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奈良やまと路スケツチ百景

番外 その20 黒塚古墳

黒塚古墳

  この黒塚古墳に初めて出会ったのは、私が二十歳代の頃だからもう五十年も前の事になります、勤めていた銀行の駆け出し営業(当時は取引先係りと言っていた)マンとして、大坂の支店から支店長に付いて大事なお取引M氏のお宅を訪問した時、そのお宅の前が環濠に囲まれた鬱蒼とした森でありました、それがこの黒塚古墳でありました。当時は未だ終戦の混乱期がようやく落ち着きかけた頃で、この様な文化財を保護保全しようと言う時代ではなく云わば荒れた状態であったように思います、その後時代は各地の色んな埋葬文化財の発掘や発見があり、平成9年から翌年にかけて奈良県立橿原考古学研究所が行った発掘調査で、三角縁神獣鏡33面と画文帯神獣鏡1面が、副葬当時に近い状態で発見され考古学に興味のある方にはとっても重要な出来事があり、平成十三年には国指定の重要史跡になりました、現在の古墳は周辺の環境も整理され、駐車場も作られ、発見された三角縁神獣鏡記念館まであり、私が始めて見た頃の古墳とは全く変わっています、そして当時は此処を訪れる人なんて、殆ど無かったと思いますが、現在は山の辺の道などへのハイキングの人が結構立ち寄っているようです。
山の辺の道を歩かれる方は是非お寄りになる事をお勧めします。  尚、文頭のM氏のお宅は今もありますが、表札がM氏ではなく違う人がお住みなようです、そらそうですね、五十年も前の事ですから。     (JR奈良線柳本駅から五分)

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黒塚古墳で発掘された三角縁神獣鏡
三角縁神獣鏡とは、縁の断面が三角形で、背中側に神仙思想に基づく東王父や西王母などの神像と霊獣の文様を持つ銅鏡の ことである。「魏志倭人伝」に記された、魏が卑弥呼の使者に銅鏡百枚を下賜した景初3(239)年の年号を入れたものがあ り、三角縁神獣鏡をこの銅鏡百枚」に当てる説がある。卑弥呼が保管した後、大和政権によって地方の豪族に配布されたと の説があり、邪馬台国畿内説の有力な根拠となっているが、国内で約500面も見つかっているのに対して、中国では1面 も出土していないことから国産鏡との説も根強く、論議が続いている事は周知のごとくである。全国で500面近く見つか っている三角縁神獣鏡には、同じ文様を持つ兄弟鏡(同笵鏡)が全国に分布している。黒塚古墳の場合、宮崎県から群馬県 まで、全国39ヵ所に兄弟鏡を持つことが分かっている。

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