「丑三つ時にベルが鳴る」


深夜2時半にいきなり電話が鳴った。

 

 

誰だよ〜、こんな夜遅くに。

まぁでも、たまに酔っぱらった友達がかけてきたりすることもあるので、

あいつか?いや、こいつかも、と想像しながら電話に出る。

 

「もしもしぃー」

「もしもし、長谷川さんですか?」

 

全く聞いたことの無い男の声。(誰だいったい??)

 

「はい、そうですけど。」

 

「あの、私 長谷川さんの作品を見てすごくいいなぁと思いまして、

何か繋がりをもてたらいいなぁと思ってお電話させてもらったんですけど...。」

 

って、深夜2時半にかけてくるか?普通...。

相手の神経を疑いながらも、とりあえず普通に応対。

 

「え、あ、そうなんですか。それはありがとうございます。」

 

「何度か電話したんですけど、いらっしゃらないんで、

夜型の人なのかと思って、こんな時間ですけど...。」

 

「はぁ...。」(10時過ぎからずっと家にいるんだけどな...。)

 

「長谷川さんは今って、お忙しいですか?」

「いえ、暇ですね..。」

「そうなんですか?」

「えぇ...。」

............。」

 

「あの、すいません、そちらは何処のどんな人なんですか?

とりあえずお名前からでも...」

 

「あ、加藤といいます。」

 

「どんなことされてるんですか?イラストレーターとか?」

「いえ、劇団なんかで役者をやったり、他にもいろいろしています。」

「そうなんですか...。おいくつなんですか?」

26です。」

 

「あの長谷川さんは異業種の人と実際に会ったりすることにオープンな人ですか?」

「えぇまぁ、いろいろ広がったりすると面白いですからね。ボーカル教室へ通ったりして、

普段会うことのなかった人達と仲良くなったりとかしてますし...。」

 

「えぇ!?ボーカル教室ですかぁー?どうしてまたボーカル教室なんですかぁ?」

「いや、別に...、カラオケうまくなろうと思って...。」

「そうなんですか、はっはっは 変な人ですねぇ、長谷川さんって」

(なんだ、こいつ、初めての電話で失敬な...。いやいや、まぁ悪気はないのかもしれん。

もうちょっと様子を...)

 

「いや、すいません。僕の中で想像もつかないことだったんで....。

面白いですねぇ。でもいったい長谷川さんは何処へ向かってるんですかねぇ?」

「まぁ、イラストの描ける歌手になろうかと..。はは...。」

(こんな夜中に突然かかってきた見ず知らずのヤツ相手になにを言ってるんだ、

オレは...。)

 

 

「実はあの、僕はいつもこうやって自分が興味を持ったりイイと思った人には

直接連絡して、実際に会って人脈を広げたいと思ってまして...。」

 

「そうなんですか、それはすごい行動力ですね、見習いたいものですねぇ。」

 

「同じ表現者として長谷川さんと会って話がしてみたいと思ってるんですけど、

どうですかね?」

 

「え? いや、あの、そんな、いきなりどうですかねって言われても...、

えーっと、何さんでしたっけ?あ、加藤さん。加藤さんがどんな人かもわからないですし...。」

 

「前は劇団に所属していましたけど、今はフリーで役者をやったり、文章を書いたりしています。」

「あの、なんていうか、例えば事前に加藤さんのやってることを見せていただくとか..。」

「いえ、それは会った時にお見せすることにしているんです。今まで100人以上の人に会ったんですけど、

どんなに有名な方にでも会った時にお見せするようにしてきましたから。」

 

「はぁ...。」(なんなんだ、こいつ..)

 

「ところで、私のHPは見てもらって...?」

「いえ、パソコンとかそういうの、疎いんで...。」

 

「すいません、加藤さん、なにを見て私のことを知ったって言いましたっけ?」

「住所録みたいなもので...。」

「住所録ってなんなんでしょ?クリエイターズ年鑑ですか?」

「えぇ、そんなヤツです。」

.............。じゃあ、私の作品は3、4枚見たくらいの話ってことですよね。」

「そうですけど、いけませんか?たった一枚の絵を見ただけでも感銘を受けることありますよね、

そしてこの作者に会ってみたい、そう思って電話をしてるんですけど...。」

 

(こいつ、やばくないか..?)

