエスカレーターの「右乗り左空け」「左乗り右空け」が色々あることが判りました。
  「右乗り左空け」
大阪、神戸、仙台、奈良、和歌山、名古屋の一部(栄町)、アメリカ、京都市内(京都駅辺りとは違うようです)

  「左乗り右空け
東京、横浜、さいたま、千葉などの関東首都圏、札幌、名古屋駅あたり、ロンドン、京都新幹線駅

  「どちらもあり」
広島、新潟、宮崎、長野、
私に寄せられた情報は大体以上ですが、大阪読売のサイトにこんなページがあることも教えて貰いました。http://osaka.yomiuri.co.jp/feature/omoshiro/010207.htm

又、或る人から「去年河北新聞が調査したことがあり、新聞に書いてあったと思うと」メールくれた人がいますが、
東北の新聞で仙台が大阪風の乗り方であるとのことでした。

大阪万博のときに、アメリカ人の為に、「右乗り左空け」をPRしたのが関西で定着したのではないか、と言ってくれている人もいます。

京阪京橋駅では「右乗り」をPRアナウスしています、とも言ってくれています。

杖を右手でしか持てない人からの苦情もありました。(左乗りをしていて、後ろからの人に「ちぇっ!」と睨まれた)

いづれにしても、体の不自由な人や年よりの為に、安全第一、急ぐ人の為のエスカレーターではないのですから、混乱のないように、狭い日本、統一出きればいいのに、と思います。


23.絵の裏を見て審査する
絵画の公募展にも色々あつて、日展、院展、二科展、行動展などの画家としてのトップレベルを目指す人たちの展もあれば、市町村などの美術協会等が行う親睦的な展まで幅は広い、それぞれ審査員がいて、入落を審査決定する訳であるが、しょせん人間のする事、中から見ると外から見るのと違ってなかなか判りづらいことがある、(何故こんな絵がこんな賞を貰うの?と感じた事はないですか)
私も二つの団体の審査をしていた時があったが、審査員の間では「絵の裏を見て審査する」(出品者の名前で審査する)と言うことが当たり前の如く行われていた事を思い出します、絵の良し悪しと関係の無い処で入落を決定している事が不思議とも思わずに行われている事もあるのです、大方の場合審査員には何人かの弟子や教え子の応募があり、審査員も人間、自分の弟子の絵は出来るだけ入選、入賞させたいと言う感情は止むを得ないことかも知れない、結果、とても出来の良い作品であっても、審査員の多数決に負けた絵は不運な事になる事がある、私はこんな事に嫌気をさして、今はこの仕事をお断りしています。

22.熱殺、寒殺の意味
今年の暑さは格別でしたが、暑中見舞いのハガキに「この暑さ、暑い暑いと言つていても涼しくならないのなら、いつそのこと友達になるしかないですね」と書きました、その後、昔銀行勤めをしていた時の先輩(役員をされた方)から残暑見舞いを貰いました、その中に
<「この暑さ、友達になるしかない」と感じておられますが、禅語に「熱殺」「寒殺」と言うのがあり、同じ境地に立っておられて感服します>
と書いて頂きました、物事から逃げても逃げられないのなら、その中に入り込んだ方がその苦から解放されますよ、と言う事らしいのですか゛私は禅語などしりませんので単純に「この暑さ友達になるしかないですね」と書いたまでなのです。
禅の文章や中国の古文に詳しいその先輩に、深い意味も無く使った文章にこんな意味があったのか、と教えられました。(2002.8.15)

