新しい風、追いかけて

ここはミュルスの港。
ロアーヌより旅立つ者は、皆ここを利用する。

今、パブから旅装束の女性が一人出てこようとしている。
白髪に近いプラチナブロンドは太陽の光の当たり具合で
少しピンクがかって見えている。
その瞳はアメジストのような美しいすみれ色。
だがその眼光は鋭く、他の何者をも寄せ付けない雰囲気が漂っている。

彼女の名はカタリナ=ラウラン。
ロアーヌ国領主の妹君、モニカのボディガードを務めていた。
過去形であるには訳があるのだが・・・・。
今はひとりの旅人となったのだ。

ミュルスの港は今にも雨が降りそうな天気に見舞われていた。
カタリナはマントを翻し、ひとり船に乗り込み、自嘲気味に呟いた。
「私の旅立ちにはおあつらえむきの天気だわ・・・・。」

必ずあのお方の信頼を取り戻してみせる・・・・・・かならず・・・・・
そう固い決意をしながら小雨交じりの甲板で髪をなびかせていた・・・・・・・・。



僕の名前はトーマス=ベント。
この間モニカ姫と共にレオニード伯爵の館に行ったり、なんとミカエル様にもお会いできた。
モニカ姫というのは僕たちのご領主様ミカエル様の妹君で、とても可愛らしい方でね。
ユリアンなんかもう夢中になってたよ。
ともあれ僕たちは、凄い経験をしたんだ。
冒険というものはこんなに素晴らしいものかとユリアンと話し合ったんだ。

その後、ユリアンはモニカ様の親衛隊、プリンセス・ガードに入る為に、ミカエル様の城へ。
サラは僕にくっついてくるって言った。
初めておねえちゃんに逆らったサラの気持ち、分からなくもない。
何かがサラの中で変わってしまったんだろうね。
あれだけすごい冒険をしたんだから。
それを聞いたエレンは怒って先にシノンに帰ってしまったけど。

僕の場合は・・・・。
宴も終わった頃、お祖父様がシノンの村からわざわざロアーヌにやってきて、僕にこう言ったんだ。
「もっと広い世界を見ておいで。」・・・・・って。
男と生まれたからには何か大きな事を勉強しなくてはいけないと・・・・。
でもそれがなんなのか、何をしたらいいのか分からないんだ。
それで親戚の家があるピドナへ行くことにした。

ピドナは大都市だ。
色んな人や物が行き交う貿易都市だ。
色んな人に会って、視野を広めたい。

それに僕はお祖父様から頼まれた事があるんだ。
・・・・・それはね・・・・・



ピドナ。

カタリナは大貿易都市ピドナに着いた。
ミュルスのパブで仕入れた情報によるとここにはマスカレイドを奪った男がいるということ。
それとトーマスとサラが親戚の家に居るということ。
「一度お会いしただけだけど、覚えてらっしゃるかしら・・・・。」
カタリナは不安を抱きつつも、足を速めつつあった。

港から街の方へ歩いていくと、覇気溢れた町並みが見えてきた。
「さすがにピドナは大都市ね。 行き交う人も店も活気づいているわ。」

色々な店に立ち寄り、トーマスの家の情報を集める。
坂道を上がり、とある屋敷の前で立ち止まる。
「ここだわ・・・・」

ドアをコンコンとノックすると、壮年の男が家の中から出てきた。
「なにかね、君は。」
とぶっきらぼうなご挨拶に少しムッとしながらもカタリナは事情を話した。
すると奥まった所から初老の男が現れ、家の中に招き入れてくれた。
「ほー、トーマス様のお知り合いですか、どうぞこちらへ・・・・。」

トーマス様・・・・・?

シノン村の普通の青年だとカタリナは思っていたのだが、
彼は元々メッサーナの名族、ベント家の血族の者であるらしい。
祖父の代に一家でシノンに移り住んできた。
しかし今のカタリナにそんなことはどうでも良いことであった。
今はとにかく仲間を増やしたい一心であった。
一人での旅は死を意味するものだから・・・・・。

奥の大きな扉ををカタリナはノックする。
「はい、どうぞ。」
前に聞いたあの青年の声だ。
扉を開くとそこには本の山に埋もれたトーマスが佇んで居た。

トーマスは初めて見るその人にとまどいを覚えている。
「あの・・・・・どちら様で・・・・」
わからないのね・・・・・・無理もない、すっかり外見が変わってしまったのだから。
カタリナは今更ながら髪を切ったことをほんの少しだけ後悔した。

「カタリナ・・・・・・カタリナ=ラウランです。 前に一度ミカエル候のお城でお会いいたしましたわ。」
「・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・!! もしかして、モニカ姫の隣にいらっしゃった・・・・・あの・・・。」
「あの美しいひと」と言う言葉をトーマスは飲み込んだ。