 

「どうですか?会ってもらえませんか?」

 

..............。いやぁ、ちょっと会えないかなぁ。」

 

「どうしてですか? 長谷川さん暇だって、異業種の人に会うのも大丈夫だって

言ってましたよね?」

 

「なんかさ、こう、この電話での会話のやりとりの感じがさぁ、

どうもオレ加藤さん苦手な感じなんだよね。」

「どうしてですか。電話でそんな風に判断しないでください。

電話じゃそんな、人のことなんてわからないじゃないですか。

それは偏見っていうものです。会って目を見て話さなきゃ人の本質なんてわからないですよ。」

 

「いやぁ、そんなこと言われてもさぁ、やっぱ会えないよ...。

なんかさ、会いたいとか思うんだったら、例えば事前にもっとボクのこと調べるとかさ...。」

 

「別に僕は長谷川さんのファンとして会いたいって言っているんじゃないんです。

いち表現者として会いたいって思ってるんです。」

 

.............。」

 

「今まで100人200人の人に直接電話をかけて、実際に会ってもらってるんです。」

「はぁ...。そう言ってたよね...。ちなみに、今まで会った人ってどんな人がいるのよ?」

「言って、わかりますか?」

(カチーン)「いいから言ってみてよ。」

「ピーターグリーナウェイにも会いましたし、黒澤明の映画で衣装を担当していた黒澤和子さんにも

会いましたし、甲殻機動隊のプロダクションIGの社長の石川さんにも会いましたし....。」

「ピーターグリーナウェイ...ホントに? みんな死ぬほど忙しいだろうに、ホントに会ってくれたの?」

「えぇ、会いました。そうやって時間を割いて会ってくれたっていうことに、ありがたいって、

こちらも感謝の気持ちが生まれるんですよ。」

 

(おまえはいったい、なに様だ、)

 

「そんなすごい人たちにも会ってから自分の作品とか見せるわけ?事前に送るとかじゃなく..」

「えぇ、そうですよ。」

「そんなんで、会ってくれたんだ。へぇー。」

 

「どうですか?」

「いや、だから会えないって」

「どうしてですか?」

「でもさ、例えこれでオレと会ったとしても嫌でしょ、

すでに喧嘩みたくなっちゃってるじゃない。」

「そんなことありません、長谷川さんの口調がそうだからそんな感じになってるだけです。」

 

「いや、あのさ、もう勘弁してよ。だいたい失礼だよねぇ、

いきなり夜中の2時半に電話をかけてきてさぁ。」

「それは、だから最初に言ったように夜型なのかと思ってって。」

「今日、オレ10時過ぎには家に居たけど...。」

「今まで、何度も電話かけてるんです、でもいつも留守で、

僕が長谷川さんのことを知ったのは1ヶ月も前ですから..。」

 

「ほとんどオレ家にいるんだけどなぁ。」

「たまたま、毎回タイミングが合わなかっただけだと思います。」

 

「とにかくさ、無理なんだよねー、オレやっぱり加藤さんに会いたくないもーん。」

「もーん、ってなんですか、こっちが真剣に話をしようとしてるのに、その態度はなんなんですか?」

「はぁ??」

「納得できません。とにかく会いにいきますから。」

「いやいや、来なくていいから。」

 

「いや、ホント納得いきませんから、これからそっちへ行きますから。」

「なに言ってんの?今、もう3時だよ。」

「今から行きますから!」

 

「何しにくんだよ。」

 

ワナワナと体が震えるワタシ。

受話器をハンズフリーに切り替えてテーブルの上に置く。

 

子機のスピーカーから

「もしもーし!、もしもーし!」と大きな声

「そういう無礼な態度が許されると思ってるんですか?今から行きますから、もしもーし」

 

「電話に出てください、卑怯じゃないですか。もしもーし」

 

「こんなの納得できません、会いに行きますから」

ブチッ、ツーツーツー。

 

怖くなって戸締まりを確認した。

しかし....。ひぇ〜〜。どうしよ.....参った。。。

 

まさか、ホントに来たりしないっしょ....?