21. Wカップ韓国に見たもの
Wカップ、日本はベスト16で終わったが、正直言ってグループリーグ一位通過は大健闘であったと思う、四年前のフランス大会のレベルが頭にあつたからであるが、ホームゲームと言う有利はあつたにせよ負け無しでの通過は思ってもいなかった。それにしてもトルコ戦の集中力を欠いた負け方は実に残念であった。共催国韓国の戦い方を見て、日本に無いものを韓国に見たような気がする、それはメンタルな面である、どうしても勝つんだと言う意思、何が何でもと言うモチベーション、そして集中力ではないだろうか、個人の技術的能力、フィジカル、そして作戦面組織力は韓国と対等としてもこのメンタル面は韓国に一歩譲っているように思えてならない。そんな事は無いと思うが、日本には予選リーグ突破と言う目標は果たしたとの安堵感、満足感がどこかにあったように思われてならならい。サッカーことはあまり知っている訳ではないが、日本は、きれいに勝とうと思いすぎているのではないだろうか、根性論を言うわけではないが、勝負事で一番大事なハングリー精神があれば、もっと泥臭くてもよい、前面に出てくるものがあると思うのだが、韓国にはそれが感じられた。(2002.6.25)

20.関係ナイジャン!

  ある雨の日、山の手線の中、珍しく結構空いていた車内に一人の二十歳代中ごろの女性が乗り込んできた、私の前の座席にヨイコラショと座りました、手には携帯電話を持ち、どうやら待ち合わせの場所を確認する電話をしている様子、一しきり話しをして「ジャーネー!」と電話を切りバツグに仕舞うと、ガサガサとスナック菓子を取り出しムシャムシャとお食べになりました、パンパンと手を叩いて菓子袋をバツグに仕舞うと、今度は化粧道具を取り出し、口紅を塗り始め、ついでに眉墨もお塗りになりました、化粧バッグを仕舞うと再び携帯を取り出し、今度はゲームかメールかを熱心になさいました。自分のしたい事、すべき事をなさったのですから、私がとやかく申す事はありませんが、TPOを考えず、人目をはばからず、人がどう思おうと「関係ナイジャン!」と結う風な感じでした。この人がいずれ結婚して子供を育てる時、どんな育て方をするのか、私にはトッテモ興味があります。  「ジジイには関係ないじゃん!」と言われそう!  (2002.5.10)
19勝利者インタビューの“愚”
 テレビでスポーツを観るのは私の好きな時間です、野球、サツカー、相撲、ゴルフ、特にラグビーを観ている時は若い頃と同じように興奮し、時の経つのも忘れてしまう、試合進行の中に入り込み自分なりの作戦を予想し、それが的中でもすれば、思わず得意顔になっているのが自分でも判るのが可笑しい。
 試合が終わり、勝者と敗者が決まるり選手の顔が極端に分かれるが、私はこの時いつも、敗者の頭の中を想像する、「くやしい」「残念」「無念」と言葉では単純だかその中身を感じてやりたいと思うのです、辛い練習を思い出しているのでしょうし、自分の失敗を悔やんでいるのだろう、どうしても勝ちたい相手だったのかも知れない、プロの場合であればお金の事が頭に浮かんでいるのだろうか、そんな色んな思いが敗者の顔にはある。そんな時、テレビでは「勝利者インタビュー」なるものをやっている、この勝利者インタビューほど詰まらないものはない、内容がないのだ、インタビュァーはいつも、いつも紋切り型の質問しかしない、答が判りきっているような質問しかしない、勝者の嬉しい気持ちを伝えるのも大事だが、内面的な質問がないものかと思う、その意味で敗者の頭の中の方がずっと人間的であり、興味がある。私はどの試合でも勝者の顔よりも敗者の顔を見ている方が好きである。 (2002.4.5) 

