S・I・F 〜I’m Crazy For You!〜

アルベルトは語る。
「僕はシフが嫌いです。」

「ずいぶんな言いぐさだね。」
と、不満げなシフの声が聞こえてきそうである。



だって・・・・

僕より逞しい。
僕より11cm背が高い。
そして極めつけは・・・・僕のことを「ぼうや」って呼ぶこと。
初対面の時からずっとだよ。
たしかに僕はシフより10才も年下だから、仕方ないのかな。



アルベルトは故郷イスマスから命からがら脱出したのだが、イナーシーの嵐に遭い、船が難破。
流れ着いた先は雪の国、バルハラントだった。
バルハラントは、イスマスから遠く離れているのだが、ここの住人は、アルベルトと同じ金の髪と蒼い瞳をしていた。
祖先が同じではないか、という説も出ている。

船が難破し、雪原を一人さまよっていたアルベルトを助けたのがシフだった。
ご多分に漏れず彼女も、美しい金の髪と蒼い瞳を持っていた。
バルハラント一の戦士でもある。

アルベルトを拾ったその日から、シフは彼の護衛を務めることにした。
まだまだ頼りなくて、目が離せなかったからだ。

しかし、子守されているようでアルベルトは不満だった。
もう僕はシフがいなくても大丈夫、などと傲慢な態度でいた。



酒場ではみんながトランプに興じている。
「シフって、トランプも強いよね〜。」
バーバラが感心している。
「ああ、バルハラントは冬が長いからね。 部屋の中で遊ぶにはこれが最適だよ。」
ここでも中心はシフだ。
アルベルトはますます面白くない。

「アルベルト〜、トランプやんねーか?」
ジャミルがアルベルトを誘う。
「やんない。」
ぷっとふくれて、アルベルトは、酒場から出て行ってしまった。

「つきあいの悪い奴だぜ。」
「反抗期か? ひひひ・・・・・」
みんな笑った。

酒場を出て、街をあてどもなく歩くアルベルト。
「なんだいみんな、シフ、シフって。(主人公は僕だぞ。)」

「カモ(外国人)だ。」
目つきの悪い二人組がアルベルトに目を付けた。
ここは南エスタミル。
治安の悪さでは天下一である。

早速男の片割れがアルベルトの肩にわざと当たる。

とんっ。

アルベルトは男が肩に当たったひょうしに、少しよろめいた。
「す・・・・すみません。」

「いってえー。 肩の骨折れちまった。」
「おいお前、治療費は持ってるんだろうな?!」
男は大げさに演技してみるが、ぶつかったのは反対側の肩。
そんなことも見抜けないほどアルベルトも馬鹿ではない。

「なんだと! ぶつかったのは反対側の肩じゃないかっ!」
「なんだこいつ、やる気か?」
「たたんじまえっ!!」
イスマスの王子様、生来の正義感、までは良かったのだが、なにせまだレベルが低かった。
あっという間にパンチを入れられ、店の脇に積んであった木箱に叩きつけられた。

わき上がる悲鳴。
怒号が飛び交う。

その騒動に一番に気づいたのが、ホーク。
「なんだか外が騒がしいな。」

「?」
クローディアがひょい、と外を覗くと・・・・・。

通りの向こうの方に人だかりが見えた。
喧嘩のようだ。
そして、木箱の隅で男に殴られているのは・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・!!!

「きゃーっっ! アルベルトっ!!!」
クローディアが悲鳴を上げる。
その肩をしっかり抱きとめるホーク。

その瞬間、シフが窓枠に足をかける。
「シフ、ここ二階・・・・・・・・・」
ジャミルが全部言う間もなく、シフが窓から飛び出した。
彼女はひらりと着地し、アルベルトのいる方角へ一目散に駆けていった。

シフはアルベルトの前に立ちはだかり、二人の男に蹴りを入れ、その首根っこを掴んだ。
まるで疾風のごとき早技にアルベルトは唖然としている。
そして、シフは男達をぱっとぶん投げ、右手中指を立てて、こう言った。

「てめェらッ! 今度うちのぼうやに指一本ふれてみな。 ぶッ殺す!!!」

本気だ・・・・・・・。

「お・・・・おぼえてやがれ!!」
男達は負け犬の遠吠えをして、あちらの方角へ逃げて行った。

「ばーか。」
シフは余裕綽々である。

強い。
さすがはバルハラント一の戦士と謳われるシフだ。

「大丈夫? 立てるかい?」
シフがアルベルトの顔をのぞき込み、手をさしのべる。
「ん・・・・・ありがと・・・・・・・・。」
アルベルトは、ばつが悪そうに少し微笑み、シフの手を取った。

