「10万円入りの財布」


◇第三章◇


1分ほどボーッとした後、今置かれている状況を考えてみた。

お金が何もない。今日は金曜日。
キャッシュディスペンサーは使えないから
通帳と印鑑をもってお金を下ろしにいかねばならない。
あと2時間で銀行は閉まる。
そして、キャッシュカードの再発行の手続きもしなければ...。
でもワタシの銀行は以前住んでいた横浜にある。

とりあえず、その支店に電話をしてみた。
キャッシュカードの再発行は横浜でないとできないのかと訊ねると
目黒でもできるとのこと。
少しホッとしていると、銀行へ登録している住所は
目黒に変更されていますか?と訊かれ
はい。と答えると次に手続きの手順と必要なものを教えてくれた。

まず、最寄りの銀行に紛失届けを出してください。
その銀行から送られてきた紛失届けに私どもの印鑑を押し、
あなたにお送りいたします。届きましたらその紛失届けと取引印鑑に通帳
そして免許証など顔写真の付いた身分証明を持って
再度、最寄りの銀行で再発行の手続きをしてください。

なんだかややこしいけど とにかく最寄りの銀行に紛失届けね。
そして免許証ね。(実はこの時、ワタシは免許証もいっしょに
捨ててしまったことをすっかり忘れていた。)

そして、免許証は住所変更していないことを伝えた。

「では、免許証の住所は横浜のままなんですね?」
「いえ。静岡です。」
「え?」

実はワタクシ去年まで静岡にある実家の扶養家族にしてもらっておりまして、
保険料も親が払ってくれてますし、免許の更新手続きは静岡で...。
などと、初めて話すお姉ちゃんにそんな個人の恥を語れるわけがない。

「あ、そ、そうなんですか。それですと、その免許証では住所を証明出来ないので
住民票をご用意していただけますか?」

「はぁ....。」
またやることが増えた。
区役所にも行かなければならない...。

お姉ちゃんは最後に付け加えるように、こう言った。
「もしよろしければ今、こちらで紛失届けをおつくりしましょうか?」

なんやねん!そらぁ。今、つくれるんかい!? 
あんだけややこしい事ぬかしておいて、そんならそうと
はよ言わんかい ボケェ!&よろしいに決まっとるやないけぇ!
と心のなかでつっこみつつ、
「あ、できるんですか。それじゃあ よろしくお願いします。
で、紛失届けが届いたら、住民票といっしょに最寄りの銀行ですね、
わかりました。」と丁寧に返答し、電話を切った。

それからワタシは当面の軍資金を下ろす為、
通帳と印鑑をバッグに入れ、家をあとにしたのだが、
瞬間、ワタシは何とも言えない感覚を味わった。

お財布を持たずに外へ出ること。 
自分を証明するものを何も持っていないということ。

いつもお尻のポケットに入っていた「ワタシ」という重さが
なくなったからなのだろうか?それはなんとも心もとなく、
まるで地に足が着いていないような、言いようのない不安定な感覚だった。



その後、とりあえず一時的にと、以前使っていた財布を押し入れから
引っぱり出してきて使う事にした。
気に入った新しい財布が見つからず、今も使っている。
銀行のキャッシュカードは無事、再発行してもらえた。
ビッグカメラのカードも再発行してもらった。
うれしいことにポイントはそのまま新しいカードに移行された。
免許証は面倒なので3ヶ月後の更新時まで待つことにした。
スーパーマーケットのカードは再発行してもらうのに、
1週間もかかった上に100円とられた。4000円分のポイントもパァだ。
弱小スーパーめ。

そして、
ピン札だったあの福沢諭吉10枚は
未だ、ワタシにその姿を見せてくれてはいない。



さらにその数ヶ月後...、
やっと気に入った財布を見つけ、免許証も更新し、
ようやくお尻に「ワタシ」という重さを再確認したのであった。

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10万円を燃えるゴミに出したオトコ:はせがわよーすけ

 

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