Secret Kiss!

1.AKT 究極の魔法

「か〜え〜るぅ〜のきもちぃ〜。 トード!!!」
敵の黒魔道士の詠唱が空に響き渡る。

次の瞬間、ラムザの体は小さくか弱い緑色の生物に変わった。

「ラムザっっっ!!!!」
騎士のカーツが叫んだが、時すでに遅く・・・・・。
ちいさな緑色の生物・・・・カエルはただ悲しく地面を這うばかり。

敵の黒魔法により、ラムザは一匹のカエルに変身してしまった。

「ど、どうしましょう。 僕、「乙女のキッス」なんて持っていませんよ。」
焦るカーツ。

「こりゃいかん。 儂もだ。」
同じく焦る剣聖シドの言葉に愕然とするカエル=ラムザ。

今出撃しているのはラムザ、剣聖シド、騎士のカーツ、陰陽士のハリー、そして
聖騎士アグリアスであった。

アイテム士は今ここにいない。
頼みの白魔法は持っていても、誰もエスナを覚えていない。

「最悪」の状態だ・・・・・・・。

「うーむむむ・・・・・・・・・・。」
剣聖シドと騎士のカーツは顔を見合わせ、思わず唸ってしまった。

「<乙女>にキッスしてもらえばぁ?」
陰陽士のハリーが敵のクアールをサイプレスパイプでどつきながらそう言った。

「おとめ????」

ここにいる乙女はもちろん一人しかいない。
アグリアスである。
少し離れた谷方面で剣を振るっている姿が見える。

「よし。 いちかばちか。 賭けてみるか。」

2.AKT カエルにキッス

「・・・・・なに・・・・・を。」
ハリーによって目の前にずずい、と近づけられたカエルを見て、アグリアスは言った。
ハリーの説明によると、どうも私がこのカエルにキスをして、ラムザを元に戻さなくてはいけないらしい。

「ほ・・・・・・・・ほかの者ではいかんのか?」
「どこに乙女がいるのですか・・・・ヤローのキッスなら腐るほどありますがね。」
ハリーがしれっと答える。

やっとここに「乙女」という存在が自分しかなかったことを今になって気づくアグリアスであった。
(ちょっちニブい???(^_^;))

「・・・というわけで、よろしくお願いしますよ。 アグリアスさん。
 じゃ、僕は戦線に戻らなくてはなりませんので、このへんで。
 あ、なるべく早く人間にしてあげてくださいね。 
 このままじゃ、僕ら 死 ん じゃ い ま す から。」
ハリーは、アグリアスに心理的プレッシャーをかけた。

「ああ、分かった・・・・。 じゃ、頑張ってみるよ・・・・。」
死と言う言葉にアグリアスは責任感を感じたようだ。

ハリーはぺこりと一礼し、アグリアスに背を向け、そのまますたすたと歩き出した。

(ほんとは敵もあと二匹ぐらいだから死ぬ心配なんて殆どないんだけどね・・・・。)
ほくそえむハリー。

なんのことはない。
ラムザにちょっといい思いをさせてあげたかっただけなのだ。

戦闘がないのなら、二人の様子を木陰からそっと覗く予定だったが、まあいい。
どうせラムザをちょっとつついたら、顔を真っ赤にして白状するだろう。
その方が楽しいしな。

ハリーは持っていた「乙女のキッス」を誰にも見られないように草むらにほおり投げた。



残されたアグリアスと一匹のカエル・・・ラムザはじっと見つめ合っていた。

(カエルにキッス・・・・・・・・ねえ・・・・・? お伽話じゃあるまいし・・・・・・・・)

アグリアスはカエルを手のひらにのせ、言った。
「さて・・・・これからどうする。 私がそなたに口づけをすれば良いのだな。」

・・・こともなげにさらっっと言ってしまったが、これは目の前にいるのがカエルの
格好をしているラムザからこう言えるのであって。
もしこれがラムザ本人だとなかなかこうはいかないだろう。

「・・・・・・・ぷっっ。」
カエルをじっと見ていたアグリアスが、突然吹き出した。
「巻き毛が・・・・カエルの頭に巻き毛がつっ、付いてる・・・・。」

(な・・・・・っ。)

たしかにカエルの頭には金色に輝く一房の毛が、くるりんとわっかになっている。
こんな所までラムザはラムザだ。

がーーーーん。

「笑うなんて、ひどいよ。 ばかばかばか。」
と言ってほっぺにぱしぱししたつもりだったが、悲しきかな。
今はただのカエル。
言葉も通じなきゃ、前足もぺたぺた、か弱いばかり・・・・・・・・・・・。

「うははは・・・・・・。 ごめんごめん。 今治してあげるよ。」

カエルは聖騎士の顔をまじまじと見つめる。
(綺麗だなあ・・・・・・・・・・・・・・・。)

いつも綺麗だとは思っていたけれど、今こんなに近くで彼女の顔を見られるなんて。
そのうえ、キスまで・・・・・・・・・・。
術を解くためとは、ちょっと役得かな・・・・・・・。

