四景 法隆寺夢殿

夢殿
1400年も以前の大伽藍が現在に伝わっている姿は人類の誇りであり、日本人の文化度の高さである。この法隆寺には当時からの建物も多く残され、日本最初の世界文化遺産指定である。和辻哲郎が著書「古寺巡礼の」中で言っている”日本人の心の原点”のこの寺を単なる観光ポイントで済ましてはならない。
<近鉄大和郡山駅から奈交バス法隆寺下車>


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ご参考    (2001. 6. 5)

夢殿 奈良時代 国宝

東院の中心をなす八角円堂の建物で、739年(天平11)頃に創建され、1230年(寛喜2)に大修理が行われた。聖徳太子のお住まいであった斑鳩の宮跡に、行信僧が聖徳太子を偲んで建てた上の宮の代表的建物がこの夢殿である。本尊はこれまた国宝の救世観音が特に有名である。

救世観音立像  飛鳥時代 木彫 国宝 (約180cm)

聖徳太子像とも伝えられている夢殿のご本尊で長らく秘仏として世間には出られていなかったが、明治のころ厨子が開かれて、種々学術的にも明らかになった。楠の一木造りでその温和で柔らかい姿は、国宝中の国宝である。

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直木孝次郎先生の「斑鳩の謎」から冒頭の一節

竜田、富雄、佐保、初瀬、飛鳥などの諸川が合流して大和川になるあたりに水神の広瀬神社がある。この右岸一帯の台地は北に生駒山地と矢田丘陵を背負い、南面は飛鳥と難波の交通路に当たる。ここは、いわば政治経済の上で、また文化交流上も要に位置するところだ。斑鳩の里はまさにこの東西流通の首根っこを押さえた形で展開する。摂政.聖徳太子は、推古天皇九年(601)この要衝地に宮を営む。いま法隆寺夢殿のある東院伽藍がその場所である。なぜかこの軍事戦略上も極めて高度な地勢を得て太子よびその一族は居をかまえるのである。東へは法輪寺の三井の里、法起寺の岡本の里へと続く詩情豊かなこの静寂な地に一体どんな謎か秘められているというのだろうか。人はなぜかこの寺でらの千古のベールのかなたに魅かれて今日もまた佇む。
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