18.一日十回の感動
絵の教室で生徒さんから、「どうすれば、絵が上手になるのでしょうか」と言うことを聞かれることがあります、困った質問ですが、私はこう答える事にしていました、「一日十回感動する事です」と。これは昨年104歳で亡くなられた女性初の政治家“加藤シヅエ”さんが、晩年長生きの秘訣を尋ねられた時の答をそのまま頂いたもので、朝目が覚めた時から眠りに就くまで“天気が良ければ感動し”“朝ご飯が美味しければ感動し”“花を見れば感動し”“ラジオの音楽を聴けば感動し”一日十回の感動をすることが長生きの秘訣だと仰ったもので、私はこの話にとても衝撃を受けました、確かに年を重ねるごとに、少々の事では感動しなくなっている自分が見えたような気がしました、意識して少しでも感動することを増やさなくてはと思うようになっています。感動がなければ、絵が描けないことに通じるのではないでしょうか、生徒さんの質問に一番の答えが其のことにると思ったから、加藤さんのこの言葉を頂いたわけです。私も一日十回と言わずに二十回でも感動出来るような生き方をしたいと思っています。(2002.1.20)
17インパク閉幕
 12月31日でインパク(インターネット博覧会)が閉幕。
ホームページを立ち上げて間もなく、新聞でインパクに参加したいHPを公募している事を知り、怖いもの知らずで応募はしたが、そんな事をスッカリ忘れていた頃、「参加パビリオンを認めます」とのメールが届き、「まさか」と信じられなかったのを覚えています。世間では必ずしもインパクの評判は 
          ☆所詮役人のやることで面白くない、
           ☆税金の無駄遣いだ、
            ☆もっとオープンにすべきだ、などと良くありませんでしたが、私にとっては立ち上げたばかりのHPが何とか人に見ていただける機会だったし、何よりもHP作りに取りあえずの目途がついた出来事でありました。
 でもわたしも 政府がI.T時代の普及をリードするとの意気込みでスタートしたこのインパク、どの程度一般国民に刺激を与える事が出来たのか、疑問に思っている、しかも一年で閉幕してしまったのでは当初の目的は達成したのだろうか、単なる「お祭り」であったのだろうか、「お祭り」が終わってみれば、何も残らなかったのでは、税金の無駄遣いと言われても仕方が無い。 私は、インパク協会にも提案しましたが、「これからだ」と言う意味でインパク後のI.T普及活動を具体的にどう繋げるのか、継続してやつて行かないと、本当に「高くついたお祭り」になってしまうと思うのですが。
                                       (2001.12.25)
16.“トロイの木馬”再登場
最近、メールボックスにクリップマークが付いて文字化けしたメールが毎日のように入ってくる、11月24日頃に新しいウィルスが発生して蔓延しているらしい、私は勿論全部削除してはいるが、メールを開くのに神経を使わなくてはならないのでウットウシイ事この上ない、もし間違えて開いてでもしたら、大変な事になるので困った事である、パソコンにはウィルスバスターの最新版をダウンロードはしているものの100%安全とは言えないが防衛だけはしておかなくてはならない、皆さんも気をつけてください。人をこんなに困らせるウィルスの開発して流している発信元を特定出来ないものだろうか、そして法的に処罰ことは出来ないものだろうか、今は野放しのように思うのだが、誰か特定出来るソフトを開発する人はいませんか?  (2001.12.5)
15.失礼な! イチローに新人王
 アメリカ大リーグで新人王にイチローが選出された言うニュースがあった、予想されたことであるし、イチロー自身も「狙っていた」とのことなので、日本人としては「おめでとう」と言わねばならないだろう。
でも、イチローは新人なのだろうか?、確かに大リーグでは新人に間違いないが、日本であれだけの実績のある超一流選手なのだから考えようによっては実に失礼な賞の様にも思う、もしソーサやマグワイアーのような選手が日本に来て新人王と言われれば怒るのではないか、と思うのです。日本とアメリカの新人王の基準が違うのだろうから「有りがたく頂いておけばよい」と言う意見と「辞退すべきだ」と言う意見があると聞く、とにかく日本のプロ野球はアメリカのマイナーリーグ程度にしか思われていないのだろう。こんな雑音を吹き消すようにMVPを獲って日本の実力を示して欲しい。
                                   (2001.11.15)
追記、   イチローがやりました! ア.リーグMVP獲得
十五日のひとり言のあと、遂にイチローがMVPを獲ったとのニュースが入りました、おめでとう!(2001.11.20)