カエルはぽぉっとほほを染めた。
と言ってもカエルなのだから、赤くなったかなんてことは、他の人には分からないんですけどね・・・・。

アグリアスは、こほん、とひとつ咳払いをした。
覚悟を決めたようだ。
早くしないとみんなが危ない。

「いざ、参る。」

目を閉じ、軽くくちびるをつきだす。

カエルはアグリアスの頬に(ちっちゃいので実際はくちびるの端なんですけどね・・・)
前足をかけて目を閉じた。

(アグリアスさま・・・・・・・・・・・・・・・・・)



「ぽんっ」と軽い音がした。
なにかがはじけたような・・・・・・・・そんな音だった。

アグリアスは自分のくちびるに柔らかく、暖かいものを感じた。

「ん・・・・・・・・。」

ふと目を開けてみる。
そこにはアグリアスのほほに手をあて、目を閉じているラムザの顔があった。
ラムザの柔らかな金の髪がアグリアスの顔にかかる。
もちろんふたりのくちびるはふれあったままである。

「!!!!!!!っっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」

そうだ、思い出した!!
私はトードをかけられ、カエルになったラムザを人間に戻すため、
キスを・・・・・・!!

今更ながらそれを思い出し、アグリアスの顔が真っ赤になる。

キス・キス・キス・・・・・アグリアスの頭の中で、その言葉だけがリフレインする。
頭の中が大混乱を起こし、心臓が爆発しそうだ。

アグリアスはあわててラムザから体を離す。
離されたラムザの方は、名残惜しそうな顔をしてアグリアスをじっと見ている。

「もっ、元に戻ったかかかかかか・・・・・そっ、それは・・・よ、良かっ・・・たた。」

アグリアスの声は完全にうわずっていた・・・・。

「ひっっ、非常事態のためだ。 いっ、以後きっ、気を付けるように!!!」
そう言うと、踵を返し、ラムザの元から疾風のごとく走り去ってしまった。

なんて可愛いんだ・・・・・・・とラムザは思った。

「はい・・・・・・・・。」
と小さく返事をした。
アグリアスにはおそらく聞こえてないと思いながら・・・・・・・。

ラムザはそっとひとさし指で自分のくちびるに触れてみた。
彼女のくちびるの感触が、まだ残っている・・・・・・・。

「キス・・・・・・・・・・しちゃっ・・・・・・・・・た・・・・・・・。」

ラムザのほほがまるで恥じらった乙女のように赤く染まる。
心臓がどきどきと早鐘を打つ。
ラムザは、自分自身を抱きしめた。
今さっきまでそこにあったアグリアスのぬくもりを抱きしめるように・・・・・・・・・・・・・。

たった一瞬でも。
ふれあったそのぬくもりを、逃したくなかった。

その時アグリアスは戦場に舞い戻っていた。
(ああ、あんなにきつく言うつもりはなかったのに・・・・・・。 なんで私は・・・・・。)
我知らず、涙が目のふちにたまっていく。
そしてその自分自身への怒りは、そこにいた敵に猛然と向けられていく。

聖剣をかまえる。
アグリアスの目つきが鋭く変わる。
「うおりゃあっっ! 聖光爆裂破ぁーーーっ!!!!!!!!!」

・・・・・・・・きっとものすごい気迫だったに違いない・・・・・・・。
向こうで 「おお・・・・」 という賞賛のどよめきが起こった。

(可愛い・・・・は撤回かも・・・・?)
ラムザは力無く、「ははは・・・・・」 と笑った。


3.AKT 秋の月の魔法と金木犀

今夜の宿はひとり一部屋づつ。
久しぶりにのんびりできそうだ。
しかしラムザとアグリアスにそんな余裕などなかった。

ラムザは眠れない夜を過ごしていた。
彼女への愛しさはますますつのるばかり。

「眠れない・・・・・・・・・。」
窓際に佇み、澄んだ夜空を見上げながら、昼間のできごとを思う。

「月が・・・・・・綺麗だな・・・・・。」

秋の月は静かに金色の光を投げかけている。
窓のすぐ外には大きな金木犀の木が沢山植わっており、深夜でも甘い芳香を
放っている。

秋の夜は人の心を惑わす魔法でもかかっているのかも・・・・。
特にこんな明るい月の出る夜は・・・・・。

ラムザはため息をひとつ、ついた。



一方、アグリアスは別の意味合いで悩んでいた。
生成の寝間着に着替えたアグリアスは、ベッドの縁で唸っていた。

「あうー・・・・・・・・・・。 眠れない・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ああ、私はなんて口下手なんだろう。
恥ずかしくて、ラムザについ、そっけない態度をとってしまった・・・・・・。
こんな女、嫌われるだろうな・・・・・。
がさつで、男勝りで・・・・。
自分の言いたいこともはっきり言えない、こんな女・・・・・・・・・・・。