(やっぱりシフにはかなわないや・・・・・・・・)

その時、アルベルトの目の前に、ふわふわの毛皮と金の髪が現れた。
シフの背中だ。
「おぶさんな。 運んでってやるよ。」
「えっ、いいよ いいよ。 自分で・・・・・」
あわてて断るアルベルト。

その時シフの目がぎろりとアルベルトを睨んだ。
「あたいの背中にゃ乗れないってのかい? え?」

・・・・・怖い。
まじで怖いので、お言葉に甘えさせていただくことにした。
「・・・・乗ります・・・・」

ふわふわの毛皮と、さらさらした長い金の髪がアルベルトの心を落ち着かせる。

あたたかい・・・・・・・・・・・・

シフのさらさらした金の髪がアルベルトの頬を撫でる。

ふふっ・・・・・・金の髪、くすぐったいよ・・・・・・・・・・・・

金の髪・・・・・・・
強くてやさしい・・・・・・・ディアナ姉さん・・・・・・・・・・・

ここでアルベルトの意識が遠のいた。

クローディアとジャミルが心配して駆け寄ってきた。

「こいつ・・・・・・・寝てるぞ・・・・・・」
グレイが呆れて言った。

「あれま。」
シフはアルベルトを宿屋の部屋に運んだ。



アルベルトは夢を見ていた。
幸せだったイスマスでの日々。

ローザリア王国の中心都市、クリスタルシティ。
ここより南にイスマス城はあった。
眼下に蒼い海が広がる風光明媚な土地。
アルベルトはここで生まれ、18年の歳月をここで過ごした。

強く、威厳があり、実直な父上。
慈愛に満ちた優しい母上。
そして・・・・・・・・ディアナ姉さん・・・・・・・・。
長い金の髪を持つ、強くて優しい・・・・・・・。

なに不自由なく、家族の愛に包まれて、幸せだった・・・・日々。



「婚約おめでとう! 姉さん。」
ナイトハルト様との婚約も決まり、頬を染めていた姉さん。

ところがその夜、魔物達にイスマス城は襲われた。
緑豊かなイスマス城は、今まさに焔の城と変わり果てていた。

なぜ、なんのために。

「ディアナ、これを。 そしてクリスタルシティにいるナイトハルト様に援護を要請してくれ。」
姉さんは父上からからダイヤの指輪を託され、無我夢中で僕と共に駆け出した。
クリスタルシティにいる姉さんの婚約者、ナイトハルト様に援護を求めるために。

城の中には既に魔物が沢山入り込んでいた。
僕は姉さんと秘密の地下道を通り、外へ出た。

・・・・しかし、外に出たまでは良かったのだが、すぐ魔物に取り囲まれてしまった。
前には魔物、後ろは断崖絶壁。
絶体絶命である。

「逃げてッ! アルベルト!! そしてナイトハルト様に・・・・・」
姉さんは先ほど父上から託されたダイヤの指輪を僕の指にはめた。

「何言ってるの! 僕も戦う! 僕も・・・・・・・・・!」

そう言った瞬間、僕は姉さんに崖下へと突き落とされた。
断崖の下には海が・・・・・・・・・・。

「ねえさぁぁぁぁぁぁぁん・・・・・・・・・」
「アルベルト・・・・・・・あなただけでも・・・・・生きて・・・・・・・・・生き延びて・・・・・・」



はっ!!
アルベルトは蒼い瞳に涙をいっぱい浮かべて、目を覚ました。

「大丈夫?」
僕の髪を撫でる優しい金の髪・・・・・・・・姉さん?

「うなされてたよ・・・・またお姉さんの夢かい?」
・・・ちがった・・・・。

アルベルトは時々イスマスの夢を見る。
そしていつもうなされる。
そのたんび、シフは黙ってアルベルトのそばにいた。

シフ・・・・また僕のそばにいてくれたの・・・・?

