トム君の憂鬱

神様。
僕は恋をしたようです。
決して実る事のない恋を・・・・・。

彼女の名はカタリナ=ラウラン。
ロアーヌ領主ミカエル様の妹君、モニカ様のボディガードです。
彼女はミカエル様に恋をしているようです。
ミカエル様相手に・・・・・僕なんか、とても太刀打ち出来ません・・・・・。
でも、いいのです。
彼女と同じパーティに入れただけで、それだけで・・・・・。
ひとり物思いにふけっているトーマスにカタリナが声をかけた。

「トム君?」
「あっ! はははい!!」
「宿に着いたよ。 ・・・・・どしたの?」
二つ年上の彼女は、僕の事をどう思ってるんだろう・・・・・。
頼りない弟分・・・・・かな、やっぱり・・・・・。

はぁ・・・・・。

これで何回彼はため息をついたことだろう?
けれど今はため息をつくことしかできないトーマスだった。

ところで、この宿に着く前、彼女たちのパーティは神王の塔で、
聖王が残した(聖王遺物と呼ばれている)宝物を手に入れていた。
七星剣、聖王の槍などという伝説でしか聞いたことのない宝物がごまんと積まれていたのだ。
その中にカタリナの探し求めていたマスカレイドも入っていた。

「すげえ!! お宝がざくざくだ!!」
守銭奴ハリードが感嘆の声をあげる。

その一方でカタリナはひとり感慨にふけっていた。
マスカレイド・・・・・聖王遺物のひとつ。
ロアーヌ代々の后に授けられる王家のあかし。
カタリナはその剣を、モニカ姫護衛の際、先代のロアーヌ候より授かったのだ。
15才の時だった。

数ヶ月前、ロアーヌ城の謁見の間ではこんな会話が交わされていた。

「ミカエル様、申し訳御座いません。
 マスカレイドを賊に奪われました。
 本来なら自害するところですが、なにとぞ機会をお与え下さい。
 マスカレイドを必ずや取り戻して参ります。 」

カタリナの美しく長い髪は自らの手によって短く切られていた。
君主ミカエルは顔色ひとつ変えようともせず、カタリナに言い放った。
「その髪は決意の表れか。  よかろう。 
ではマスカレイドを取り戻すまでロアーヌに戻ることは許さん!」
「お兄さまっ!!」
モニカはミカエルのあまりの仕打ちに叫び声をあげた。
しかし、最愛の妹であるモニカの声も、兄ミカエルには届かなかった。
「ありがたく存じます。」

そうしてカタリナは、決意を胸に、1人ロアーヌを後にしたのだった。
マスカレイドを奪回した今、ようやっとその苦労は報われようとしていた。



その夜・・・・・。
トーマスは眩しい光に目を覚ました。
カタリナが、そっと床を抜け出したのだ。

「どこに行くんだろう・・・。」
剣術が優れているとは言え、所詮は女なのだから・・・。
心配になったトーマスは、とりあえず後を尾いて行くことにした。

夜の風は少し肌寒かったが、月が明るく地面を照らしていた。
カタリナは風にその髪を遊ばせているようだ。
トーマスは、そっと建物の陰から見守ることにした。

「トム君。」
「!? えっ、あ、はいっ!!」
僕はいつものように咄嗟に返事してしまった。
しかもかなり間抜けな声を出して。
驚いた・・・・・彼女は僕に気付いていたのだ。
彼女がこっちにウィンクしながら振り向いた。
「トム君、そんな所に隠れてないでこっちに来れば?」(^_-)-☆

トーマスの胸はどきどきと高鳴っていた。
憧れの人とふたりきりなのだから、落ち着けと言う方が無理なのだが・・・・・・・。

「やっ、やっと、手に入れましたね。 マスカレイド。」
トーマスは、少しうわずった声で言った。
カタリナがため息をつきながら答える。
「ん・・・・・。  でも、なんか眠れなくなっちゃって・・・・・。」
「でも良かったですね。 これでやっと、ロアーヌに戻れますね。」
そうトーマスが言った途端、カタリナのアメジストのようなふたつの瞳から
大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。

