2002年7月15日(月)
自宅にて
【特別編】〜「ちぬ倶楽部」10月号 掲載原稿〜
九州は福岡県の西のはずれ、玄界灘に突き出た糸島半島は船越漁港の波止で、さる6月1日にこれまでのチヌの最大寸日本記録を破る巨ヂヌがあがったことはまだ全国のチヌ釣り師の皆さんの記憶に新しい出来事でありましょう。
日本全国巨ヂヌダービーは(そんなものあるのか?)これまでの記録69.5cmを超え、ついに夢の70cmオーバー(70.8cm。いずれも拓寸)の世界に入っていったのであります。
 
私は今や全国のチヌ釣り師が注目(?)する釣り場である船越の波止をホームグラウンドとし、ある時期ほぼ毎週通い続け、通い倒した釣り好きサラリーマンです。
船越で釣った豆アジ、カタクチイワシのたぐいは数知れないのですが、そいつらをエサにするという知恵が足りずに巨ヂヌにはお目にかかったことがありませんでした。
 
船越漁港のことを簡単に紹介しましょう。
糸島半島には10ヶ所ほどの漁港が点在しています。
ここ船越よりも魚影の濃い波止はいくつもありますし大物が狙える地磯も何ヶ所かありますので、地元のチヌ釣り師は普通船越に足を向けません。
地元の"メイタ"釣り師が来るくらいなものでしょう。
それも家族連れのサビキ釣りの人達の間に入ってひっそりと。
そんな「ファミリーフィッシング場」という言葉が船越ほど似合う波止も珍しいのでは、と思ってしまうような場所なのです。
(メイタ=40cm未満のチヌの若魚のこと)
 
そんな船越の波止で、ほぼ四半世紀ものあいだチヌ釣り界に君臨してきた伝説の記録69.5cmがあっさり更新されてしまった今回の事件は、我々にとても多くの示唆を与えてくれたのではないでしょうか。
それは釣り方などという表面的なことでなく、これまで巨ヂヌに出会うためにかけてきた時間と金と情熱は言うに及ばず、チヌ釣り師としての人生そのものを否定しかねない危険な示唆を!(なんのこっちゃ)
 
マラソンの高橋尚子選手は昨年ベルリンで当時の世界最高タイムを出しましたが、なんとその翌週にケニアのヌデレバ選手に記録を塗り替えられてしまいました。
残念ながら高橋選手の記録は偉大な世界記録ではありましたが、伝説の記録とは成り得なかったのです。
そういう意味において、69.5cmは偉大な記録にして伝説の記録でした。
超えそうで超えられない、非常に微妙な高さに掲げられたハードルだったのです。
その微妙な高さゆえ、これまで幾多のチヌ釣り師達の心を掻き立て続けてきたのです。
そしてそのすべての挑戦を退け、69.5cmは伝説へと昇華していったのでした。
 
皆さんはすでに何枚かの写真をご覧になっているはずです。
あの70.8cmの魚拓。

巨ヂヌを前にウンチングスタイルでカメラを見つめるTシャツ姿の20歳の若者。
ゴクリとつばを飲み込まずにはおれない大迫力の巨ヂヌの擦り切れた尾びれ。
週刊釣りサンデー社のHPにはもう1枚、可愛らしい彼女とツーショットで巨ヂヌを抱える若者の写真もありました。
 
極論を言ってしまえば、あの記録更新魚は20歳の若者がサビキ釣りデートの最中に、
「セイゴでも釣って彼女をビックリさせてやろうかな(筆者の想像です)」
なんて感じで、彼女が釣ったカタクチイワシを刺して沈めたちょい投げ仕掛け(ダウンショットリグ)に食ってきました。
どうやらヒットの瞬間は彼女のサビキ仕掛けのもつれをほどいてあげていたので置き竿にしていたという情報です。
ああ、なんというお手軽な状況であることか!
まさにその時、周囲はお手軽ファミリーがサビキ釣りに興じていたことでありましょう。
「パパ、あのおさかなすっごい大きいね!」なんて声があがっていたのか。
この20歳の若者のその日の釣行費用はいったい何百円であったのか。
「食べちゃいました」と事も無げに答えたという若者よ、ワールドカップ観ながら食べた日本記録のチヌの刺身はうまかったか?(余計なお世話)。
魚拓に書かれた現認者は何故永年の釣り仲間のおやじではなく、うら若きギャルなのか?(まったく余計なお世話ですいません)
 
今回のこの事件は、例えば高橋選手のマラソン世界最高記録がジョギング気分の一般サンデーランナーに抜かれてしまったに等しい事件であると言い切ってしまっては物議をかもすでしょうか。
私が高橋選手であれば「もうマラソン辞めます」とあきれかえってしまう状況でしょう。
人生を巨ヂヌ釣りに賭けている全国のコアなチヌ釣り師の皆さん、引退を決めた王選手が静かにバットを置いたようにその愛竿を置くことなかれ、です。
私ごときが言うまでもなく、
巨ヂヌ釣りは人生そのもの
日本記録だけなら船越漁港ででも見つけることはできましたが、新たなる伝説の記録はまだまだこれからなのです。
チヌには人生を賭けた伝説の記録が相応しい!
そう信じて、ここ福岡の船越漁港から全国のチヌ釣り師へエールを送ります。
Written by あらかぶ亭アジ介
福岡県糸島郡志摩町/船越漁港/久家波止

(この海、この波止で巨ヂヌはあがりました)
(実際は一部校正を受けて掲載されています)
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