でも、あの長く美しい髪はどうしたのだろう。
それにモニカ様の護衛は・・・・・・。
なにより、そんなすごい人が何故自分を訪ねてきたのか・・・・・。
色々聞きたいことがあったが、まずはお茶を入れ、話を聞くことにした。

「どうぞ。」
暖かい湯気が、かぐわしい香りが鼻孔をくすぐる。
トーマスはおとっときのお茶を彼女に差し出した。
彼はお茶を入れたり、料理をするのがとても上手い。
彼曰く「祖父の教育のたまもの」らしい。

「トーマスさん、ロアーヌ城の宝剣マスカレイドを私と一緒に探していただきたいのです。
ただ手がかりは殆どありませんので、いつ終わる旅とは申し上げられないのですが・・・。」
カタリナはお茶に口も付けず、間髪入れずトーマスにこう言った。
トーマスは慌ててカタリナに問うた。

「待ってください、その役が何故私なのですか? 何故奪われたのですか?
何故貴女がひとりでその責務を負わねばならないのですか・・・・・。」

カタリナは何も言えなかった。
ただ悲しそうに目を伏せる彼女にトーマスはこれ以上なにも聞けなかった。

「わかりました、でも私にもやるべきことがあります。 それが終われば、もう一度お話を。
いいですね。」
トーマスはにっこりと優しく微笑んだ。
「それでは、私もお手つだ・・・・。」
立ち上がろうとするカタリナの肩をトーマスは軽くソファ側に押し戻した。
彼女の体は、ふんわりとしたソファにめりこんでしまった。
「だめです。 貴女はここにいてくつろいでいてください。 小一時間で戻りますから・・・・・。」
彼はふたたび、にっこりと優しく微笑み、部屋を出ていった。



ピドナの街の中は迷路のように入り組んでいる・
カタリナはそっとトーマスの後を付けていった。

彼はまずパブに入った。
すかさずカタリナもパブに入るが、彼はもう出ていった後だった。
次は、武器屋に入っていくのを見た。
慌てて後を追うが、またまた彼は出て行ってしまった後だった。
そして最後に見たのは・・・・・ピドナの旧市街地の入り口。
崩れかけた建物が並ぶ暗い通りであった。

カタリナはトーマスを見失ってしまったので、周りの住人に聞いて回ることにした。
が、手がかりは掴めなかった。
一人の男が「ミューズ様は儂らの女神様だよ。」と言った。
「ミューズ・・・・誰のことかしら・・・・・・・。」
トーマスを探しに来たのだが、やけにミューズという名が気にかかってしまったカタリナだった。
そして何軒目かの家のドアを叩いたとき、彼女はその女神に遭遇する。



そして何軒目かの民家のドアをノックしたカタリナ。
ドアが開いた途端、目の前に銀髪の男が立ちふさがった。
「貴女はだれですか? ご用のない方はお帰り下さい。」
鋭い眼光でカタリナを睨みつける。
何か強い意志を持った男の目だ。
カタリナも眼光の鋭さでは負けないのだが、この男には負けているかも知れない。

その時、入り口に目をやったトーマスが彼女に気づいた。
「カタリナ様・・・・・どうしてここに・・・・・。」
「ごめんなさい、どうしても気になって・・・・。 悪いと思いながらも後を尾けさせていただきました。」
トーマスは入り口に仁王立ちしている男にこう言った。
「シャールさん、この人は私の知り合いです。 どうか部屋に通してあげてください。」

少し奥まった部屋のベッドの上に美しい女性が居た。
病弱なのだろうか、顔色が少し悪い。
「まあ、今日はお客様の多い日ですこと。」
その女性は嬉しそうに微笑んだ。

ミューズ。
先のメッサーナの内乱で、父を殺害された。
今はこのピドナの旧市街で元近衛兵シャールと共にひっそりと暮らしている。
トーマスが祖父に頼まれたこと。
それはこの令嬢を極秘のうちに探し出すことであった。
彼女の無事を確認した今、トーマスの任務は完了したはずだった・・・・・しかし。

「大変! シャール!! ゴンが・・・・・ゴンがぁ〜っっ!!!」
子どもたちが泣きながら勢いよくドアから転がり込んできた。
いつもシャールやミューズの所に遊びに来ている子供達だ。
「おちつけ、ゴンがどうした!!?」



「ミッチ〜、かくれんぼ終わりだよぉ〜。 どこにいったのぉ〜・・・・」

魔王殿はピドナ旧市街地の外れにある。
魔王の時代に建設された城で、中はモンスターの巣窟になっている。
ゴンは仲間達とかくれんぼをしていて探しているうちに魔王殿に迷い込んでしまったと言うのだ。