14.巨星 秋野不矩さんの追求
 日本画の巨星、秋野不矩さんが亡くなった、92歳との事、文化勲章受賞者ある、秋野不矩さんは若い頃からその才能と感性で文展特選、松園賞などのビックな賞を獲り日本画の一際光った存在であったようだが、彼女の感性は文展のマンネリに飽き足らず、退会し自らの絵を追及、後年になって日本画の枠を取り払い画風の追求を続ける、アフリカなど外国に画題を求めて自らの画風をガラリと変えた作品を発表する。絵を売ることなど無縁な芸の追求を徹底して押し通し、その芸術は日本画壇の宝であつたのではないでしょうか。「今まで、一作として満足な絵が描けない」と言われていたと読んだが、歳を召してからあれだけ画風を変えられる感性と芸術家としての追求力に対して、私は絵を描く一人として、驚きの他ない。  合掌  (2001.11.5)

13. テロ事件と人間の愚かさ
 ニューヨーク世界貿易センタービルとワシントンのペンタゴンを攻撃したテロ事件は人間の常識をはみ出した事件でテレビの画像に誰もが目を疑った出来事で、色々な情報が流れているようで、首謀者として強い疑いを持たれているオサマ.ビンラーディン氏を匿っている組織がタリバンであると言われている。 宗教、民族、国家、経済力、そして過去のいきさつの違いで、人間はこれだけ憎み合い、争い、殺し合う事になるのか人間の愚かさを見せ付けられたような事件である。
 今春、タリバンがバーミアンの大石仏を爆破した時にもこの「亘のひとり言」に書いたが、タリバンの価値観は私にはとうてい理解出来ないし私の常識からは「何を仕出かすか判らない集団」としか映らない。アメリカの事件は誰が引き起こしたのか、そしてアメリカがどう対応するのか人間の叡智を出し切って21世紀当初の危機を解決出来るよう全べての神様に祈り、人間は愚かでなかったと思えるように切に願いたいものである。(2001.9.25)
バーミアンの大石仏爆破についてをもう一度

12. 日本ゲートウエー(Gate Wey)の撤退発
昨今、IT不況などと言われているか、ここ何年かはITが経済の推進役のようにもてはやされて来たのが嘘のような変わりようである。小泉政権がITの推進を政策の一つに掲げているが、どうなるのでありましょうか、不安を感ずるのは私だけでしょうか。そんな中、米国の大手ゲートウエーが日本撤退と言うニュースが出ました、日本のPCメーカー大手も軒並みリストラを含む縮小計画をしている中だけに追い討ちをかける話でショックでありました、たまたま私のPCがゲートウエーであることもあり、私にとっては特に身近に感じたわけです。今後のユーザーサポート体制がどうなるのか、不安で仕方がありません。やはり日本メーカーのハードを買っておくべきだったのか、ブツブツと呟いている今日このごろであります。(2001.9.15)
11. 戦争を知らない大人たち
八月六日広島で、九日には長崎で被爆56回目の式典があったが、参列者の顔ぶれをテレビで見ていると参列者の殆んどが高齢者である事に永い年月が過ぎた事をあらためて思い知った。そして、今日八月十五日は56回目の終戦記念日である。半世紀以上昔の事になるのだから子供であった自分が65才になるのはあたりまえ。この終戦の日の事、原爆の事実を知っている人が少なくなってくるのも当たり前。56才より若い人はこの体験を知らないと思うと、「戦争を知らない子供たち」と言う映画があったが、今や「戦争を知らない大人たち」が大人の大半なのである。今の政治のリーダー党首たちですら「戦争を知らない大人たち」なのかと思うと歳を取ったものである。
永い間平和で物質的にも恵まれた世代の人たちが「今日の食べるものが無いとキュゥキュウとしていた親の顔」「B29の不気味な爆音」「機銃掃射の標的から逃れるために橋の下に転げ込んだ恐ろしさ」「焼夷弾の炸裂で夜空が朝まで紅色に染まるのを防空壕の穴から見ていたこと」等の事を話しても、どれだけ現実的に理解してくれているのだろうか、遠い昔の歴史の一ページとしてだけしか認識していないのではないかと思うと少々心配である。(2001.8.15)