「生きてお姉さんに会うんだろ。 無茶したらだめだよ。」
熱いお茶を入れながら、シフは続ける。

「あんたはまだ戦士としての経験が浅い。 だから今はあたし達に甘えてくれればいい。
  経験を積んでゆっくり強くなっていけばいいのさ。」

シフはアルベルトにお茶を差し出し、彼の傍らに座った。

「そして強い戦士になったその時には・・・・・その時にはあたし達を助けてくれればいいさ。」

「うん・・・・・・・。」

と、アルベルトは、このお茶が奇妙な匂いを放っているのに気が付いた。
「ところで何これ・・・・・・・・クサい・・・・・・・・。」
「薬湯。 アタシはお茶・・・・・・。」
「げーっっ!!」
「なっ、なんだよっ! けがにいいんだぞ!!」
シフが焦って怒り出す。

・・・・ぶはっ。

アルベルトとシフは吹き出して、それから大笑いした。
沈んでいたアルベルトの心が、弾み始めた。

「ありがとう、シフ。」
アルベルトはシフのことを、ちょっとだけど、好きになった。



それからまた月日は流れ。

アルベルトは、戦闘経験も豊かになり、体つきも逞しくなってきた。
もうシフやグレイにも負けない、とアルベルトは思った。
だけどそれは今までのような奢りの感情ではなく、誰かを守りたいという思いからだった。

冥府ではデスがアイスソードを持って一行を待ち受けていた。

「よく来たな・・・・・・・。 強い武器を授けようぞ。 しかしその代償は・・・・・。」
デスは、ミイラ化した己の人差し指でシフのあごをくいっと持ち上げた。

「シフの命をもらいうける。」
「な・・・・・・・・・・!?」

ぱしっ。
その時デスの手をはたいた者がいた。
アルベルトだ。

僕のシフにさわるな!!」

「・・・・僕の?」
グレイがシフの肩に手を置いて、にやにや笑いつつ、ひゅーと口笛を吹いた。

(ぼうや・・・・・・・・・・・)

「シフの命は渡さない。 デス。 お前を倒す!!」
アルベルトは器用に左手でレフトハンドソードを舞わせる。

「ふっ・・・・・面白い。 人間風情が・・・・・かかってこい・・・・・・。」

アルベルトはデスの懐に飛び込む。
続いてグレイとバーバラとジャミルも参戦した。
シフはしばしバトルも忘れ、アルベルトの戦いぶりに目を見張った。

いつもバトルに参戦しているシフは、アルベルトの戦い方をよく見ていなかった。
今改めてじっくり見てみると、初めての頃から格段と剣技も力も増している。

(アルベルト・・・・・いつの間に・・・・・。  
 もう「ぼうや」なんて呼べないくらい逞しくなったんだ?)

幾月か前のぬれねずみのアルベルトがシフの頭の中にオーバーラップする。
今にも泣きだしそうな、頼りなげな青い瞳。
それから、太陽のように輝く、明るい笑顔。


いつか強い男になれたら・・・・・・・・。
シフ。
僕が君を守ってあげる・・・・・・。


いつかアルベルトが言った「約束」・・・・・・・。
シフは、自分の感情が高ぶるのを感じていた。



シフ・・・・・
シーフ・・・・・

アルベルトが自分を呼んでいる。
遠い遠い声が聞こえる。

「シフ?」
アルベルトの声が今度ははっきりと聞こえ、シフは正気に戻った。
もう宿屋を出る時間なのに、シフがいつまでも部屋から出てこないので、
心配したアルベルトが呼びに来たのだ。

「どうしたの? もうみんな外で待ってるよ。」
「あっ、ああ、はいはいっ。 今、行く。」
もうとっくに旅立ちの準備は出来ていたのだが。
シフは昨日のアルベルトの様子が頭から離れず、あんまり眠れなかったらしい。

シフが焦りながら口を開いた。
「あっ、あのさっ、アル・・・・。 デスはもう倒したし・・・・・。
 あんたもこんなに強くなったし・・・・。 ボディガードは、もう要らないんじゃないの?」

アルベルトは、その様子を見て、くすっと笑う。

素直じゃないね・・・・・・・・。
可愛いね・・・・シフ。
年は君の方が上だけど、僕より年下みたいなとこがあるんだね・・・・。

アルベルトは両の手でシフの手を優しく包み込む。
「僕はまだ真の敵、サルーインを倒していない・・・・・・。 姉さんにもまだ会えない。
 イスマスにもいつかは帰りたい。 僕の旅はまだ終わっていないんだ。」

と、アルベルトがシフに近づき、耳元で囁いた。
「・・・・・・・だから・・・・・・僕とずっと一緒に・・・・旅をしようよ・・・・。」
そしてシフの頬にキスしながら言った。
「大好きだよ・・・・・・・・」

シフはこの展開に驚いたが、やがてアルベルトを見つめて、返事した。
「・・・うん。」

窓の外は快晴。
シフとアルベルトは仲間の待つ階下へと降りていった。



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