いちおう楽観的に考えてはいるものの、

あまりに突然、降って湧いたその状況に正直動揺していた。

友達へ書いていたメールがまだ途中だったが、つづきを書こうと思っても頭が回らない..。

 

ヤツがどこに住んでいるのか、どんな顔をしているのかも何も知らない。

わかっているのはただ「加藤」という名前だけ...。

 

得体の知れないヤツがこれから来ると言っている。

そんな相手にこっちはただ待つしかないのか。

警察に連絡?いやまだ何も起こっていないのだ。

事件になってもいないのに警察が動いてくれるわけはない。

 

しかし、いったい加藤はどこまでこっちの事を知っているのか...。

とりあえずヤツはパソコンができない。それが唯一の救いだ。

 

こんなご時世だが、ワタシの情報なんて検索すれば写真から住所から

ひと通り出てきてしまう。しかしそれによってトラブルに遭うことは今までなかったし、

仕事の関係で住所などの開示も必要だと考えていた。

でも...。

 

メールを書くのも止め、出来るだけ何も考えないようにして布団に入ることにした。

 

 

 

........結局、その日加藤は来なかった。

 

そしてその後、何事もなく3日が過ぎた5月5日。

 

9時45分に電話が鳴った。

友達に、これから会おうかとメールを送った直後だったので

その友達からだと思って受話器を取る。

「もしもしぃ〜!」

 

 

「この前電話した加藤ですけど..」

 

 

うわぁ、マジかよぉ.....。

 

 

 

..はい」

「あの、会いに行きますから」

「いえ、来なくていいですから...」

「いや、行きます」

「ホント、来なくていいから」

 

「この前、勝手に電話切りましたよね。」

「はぁ..」

「そんな無礼な態度、僕は許しませんから」

「はぁ?」

「そっちへ行きますから、そっち行ってぶっ飛ばしますから」

 

(ぶっ飛ばす? うわっ、えぇ〜!?)

反射的にそこで電話を切った。

 

 

30分くらいしてまた電話、

出ずにそのままにしていて、留守電に切り替わったら、切れた...。

 

とりあえず、表札を外した。

果たして加藤は本当にぶっ飛ばしにやってくるのだろうか?

 

 

最初の電話が2日、次が5日、なか2日の加藤ローテーション。

すると3回目は8日ということになるのだが、

その日から数日間ワタシは帰省して家を空けた。

 

東京へ戻ってくると玄関のドアいちめんに貼り紙が

「バカヤロー!」「死ね!」「無礼者!!」と

ベタベタと貼ってあった.....

 

ら、どうしようなんて、想像してもいたのだが何事もなかった。

 

結局その後、加藤から音沙汰はない。

 

 

世の中にはいろんな人がいる。相手の状況や気持ちなど考えようとしない。

単純に自分が受け入れてもらえなかったことに怒り、暴走する。

自分のことしか見えていない人というのは何をしでかすのか

全く解らないので本当に怖い。

 

 

しかしながら、それから何週間かが経ち、気持ちも落ち着いた最近、

怖いけど、続きが書きたくて密かに「連絡を待っている自分」も実は...いる。

 

う〜ん、どうなの?

このまま自然消滅なのかしら、ワタシたちの関係って...。(笑)

 

 

 

 

 

それからまた数日が経った5月末、

久しぶりに大学時代の友人たちと飲み、

ほろ酔いの楽しい気分で深夜に帰宅すると留守電が点滅している。

ドキッとした。

最近は友達との連絡もメールがメインになっているので

留守電にメッセージを残す人などほとんどいない。

 

恐る恐る再生してみると...

 

 

 

「もしもしぃ、かとうだよー、おうちに行っちゃうよ。きゃっきゃっ、あははは」

 

 

と、可愛らしい声。(!?)

 

あぁん、モモちゃ〜ん! 

妹の子供、姪っこのモモちゃん 6歳 小学1年生。

 

つづけて、

「かとうだよー、ウソだよー、モモカだよー。かとうモモカだよー」と、

もう、わけわかんなくなってる...。(笑)

うーん、もう なんてカワイイんだ。

 

妹が加藤の話を読んで聞かせたらめっちゃ興味持っちゃって、

「ヨウちゃんのとこ、かとう来たかなぁ、来たかなぁ、

でんわする、でんわする。」って、きかなかったらしい。(苦笑)

 

いやぁ、

モモちゃんからの電話ならいつでも大歓迎なんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

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