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奈良やまと路スケツチ百景

番外 その22 
今井町の家並み  河合家
(上品寺屋)

重要伝統建造物群保存地区

今井町の家並み(上品寺屋)

  奈良やまとの風景の中では、この今井町は少し雰囲気が違います。奈良と言えば白鳳飛鳥時代から奈良に都があった奈良時代の文化を代表するように、1300年前を思い出させる風景が奈良の風景ですが、この今井町は中世文化の遺産であり、異質な風景のように感じるのは、やはり時代背景が違うからでしょう。何故江戸時代になって、決して京都や浪花からの交通の便もよくは無い土地であり、華やかなる江戸からも遠い大和にこのような堀で囲まれた寺内町が出来たのだろうか、私は不思議でならないが、これはそれ以前の時代から戦国時代へ至る世相の流れを勉強しなくては判らないのでしょう。
  この絵の「河合家」(屋号は上品寺屋)は国の重要文化財 (昭和51年5月20日指定)で家蔵文書によると明和9年(1772)にはすでに酒造業を営んでいたようで現在も屋号と同じ名前の清酒を造る酒造屋さんであります。正面には太い格子を入れ2階は塗籠となっている。屋根の東側は入母屋造、西側は切妻造の本瓦葺で、外部意匠にみるべきものがあり、また、内部においても座敷を2階に配した点に特色がある建物です。この他、中橋家、上田家、音村家、旧米谷家など国の重要伝統的建造物 重要文化財指定の建物が合計8軒がこの今井町に点在する。また、このほか県指定文化財 4軒 市指定文化財 5軒など町全体がまるで博物館のような雰囲気を彷彿させていまて今井町の中でも代表的な今井の町並みを作る建物です。
  この町をスケッチするのは、道があまりにも狭いので「引き」が思うように取れず、描きづらいのですが、この「河合家」の前はたまたま空き地で駐車場になっていたので、少しの時間お借りしてスケッチすることが出来ました。

          今井町とは
 今井の地名は戦国の世の天文年間(1532-1555)この地に一向宗本願寺の門徒、今井兵部郷豊寿によって戦国の乱世から護る為に寺内町を建設されたことに由来するようであります。
 称念寺を中心とした寺内町は完全な城壁都市で、東西600メートル310メートル周囲には環濠を築き、戸数1100人口4000を擁し自立発展し、大阪、堺などの商業との交流も盛んに行われ、「大和の金は今井に七分」と云われるほどの繁栄をみていたようです。
豊臣氏の時代に今井は優遇されたこともあり、諸大名に資金貸与などもあり隆盛を誇っていましたが、明治維新にな緒大名が潰れ今井の隆盛は終焉を迎えることとなりました。 ただ、近代になるも町の姿は戦災や災害にも遭わず、現代に残り、昔の商家の姿を残す貴重な町並みとして「重要伝統的建造物保存地区」としての認定を受け国民的文化遺産といわれています。 蛇足ですが、このように建物そのものを保存するにあたり、現にお住まいの今井の方々のご苦労は大変なものであることを忘れてはならないと思います。

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今井町の地図

ご参考奈良県の今井を紹介するサイト