(やばっっ!!)
トーマスは自分の言った言葉に後悔したが、もう遅い。

「やだな、私、なんで涙なんか・・・・・。」
カタリナは手の甲で、涙をぬぐった。
「ごっ・・・・・ごめんなさい!!」
トーマスは平謝りし、ただおろおろするしかなかった。
「ごめんなさい・・・・・大丈夫。 トム君のせいじゃない・・・・・。」
必死に涙をこらえて微笑む彼女に、トーマスは胸が締め付けられた。

辛かったんだろうな・・・・・・口には出さなかったけれど・・・・・。
もう何ヶ月も共に旅をしてきたトーマスは切なかった。
その涙を見たとき、彼女を守ってあげたい、と思った。
心の底から・・・・・。

(なんだい、ミカエルなんて。  カタリナ様をたった1人で危険な旅に出すなんて。
 僕だったら、そんなことはしない。 マスカレイドを取り戻す為なら、一緒に・・・・・・・・・。
 僕だったら・・・・・・・・。)
「ぼっ、僕なら貴女を悲しませたりはしない・・・・・・・・・。」

・・・・・・・言ってしまった。

今が夜で良かった、とトーマスは思った。
なぜなら今、彼の顔は熟れたトマトのように真っ赤だったから。
・・・続ける。
「”大切な人”を1人で外に出したりなんかしない。」
「トム君・・・・・。」
カタリナは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに明るく微笑んだ。
「ありがとう。 あなたっていい人ね。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いい人・・・・・・・・・・・・。

本人は恋の告白をしたつもりだったのに、ついに言われたこの言葉。
がっくりしたトーマスは、それでも表面にはおくびにも出さなかった。
「ははは・・・・・。 よく言われます・・・・・。」
もう、嗤うしかなかった・・・・・・。

「さあ、カタリナ様。 明日はロアーヌに帰るのだから、早く休みましょう。」
「はい、トム君。」
もう彼女の頬に涙の跡はなくなって・・・・・僕は少しほっとしたんだ。


翌朝、カタリナをはじめとするパーティはロアーヌに辿り着いた。

カタリナはまず青空を見上げ、そして自分の足下のロアーヌの大地を見つめた。
ロアーヌの大地、久しぶりだ・・・・・。
そこでカタリナは深呼吸をひとつ。

森を抜け、しばらく歩いていくと、ミカエルの居るロアーヌ城が見えてきた。

カタリナは進む、胸を張ってロアーヌ城内へ。
「カタリナ様だわ!!」
「カタリナ様。」
国外追放となったはずのカタリナが今ここにいる・・・・・・。
ロアーヌ城内はにわか騒然となった。

「ミカエル様は、どこ?」
カタリナは城内警備の衛兵に尋ねた。
「主はただ今ご自分の部屋にいらっしゃいます。 お帰りなさいませカタリナ様。」
衛兵はそう言うと、カタリナに敬礼した。



カタリナはミカエルの部屋へ足早に向かう。

はやる心を押さえられないのだろうか。
そしてとある扉の前で立ち止まった。

「ミカエル様!!」
ノックもせずに、いきなり開かれた扉に、ミカエルは驚いた。

「!!!?」
しかし、その次の瞬間・・・・・その碧い瞳は彼女を愛おしげに見つめていた。
「カタリナ・・・・・・・・。」
「マスカレイドを・・・・・取り戻しました・・・・・。」

カタリナはアメジストのような瞳いっぱいに涙を溜め、ミカエルを見つめている。

そんな彼女を見つめ返すミカエルの碧い瞳はとても優しかった。

「あ・・・・・・・。」
トーマスは声を出しそうになった。
なんだ・・・・・そうだったんだ・・・・・。
離れていてもふたりの心は信頼という絆で結ばれている。
僕にはわかる・・・・・・・・。
はじめから僕の入り込む隙間なんてなかったんだ・・・・・。
トーマスは、この瞬間、すべてを悟ってしまった。

完っ、壁に・・・・・・・・失・恋・・・・・・・・。

彼女はこのままロアーヌ城に残ってしまうのだろうか。
もう、ここでお別れなのかな?

