私と家族

2001.03.05
 
私が家族というものを始めて意識したのは、いつのことだったろう。
 
小学生の時に布団の中でふと自分と家族のことを考え、一人でバカみたいに泣いた夜があった。
何年生の頃だったかは覚えていないし、なぜそんなことを考えたのかも覚えていない。
ただ、その時初めて家族のことを考え、布団の中でさめざめと泣いたのだった。
 
当時、私は両親と祖母と四つ違いの兄の五人で暮らしていた。
人並みに幸せな家庭だったと思う。
私はその頃、幾分多感な少年だった。
 
ある夜、小学生だった私は布団に潜りこんでこんな事を考えた。
「おばあちゃんやおとうさんやおかあさんはいつか僕より早く死んでしまう。僕はいつまでもこの家でおばあちゃんやおとうさんやおかあさんやおにいちゃんと一緒に暮らせるわけじゃないんだ」
突然(私の記憶の中では”突然”だった)、今のこの家族の状況は永遠には続かないということに気が付いた。
 
うるさいおばあちゃんがいて、こわいおとうさんがいて、やさしいおかあさんがいて、僕よりもなんでもうまくできるおにいちゃんがいて、そして僕がいる。
この家族は永遠にあるわけじゃないんだ!
 
布団の中でそのことに突然気が付いた私は、悲しくて涙が止まらなかった。
「僕はいつまでもおとうさんやおかあさんの子供でいたい…」
 
いつかは自分も家を出て、別の家族を作っていく。
そのことに小学生のときに気が付いた。
だからといって、その後の自分に大きな心境の変化があったということではなかったが、三十年近く経った今でもあの晩の暗い布団の中で感じた悲しみだけは折に触れて思い出す。
あれは、私の人生の”自立”という階段の一段目だったのか。
小学生のあの夜、私はその階段を一歩だけ踏みしめたのだろうか。
 
私の家族。
この言葉にはかなり不思議な気持ちがつきまとう。
妻と二人の子供、それと私。
永遠を願っていた子供はいつのまにか父親になり、別の新しい家族を持った。
この当たり前のことが、不思議なことのように感じられてしかたがない。
ずっとずっと昔から行なわれていた、当たり前のことなのに。
 
二人の子供たちよ、お前たちはあの夜布団の中で泣いていた私だ。
ああ、Y介、R紗。
お父さんやお母さんはいつまでもお前達を守り続けることはできない。
殻を破って出てきた雛鳥の羽はまだしわくちゃで、黒く濡れそぼったままだ。
飛ぶことなんてできないし、歩くことさえおぼつかない。
 
ああ、Y介、R紗。
早く、早く風にその身体を晒しなさい。
風に向かって大きく羽を膨らませなさい。
濡れた羽を乾かして、艶やかな尾羽を太陽に向かって煌(きらめ)かせなさい。
そうして、大空に向かって一人で飛び立ちなさい。
お父さんはお前達が青空の点になって見えなくなるまで「がんばれっ!」って声を掛け続けているから。
多分、目に涙をいっぱい溜めて声を掛け続けているから。
 
父親になっても、永遠に続く家族を夢見ている。
布団の中で泣いていた子供は、父親になった今の私なのかもしれない。
 
2001.03.05
Written by あらかぶ亭アジ介
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