10. 猛暑、酷暑、激暑、極暑
例年より九日も早く梅雨あけの宣告があったと思ったら、激しい暑さの夏が遠慮もなくやってきました。 7月13日には熊谷で39.6度との事、新聞.TVでは猛暑、酷暑の字が並んでいますが、私はそんなものではなく、「激暑」「極暑」ではないかと思っています気象庁では「猛暑」「酷暑」を気温など使い分けをしていないとのことです。(ただ、一部の地方気象台では35度以上を酷暑と言っているとの事です)
 因みに、広辞苑を開いてみると、
   [猛暑] 激しい暑さ
   [酷暑] 夏の厳しい暑さ
   [激暑] 激しい暑いこと
   [極暑] 極めて暑い事    とあまり区別がハッキリしないがこの暑さは四つが全部あてはまる暑さである。
いずれにしても、こんな字を見るだけで汗が吹き出てきますのでこの辺でやめにして、冷たい麦茶でも飲みに行く事にします。

. 久しぶりの北野町(神戸)
布引ハーブ園
布引のハーブ園
  何年ぶりだろうか、たぶん三、四年ぶりだと思うが、久しぶりに神戸に来るとやはり思い出すのは震災の時の事である。その惨状はご存知の通り、しばらくは今までの神戸には戻らないのではないかとおもっていたが、三、四年前に来た時に復興の早さに驚いた記憶がある、この度も神戸の町を歩いて、表面的には震災を直接感じるものがなくなっているのがとても嬉しく、懐かしく思いました。北野町の異人館もひどいダメージを受けていたが、とりあえずコピーとは云え、復元されていて雰囲気は震災前の状態に戻っているように思いました。でもコピーはコピーであって、時代を感じさせる元の館にはなっていない建物もあり、あらためて歴史、時代までも破壊した震災が憎らしい。これからも新しい神戸と共に古いものは古いものとして大切にする神戸の復興をお祈りします。(2001.6.25)



  

 コウノトリのご機嫌
皇太子殿下、雅子妃、このたびの御懐妊、まことにおめでとうございます。
 お二人がご結婚された時、記者会見の質問に「お子様は何人ぐらいがよろしいですか」と言うのがあって、皇太子殿下が少々恥ずかしげに「それは、コウノトリのご機嫌にまかせます」とお答えになったのを思い出します。その間今日まで何回かお噂が流れたが、コウノトリのご機嫌を損ねたのでしょうか、なかなかその日が来なかったのですが、、先日、日本中が待ちに待ったご発表がなされました。やっとコウノトリのご機嫌が取り戻せた思いで、心からお祝い致したいと思います。気まぐれなコウノトリのご機嫌がこのまま健やかでありますように、穏やかな日々をお過ごし頂きたいと願っていたいと思います。
 昨今の小泉人気は別にして、イチローや新庄の活躍、そしてこのビッグニュース新世紀の当初の今年はほほえましい事が多いように思えて、コウノトリだけではなく「幸の鳥」のご機嫌が良い事を願いたいものです。(2001.5.25)


