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番外 その30  法華寺の辺り(古い民家)

法華寺のあたり

  法華寺という静かな尼寺は平城京跡のすぐ東にあります。 この寺の歴史は奈良時代でり、歴史の重みと深さがあり、皇室との縁も深くの雰囲気は上品さが漂っており、その空気はこの寺を取り巻く「法華寺町」にも感じられて、私は子供の頃からこの辺りの風景雰囲気が好きでした。
  奈良の都「平城京」の跡地が組織的に発掘が開始されたのは半世紀以上前の事でありますが、私の子供の頃も小規模ではありますが学者グループによる発掘がされていたように思います、その頃私は子供で、この広大な平城京跡へはよく遊びに来たものです、当時は「平城京跡」と言う石塔が建っていただけの原っぱでしたが、近鉄(当時は「大軌」)に乗ると窓から見える広大な広場が不思議でならなかった記憶があります。今は朱雀門をはじめ復旧建物が建てられたりし、近くにはスーパーマーケット、奈良ロイヤルホテル、市役所、等が建ち、24号線バイパスが通り、大きく変わりつつありますが、発掘が進み間もなく大極殿も建てられるでしょう。でも、この法華寺町はこの佇まいを保って呉れる事でしょう。
  この平城京跡の少し東にあるのが「法華寺」で、奈良へ遊びに来られた時は、是非この法華寺や平城京跡を中心とした「佐紀」の辺りを歩かれる事をお奨めします。

法華寺(ほっけじ)
 法華寺は、奈良県奈良市法華寺町にある光明宗の寺院。奈良時代には日本の総国分尼寺の(総国分寺は東大寺です)大和三門跡に数えられる、品格ある尼寺。もと藤原不比等の住居であったものを、光明皇后が総国分尼寺として建立しました。法華滅罪の寺と称し、七堂伽藍を備えて隆盛を極めました。平安遷都とともに衰え、豊臣秀頼の母淀君によって現在の構えに整えられました。本堂は桃山時代に再建された和様の仏殿で、木造十一面 観音立像〔国宝〕、乾漆維摩居士坐像〔重文〕などが安置されています。庭園は江戸時代初期につくられたとされ、横笛堂は滝口入道との悲恋の物語で有名な横笛が出家後に住んだといわれるもの。光明皇后をモデルに刻んだといわれている木造十一面 観音立像〔国宝〕や、護摩の灰を粘土に混ぜて形を作り、文様彩色を施した愛らしい犬形のお守りでも知られています。

  法華寺の国宝、十一面観音を見た和辻哲郎の「古寺巡礼」より国宝十一面観音のくだり 一部抜粋
「法華寺の本尊十一面観音は二尺何寸かのあまり大きくないも木彫である。ほのかな燈明に照らされた暗い厨子の中をおづおづと覗き込むと、香の煙で黒くすすけた像の中から、まずその光った眼と朱の唇とが我々に飛びついてくる。豊艶なお顔ではあるが、何となく物凄い」
法華寺の地図
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最寄駅 JR・近鉄奈良駅、近鉄大和西大寺駅
近鉄奈良駅から近鉄大和西大寺駅行バスや自衛隊前行バスで14分。
近鉄西大寺駅からJR奈良駅・白土町行バス10分「法華寺町」下車徒歩3分。