「大変だ、ゴンが危ない!」
「シャール、すぐに助けてあげてちょうだい。」
「私も行きます。」
とトーマス。
「頼む。」
「では私も行きます。」
カタリナが言った。
「しかし、貴女を巻き込むわけには・・・・・。」
「大丈夫です。 いたずらに姫様のボディガードを務めている訳じゃございませんわ。」
女の人を戦いに巻き込むなんて・・・・しかしトーマスの危惧はただの杞憂に過ぎなかった。



ひらっ。
舞い上がるマント。
地面を蹴って跳躍する姿はただただ美しかった。
魔物の血しぶきを全身に浴びても、彼女は美しかった。
大剣を華麗に操る様は「剣の舞」そのものだった。

「エア・スラッシュ!!」
なんだ、シャールとやらも魔法を使うらしい。
そういえば彼はメッサーナの近衛兵だったと聞いた。
近衛兵というのはやはり戦いのプロなのだ。

強い、この二人は強い。
ハリードを見たときもそう思ったけど・・・・。
それに比べて僕は・・・・。

それは無理もないことだった。
片田舎シノンの村で自警団を組んでいたとは言え、犯罪などとは
殆ど無縁な生活を送っていたトーマス。
正式な剣を持ったのもこの前のモニカ事件(と彼らは呼んでいる)が初めてで。
間近に見る近衛兵士二人の剣さばきにただただ見とれることしか出来なかった。
そして今、泣きじゃくるゴンを部屋の奥から救出し、外に続く扉を開けようとしたとき・・・・・。

ガッッ★

トーマスは激痛と共に意識を失った。
彼の後頭部をゴブリンがぶん殴ったのだ。
慌ててカタリナがゴブリンに斬りかかり事なきを得たのだが、トーマスが気絶してしまったので
シャールはとりあえずゴンを先に外へ出し、次に気絶した彼を抱えて魔王殿を脱出することにした。

「ゴンを助けてくださって、ありがとう。 かたじけない。 では、私はこれで・・・・。」
シャールはゴンを連れてミューズの元へと帰っていった。
もう日が西に傾きかけていた。
カタリナは柔らかい草むらの上に寝かされたトーマスの傍らで、彼が目覚めるのを
じっと待っていた。

「う・・・・・ん」
トーマスが気づいたとき、周りはすでに暗くなりつつあった。
「あ、あれ、僕は・・・・・・いつつつつ・・・・・・。」
後頭部に濡れた布が敷いてあった。
さわるとこぶが出来ていた。
口の中に傷薬の味が残っていた。
「気が付かれましたか、よかった・・・・。」
彼の隣にはカタリナがいた。
アメジストの双眸が心配そうにトーマスの顔を覗き込んでいる。

とたんに彼は役立てなかった上に気絶してしまったことを恥ずかしく思った。
「すっ、すみません、全然お役に立てなくって・・・・。」
カタリナは微笑んだ。
「始めは誰でもそうですわ。 私だって・・・・。 それより頭は大丈夫ですか?」
「少し・・・・痛みますけど、大丈夫です。 傷薬と・・・・頭、冷やしてくださったんですね。
ありがとうございます。」
トーマスはゆっくりと体を起こした。

「もう日が暮れてしまいましたね・・・・。 どうでしょう、今夜は私の親戚の家でお食事とご宿泊というのは・・・・。」
「でも・・・・そんな・・・・・悪いわ・・・・」
戸惑うカタリナにトーマスはにっこりと微笑んだ。
「いいですよ。 ひとり増えたぐらいで家がつぶれる訳で無し。 それに貴女には聞きたいことがありますし。
・・・・・しましたよね・・・・・約束・・・・・。」

二人はピドナ旧市街を抜け、彼の親戚の家に帰っていった。



「さて・・・・・・。」

食事も済ませ、落ち着いたところで、トーマスはカタリナに問うた。
テーブルの上にはいい香りのお茶が入っている。
「色々お話を聞かせていただきましょうか。」

カタリナは意を決して今までのことを包み隠さず彼に話した。
マスカレイドを自分の不始末で賊に奪われてしまったこと。
そしてそれを取り戻すまでロアーヌの国に帰れないことを。

「そうですか・・・・。 それは大変なことになりましたね。 じゃ、もう一つだけお願いします。
どうして私を選んだのですか? 私には剣技もありませんし、魔法も玄武の基本しか
身に付いていません。 貴女は素晴らしく強いではありませんか・・・・なのに、何故・・・。」
カタリナはアメジストの瞳でトーマスを射た。
そしてゆっくりと彼を諭すように言った。
「貴方からは・・・・理知的で誠実な印象を受けました。」
「・・・・・? 私が?」

