番外その1  頭塔の見える中清水町 

頭塔さんの見える中清水町

    頭塔の見える中清水町(昭和20年代頃をイメージして描きました)

私が十歳前後の昭和二十年頃の中清水の町をイメージしてスケッチしました、私が生まれ育った中清水町からは頭塔の森が目の前に大きく見えました、今もその姿は残っているようですが、町の雰囲気は大きく変わっているようです、その頃はこの頭塔さんの脇から破石を通り春日山を越えて誓多林や須山などの山中(サンチュウと言っていた)の村々への街道筋であったので色々な店屋が並んでいました、荒物や、金物屋、乾物屋、鋸の目立て屋、建具屋、油屋などこの中清水で買い物をして山中へ帰っていった道筋でありました。その頃を思い出しながら、イメージして描いているうちに五十年前にタイムスリップしてしまいました。
(近鉄奈良駅から奈良交通バス破石下車5分)

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2001.6.15ご参考コメント   藤木亘
 奈良の高畑に頭塔(ずとう)という遺跡があります。詳しいことはよく知りませんが、東大寺の僧が国家平安のために築いた方墳だそうで、東大寺建立の時国家の反体制に回った僧の首塚であると聞いた事があります。いずれにしても、奈良時代のロマンを秘めている遺跡なのです。
 私はこの頭塔さんのある高畑町で生まれ、この頭塔さんを遊び場所にしていましたので、物心のついた頃の思い出多いスペースなのです。もちろんその頃は頭塔がそんな歴史的に由緒ある場所であることなど知るよしもなく、ただ子供にとっては手ごろな山遊びや、格好の「かくれんぼ」の場所であつただけのことなのですが、時には、塚の周りの道脇に立っている石仏に恐れを抱いたこともあり、とにかく遊ぶにはモッテコイノ場所であつたことは間違いありません。
 そんな子供の頃の頭塔は,今のように遺跡に対する世の中の関心も薄かったし、ましてや戦時中には遺跡保存など言っている時代でもなかったので、頭塔全体も荒れ放題であったような気がします。でも、時にはお年寄りが道脇の崖に寄りかかるような石仏にお花や線香を供えているのが、妙に気になったのを覚えています。
 このような頭塔さんは観光ポイントでもないので、知る人が少ないかもしれませんが、私にとっては今の年になっても奈良を頭に浮かべるたびに出てくる風景なのです。六十余年も奈良に住み、故郷が奈良そのものだったのですが、さいたま市に引っ越して、遠く奈良を想うと、益々この頃の情景が鮮明に蘇って来るような気がします。
 昨年久しぶりに奈良に帰った時、高畑の風景に逢いたいと思い、頭塔さんに立ち寄ってみました。私の目に映った頭塔の姿は私のイメージとは違っていて、少々ガッカリしました。私の知っている頭塔さんは自然そのままの雑木に覆われていて、周りの道は草やススキの間を縫うようにクネクネと曲がっていて、突然石仏に出会わすような、飾り気のない「普段着」の頭塔さんでした。現在の頭塔さんは少し整備されすぎていて、私の目には、「よそ行き」の頭塔さんで、何かよそよそしささえ感じる姿でした。 
 文化財の保存や研究も大事な事だと判っていますし、観光で訪れる人も多く、周りの道も整備しなければならないし、トイレや案内板の設置も必要な事はわかっているのですが、あまりやりすぎないように願う気持ちで一杯です。
 これは、頭塔さんだけの事ではありません、入江泰吉さんの写真で知られている西の京大池から薬師寺を望むポイントにもコンクリートの護岸が目立ち、今や入江さんの写真にある風景が見られなくなっているのは、とても残念なことです。
 でも、私の頭の中には昔の頭塔さんが切り取られて残っていますので、何時でも昔の頭塔さんに会うことが出来ると思っていますが、あまりあらたまった頭塔さんでなく、「普段着」の頭塔さんであってほしいものです。

私の子供の頃にはなかった石のピラミット状の遺跡が発掘され、
公開されていることに驚きました。
一室「奈良大和路スケッチ百景」はすべて掲示できました。御覧いただき有難うございます。
    今後、この百景を広げて「番外」として百一景以降も続けて描いて見て頂けるようしたいと思っています     是非、またお越しくださるようにお願いします

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