. 「さいたま市」誕生 
私の住む浦和市が、大宮市、与野市と合併し五月一日から「さいたま市」としてスタートしました。昨年の四月に永年の諸懸案が纏まりようやく合併協議が法的に認められ、新都市としてスタートしたわけです。その間、新市の名前や市役所の場所をめぐりゴタゴタはあったようですがとにかく人口百万人の新都市が出来ました。市の名前では住民以外からもアンケートで募集があり、埼都市、彩玉市、などの他に、浦和と大宮の主導権争いから浦和市、大宮市の票数が多く、どう決まるか興味がありましたが無難なひらかなの名前に落ち着いたようです。何処の町でも同じだと思いますが、市同士の面子争いに住民が犠牲に巻き込まれないようにして欲しいものです。今後政令指定都市として恥ずかしくない重要都市として発展してほしいものだと思います。(2001.5.5)
. ーミアンの大仏破壊に思う
アフガニスタンのバーミアンの石窟大仏がイスラム原理主義者集団タリバーンとかに無残にも跡形なく破壊された。この事は以前から危惧されていたことであるが、“まさか”との思いと、“遂に”と言う感じである。平山郁夫氏なども最悪の事態を防いで欲しいと働きかけていたようだが、何とも空しい結果になってしまった。工場や橋はお金で復元できても、文化遺産は復元できない。宗教的理由かどうか知らないが、自らの文化を否定し、自らの歴史を葬り去る彼らの理屈は許す事ができない。人間の愚かさを見た感じで、切ない気持ちになったのは私だけではないはずだ。ユネスコを通じて平山郁夫氏が保存に力を入れているアンコールワットの遺跡についても、その永遠保護活動が空しいものにならないことを祈りたい。(2001.3.31)
バーミアンの大仏についての参考資料

5.    宮本三郎の絵

1930年代から1970年代に活躍された宮本三郎さんの絵は良く御存知だと思います、たしか二紀会の創立委員だちおもいます。戦前は二科で活躍され人物、風景、花などと多才な絵を遺している昭和の巨匠のひとりですが、戦時下には時の政府に強要されて国策として戦場の絵を描かされていたこともある、と言う事を知る人は少ないのではないでしようか。でもこの中には代表作と言われる絵もあることは芸術家としての悲しい信念が感じる事が出来るように思います。私はこんな宮本三郎の絵が大好きなのです。宮本三郎の絵が何故大好きか、私自身も良くわかりませんが、たぶん、本当の画家の絵だからでしょう、画家と言われる人は多いが本当に芸術と言える絵を描く画家はそんなに多くはいないでしょう。私のような者が言うのは僭越ですが、かなり有名になった画家の中には、自己主張が強すぎて独り善がりになったり、商売に走りすぎたりする画家はたくさんいます、私の目には宮本三郎の絵には画家としての「てらい」も「いやみ」も無い純粋の芸術を感じるからなのでしょう。 (2001.4.25)

4  町(マチ)と町(チョウ)
 先日、東京の町を歩いていて街角の電柱に町名表示の青い標識が貼ってあるのを見つけ、妙な事を考えていました、その標識には「ここは本町です」とあり、振り仮名が打ってあり”ホンチョウ”ですと書いてありました。私大阪の本町(ホンマチ)とは馴染が永かったので、本町を”ホンチョウ”と読むのは異に感じただけの事なのですが!!   そう言えば町の字を東京では”チョ”と読むのが多く、大阪では”マチ”と読むのが多いのかと、私なりの発見に納得していました。 東京では、兜町、有楽町、浜松町、浜町、小石町、富士見町、など”チョウ”と読む町が多く、一方大阪では上本町、谷町、本町、湊町、下寺町、鶴町、などと多くの町が”マチ”と読む、もちろん東京での御徒町、や大阪での寺田町のような例外もあるだろうが、妙に面白いな!と思っただけのほんの”ひとり言”でした。      (2001.2.28)

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又のお越しを御待ちしています


バーミアンの大仏について
参考文献

  株式会社新集社刊(1990刊)平山郁夫画集ら同画伯の「バーミアン大石仏」1968作の絵に解説された川口直宜氏の文章をご紹介します。

「ヒンドゥクシュ山中にあるバーミアンの谷は、海抜二千数百メートルの高地にある。シャリゴルゴラの丘からバーミアンの谷を一望する事が出来るが、数百メートルの絶壁が続くその様は、圧巻であるバーミアンの大石仏は、その断崖に彫られており、右が三十六メートル、左が五十三メートルの高さがある。玄奘三蔵が訪れたとき、大仏は金色に燦然と輝いたと記している。黄土色の断崖と、そこに彫られた大石仏をやや斜め左から仰ぐように見て描かれた本図は、大仏の大きさと悠久な時の流れの両方を実感させ、玄奘三蔵が見た金色の大仏の面影を髣髴させる。ここには、画家の鋭い写実の眼が感じられようだ。」

