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奈良やまと路スケツチ百景

番外 その19 転害門(手貝門)

東大寺転害門(手害門)
  この転害門(国宝)は東大寺の西の大門と言ってもいい門(手貝門とも手掻門とも言われています)だと思います、一条大路(佐保路)が東に突き当たる所に堂々と佇む姿は奈良に生まれた私にとっては子供の頃からとても印象深い風景で、今もその雰囲気は残っています、この門の奥には鼓坂小学校があり私の通った小学校ではありませんが、何回か行った記憶がある小学校で東大寺の境内にある学校として羨ましかった記憶があります。そしてその小学校の奥にはあの「正倉院」があります、とはいえ、この転害門の辺りは観光客も多くなく静かで佐保路に通じる町並みの生活の匂いもする町です。
  私の母方の里がここからほど近い法蓮町にあったので、小さな幼児の頃から母の里に行く時はこの前を通ったもので、子供の頃の目で見たこの門は威厳があり大きくて堂々としたその姿は或る種の恐怖のようなものさえ感じていた覚えがあります。
  門の歴史は奈良時代の建物で、平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の大火に焼け残った寺内で数少ない建物の1つ。鎌倉時代に修理されているようです。面白い話として、この門に使われている軒下木組みが「蛙股」と言うそうですが、その「蛙股」が他の寺の蛙股とは違うようで、その事が歌舞伎や能の歴史にも係わりがるらしく、能や歌舞伎の関係者は一度はこの門を訪れているとの事であります。(私はこの様な専門的なことは判りませんが、人から聞いたことがあります。この事について確かな事をご存知の方は教えて頂きたいと思います)

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転害門の地図