「剣の技術が優れた者は沢山います。 たとえば貴方がたを守っていたハリード様。
彼はトルネードと謳われるほど素晴らしい剣の使い手です。 勿論彼も仲間にお誘いするつもりです。」
なんだ、二人旅じゃないのか・・・・・トーマスは少し残念に思った。
「しかし旅は武力だけではありません。 豊富な知識と・・・・コレ。 おわかりでしょうか?」
と、にっこりとカタリナが微笑み、ウィンクしながら親指と人差し指でわっかを作った。
「貴方にはその才がおありなようで・・・・。」

「ああ、お金ですね。」
「トーマス様、貴方は博識でいらっしゃいます。 それに世界中を見て回られるご予定なのでしょう?
それならばぜひ私と一緒に来ていただけませんでしょうか。 私を助けていただけませんでしょうか?」

美人にここまで言われては、トーマスも断り切れなかった。
「分かりました、ではご一緒させていただきます。 サラはシノンに帰します。
体力的に無理もありそうだし、なにより危険な目には遭わせたくないですからね。」

カタリナはにっこりと微笑んだ。
「よろしくお願いいたします。 本当にありがとうございます、トーマス様。」

しかしトーマスは短くなった髪のことについては一切、触れなかった。
それが彼の優しさだった。



カタリナ様にはその夜、ここに泊まっていただいた。
サラがカタリナ様と一緒に寝たいと言い出した。
その夜交わされたふたりの会話を僕は知らない。

翌朝、僕はカタリナ様とふたり旅立つことになった。
まずはハリードの行方を追うことにした。
やはり冒険に力の強い者は必要不可欠なのだ。

「カタリナ様。」
隣にいたカタリナ様が僕を見る。
「私は・・・・強くなりたいです。 武力もですが、経済的にも人の力になりたい。」
「なれますわ、きっと。 トーマス様は努力家ですもの。」
「ありがとうございます。 ・・・・でも・・・・。」
「でも・・・・・・?」
「トーマス様はやめてください。 トーマスで良いですよ。 あー、村ではトムって呼ばれてましたね。」
「・・・・トム? トムさんで良いかしら? でもちょっとおじさんっぽいかしら?」
うふふとカタリナが可愛い笑顔を見せたので、トーマスは胸がどきんと高鳴った。

「・・・・・かわいい・・・・」
思わず心の中でそう呟いた。
今までシノンの村にいた頃にも女の子と話したり、軽いデートはしたことあるけれど。
これほど自分の胸がときめいたのは初めてだったかも知れない。
自分の周りでは見たことがないタイプだったのだ、カタリナ嬢は。

今まで見たような可愛いだけの女の子ではダメ。
強く美しい人が見せる一瞬の・・・・・少女のような微笑み・・・・。
そこが、いい。
「この人は素敵だ・・・・・・」
トーマスは完全にカタリナの虜になってしまった。

「トム・・・・さんはおいくつなのかしら?」
熱に浮かされたように、ぽおっと突っ立っているトーマスにカタリナが聞いた。
「いくつに見えますか?」
「そうねぇ・・・・25,6かしら・・・・?」
「そんなに見えますか? ひどいなあ、今年で22ですよ。」
「えっ、ごめんなさい。 落ち着いていらっしゃるから・・・・・。 じゃあ私より二つ年下なんですね。 
・・・・・決めた。 貴方のこと「トム君」ってお呼びしてよろしいかしら?」

・・・・なんか弟のようでいやだったが、再びの可愛い笑顔のせいでトーマスは反論できなかった。
こんな素敵な人に愛称で呼んでもらえるなんて、僕は幸せ者だ。
「ええ、どうぞお好きなようにお呼び下さい。」
トーマスはにやける顔を必死で修復した。

「では私の事もカタリナって呼んでください。」
「めめめめっそうもない!! 貴女は高い身分のお方。 私はカタリナ様と呼ばせていただきます!!」
「そんなのだめ・・・・・」
「ダメじゃないです! シャ、シャールさんもミューズ様って呼んでいたじゃないですか!! 
だから貴女もカタリナ様なんですっ!!!」
顔を真っ赤にしてトーマスが言った。
トーマスは変なところで頑固だった。

???
どういう理由なのかぴんと来なかったが、カタリナは嬉しそうに微笑み、王宮式の挨拶をした。
「わかりました、ではお好きなようにお呼びくださいませ、トム君。」
トーマスも嬉しそうに微笑みを返し、深々とお辞儀をした。
「どうか仲良くしてくださいね、カタリナ様。」

ふたりはハリードがいるというランスへ向かった。
しかしトーマスはこの二人だけの時間がいつまでも続くといいな・・・・とカタリナの隣で思うのだった。


考えてみると、二人の出逢いという物を書いてなかったな〜っと思い、久しぶりに書いてみました。
同人誌からの小説ではないので、イラストは新しく描く予定です。
絵、変わっちゃってるだろうなあ〜★


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