   
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3. 瓢箪からコマ

パソコンをさわり始めて一年足らず、マウス、キーボード操作から文字選択などの初歩から教わりながら、ホームページビルダーと言う便利なソフトのお陰でHTMLを知らない私でも何とか形が出来たのが昨年の十二月。その頃新聞でインパクの自由参加受け付けの広告を見て、怖いもの知らず、出来たてのHPをどんな物か体験のつもりで応募する、もちろん承諾になるなどとは微塵も思っていなく、一週間ほど経つと応募したことすら忘れかけていた処、ある日のメール受信箱に「貴方のHPは検討中だが不備が何箇所かあるので修正して再アップして下さい」とのメールがあるのを発見、かなりややこしい不備であったので、これが満足に修正出来なければそれはそれで良いかと諦めかけたが、何とかいろんな人に助言をもらい修正し再アップ、数日後、「承諾します」のメールが入る。「瓢箪からコマ」の心境。最後のインパクのバナー貼り付けと言うHTMLの挿入作業に苦労したが、アップしたと言う事になりました。 パソコン購入から初歩技術を教えてもらった大阪の入佐城司さん、HP作成は「ぼちぼちと気楽に」との助言をくれたHPの先輩大阪の矢部直英さん、そして、HPビルダーの使い方、HTMLソースでの貼り付けなどを教えてもらった埼玉の岡村こず絵さんなどに心から感謝いたします。(2001.1.25)

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2. デジタルとアナロ

「絵をパソコンで見せるとは邪道だ!」と他の画家から笑われているかも知れない、そんな思いがない訳ではない、ましてパソコンを始めて間もない私は、スキャナーの扱い、画像の調整がほとんど出来なかったので、このページで公開した絵にはバルール、マチエールなど「こんな筈ではない」と思う画像もあるので尚更そう思うのである。本来絵はアナログの世界、パソコンはデジタルの世界、いくらパソコン画像がうまく出来ても、パソコン画像はあくまでもパソコン画像、絵の持つマチエール、厚みが表現出来る訳がないと思っている。それでも敢えてやって見たいと思ったのは、65年間奈良に住んだ私が関東に転宅して自分の心の中の風景である奈良大和の風景を形にしてまとめてみたいと思ったからです。「奈良大和路スケッチ百景」は、どこを描いても絵になる奈良大和の風景を多くの人に見てもらい、知ってもらいたいと思ったからなのです。65歳の頭にとってはかなりキツイ面もあったが、助けて頂いた人たちのお陰で何とか形になつたでしようか。 ( 2001.1.20)

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1. 風景からの語りかけ

奈良の風景が体の隅々まで染み込んでいる私にとって、故あって浦和に転宅したとは言え,関東の風景とので会いは単なる「場所の違い」だけではなかつた。関東と関西、所 が違うのだら風景が違うのは当たり前、当然の事とは言え、私の目にとっては、その違いはかなりのショックであった。絵を描く私にとって”風景からの語り掛け”は<風景を描く心>を整える一番大切な条件なのです。奈良大和路の風景からは千四百年の歴史の重みを感じる語り掛けがあり、その語り掛けを聞きながらの作画であつたが、ほぼ千年の歴史の違う関東の風景からの語り掛けは全く違った語り掛けであった。武蔵野の風景からの語り掛け、東京下町風景からの語り掛け、現在それらの風景からの語り掛けを良く聞いて対話したいと思っています。 (2000.12.20)

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