その夜はカタリナが無事に帰ってきた事もあってか、城では盛大なパーティが催された。
だが、トーマスは少し・・・・・実際はもの凄く・・・・・落ち込んでいた。
失恋決定を目の当たりにしてしまったのだから、当然のことである。

そんな彼の様子を見て、ハリードが言った。
「仕方のないことだ。 彼女の旅の目的は、マスカレイドを取り戻すことだったのだから。」
「俺達の女神様がいなくなるのは、ちと痛いがね。」
とウォード。
「男だけのパーティもまたいいもんだぜ。」
とハーマン。
ロビンが続く。
「そうそう。 僕らがいるじゃあん♪♪♪」

・・・・・パブ経営者の息子にしては酒に弱いヤツである・・・。
もう既に酔っぱらって、くらくらしているようだ。

トーマスはくすっと笑った。
みんな、僕を元気づけてくれてるんだな・・・・。
「そうだね。 じゃ、今夜は思い切り楽しむことにするよ。」
みんなと酒を酌み交わす。

「素敵な夜に、乾杯!!」

翌朝、再度旅立とうという時、旅装束のカタリナがトーマスの所にやってきた。

「トム君・・・・・これを・・・・・。」
聖王遺物のひとつ、「七星剣」である。
星の光を宿した剣は、刀身がきらきらと輝いて、とても美しい。
「トム君が、もってて。」
「え・・・・・・? どうしてこれを・・・・・・私なんかに・・・・・・・・。」
カタリナ様は、まさか、また僕たちと一緒に旅を続けるつもりなんだろうか。
トーマスは信じられなかった。
そして、聞きたかった。

カタリナの次の言葉を・・・・・。

カタリナはある種挑発的な、悪戯っぽい瞳で真っ直ぐトーマスを捉えて言った。
「私といっしょに・・・・・・・・・アビス(奈落)の底までついてこい!」

トーマスは嬉しかった。
ただただ、嬉しかった。
貴女がいつか僕の側からいなくなってしまったとしても、今は一緒にいてくれる・・・・。
・・・・・それだけで、いい・・・・・・・。


「はいっ!!」
きりっと顔を引き締めて、トーマスは元気よく返事した。
(可愛い♪) と、カタリナは思った。
この心優しい青年と、再び冒険の旅に出られるのだ。
トーマスと一緒に旅をしたかった。
それが何故なのか、今のカタリナには分からなかったのだが・・・・・。

カタリナは昨日ミカエルに言われたことを心の中で反芻した。

「お前にはまだなにか重大な使命があるようだな・・・・・。  行ってこい。
 そして、それが終わったら、必ずロアーヌに戻ってきてくれ・・・・・。」

それは、君主としての言葉なのか、1人の男としての言葉なのか。
今の彼女にそれを知るすべはなかった。
今はただ、新しい冒険への憧れで胸が一杯だった。

「そういえばカタリナ様。 髪は伸ばさないのですか? もうお許しは出たのでしょう?」
ミカエルは長い髪の方がお好みらしいのだが・・・・・・。

ぺたん、とカタリナが階段に腰を下ろし、遠慮がちにトーマスを見上げる。
そのしぐさが可愛らしくて、トーマスはまた胸がどきっとした。
「うーん・・・・・・・・短い方が私らしいし・・・・・。 
 それに、髪はロアーヌに帰ってからでも伸ばせるわ。」
彼女はトーマスに向かって、またまた可愛い微笑みを見せた。

(どうしよう・・・・・・・可愛い・・・・・・・・・)
トーマスは胸のどきどきを隠せない。
彼女のなにげないしぐさのひとつひとつが、彼を恋の虜にしているようだ。

なにより彼女が自分と一緒にいてくれる・・・・・。
トーマスは、その気持ちが嬉しくてたまらなかった。

ああ、神様!!
恋の喜びと苦しみは辞書をひいても載っていませんでした。

・・・・・・・・・・・神サマ 僕ノ ユウウツハ マダマダ ツヅキソウデス・・・・・・・・・・・・・



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