アグリアスは自分の指をきりきりと噛む。

その時。
アグリアスの耳に、なにかしら、聞こえてきた。

♪ きんいろの・・・・・・・・・

「?」

風に乗って聞こえてくる・・・・・・小さいけれど、確かに聞こえる。
「う・・・・・た? こんな夜遅くに誰が・・・・・・・・・・・・。」

♪ つきのひかりと もくせいのあまいよかぜが ささやきかける

  つたえておくれ わたしのおもい

  かぜにのせて つばさによせて

「いったい、誰が・・・・・・。」

♪ いつか いとしいあのひとに とどくように

「恋のうた・・・・・・・・・・・・・」
アグリアスはそっと窓から身を乗り出してその声の主を見つけようとする。

♪ あいしていると

  ただひとこと

  ・・・・・・・・・・・あいしている・・・・・・・・・・・と

その時、窓際で詩を謳うラムザと、身を乗り出したアグリアスの目がかち合った。
アグリアスは少し照れながら、それでも精一杯の勇気を振り絞り、
ラムザに向かって微笑んだ。

「あの・・・・・えと。 ・・・・・・こんばんわ・・・・・。」

ラムザはアグリアスを見つめ、ほほ染めて満面の笑みを浮かべる。

秋の月夜はやはり魔法がかかっているのかもしれない。



ラムザは部屋からそっと抜け出し、アグリアスの部屋の外に伸びている
大きな木に寄りかかった。

「あの・・・昼間は・・・・すま・・・・・いや、ごめんなさい。
 あんなにきつく言うつもりはなかったのに・・・・。 どうも私は口下手で・・・・。」

アグリアスは肩を落としながらそう言った。
罪悪感から、まともにラムザのことが見られないらしく、目を伏せたままで。

「いいんですよ。 わかっています。 全然気にしていませんよ・・・・・。」
ラムザは目を閉じ、隣の金木犀の枝をそっと引き寄せ、花の香りを少し嗅いだ。

甘い香りが鼻孔をくすぐり、思考回路を麻痺させる。
少し酔ったような・・・・・・・。

正確にはこのシチュエーションに少し酔っているのかもしれない。
誰もいない深夜、ふたりきり、金色の月の光、甘い金木犀の香り。

「ほんとうに・・・・・?」
今まで視線を逸らしていたアグリアスがいきなりラムザを見つめ返し、
いつもとは違った心細げな声で言った。
ラムザの心臓がまた早鐘を打つ。

月の光のせいで金色の滝のような髪と白い肌がいっそう美しく見える。
やさしくラムザを見つめる琥珀の瞳もまたたく星を宿すがごとく輝いている。
生成の清楚な寝間着が彼女の魅力をいっそう引き出している。

「・・・・・・・とても神秘的な感じがする・・・・・。。」
まるで月の女神のような彼女が、あまりにも眩しくて、ラムザはうつむいてしまう。

もう、心の中にしまっておくのは、いやだ。
今なら、今なら、言えそうな気がする・・・・・・。
ラムザは決意した。

「ぼくは・・・・・・ぼくは嬉しかったです・・・・・・・。」
「ラムザ・・・・・・・?」

「トードの術を解くためとはいえ、貴女と・・・・・・・・・・・・・・。」
(貴女とくちづけ出来て・・・・・・)

「ラムザ。」
やさしい声がラムザに近づく。
「それ、ほんとう・・・・?」

ラムザが顔を上げる。
そうして、アグリアスのほほに優しく手を添える。
アグリアスは甘えるような仕草でその手に自らの頭を預ける。
さらさらとした金の髪がラムザの手にかかる。

「ほんとうさ・・・・。」

次の瞬間、ふたりの影が一つに重なる。
秋の月の光は魔法。
金木犀の甘い香りが二人を包み込む。

「愛してる・・・・・・・・。」
どちらともなくそう囁き、また影は一つになる。



それからしばらく。
ふたりは言葉もなくただ見つめ合っていたが、明日・・・もう何時間かすれば
夜明けが来るのだが・・・・のこともある。
名残は尽きないが、ラムザは自分の部屋に戻ることにした。

「おやすみなさい。」
「またあした・・・・。」

お互いの気持ちがわかった今、二人はどこか心満たされた顔をしていた。
しかし、自分達の置かれた状況を考えると、浮かれてばかりもいられない。
心の中が葛藤している。
甘く、浮かれるような気持ちと、胸を締め付けられるような罪悪感のようなものが
それぞれの胸の中にあった。

アグリアスはひとりの部屋で呟いた。

誰かを好きになると言うことが、こんなに嬉しくて、こんなに切ないものとは・・・・
知らなかった。
こんなことをしている場合じゃないのに・・・・。
わかっているのに・・・・・。

ラムザもまたひとりベッドに座り、呟く。

ぼくの中であの人の存在が大きくなっていく・・・・・。
やらなくちゃいけないことがたくさんあるのに。
あの人のことだけが頭の中を占めるんだ。

・・・・・どうしよう。
どうしたらいいんだろう・・・・・。
重なった手の暖かさ。
ふれあったくちびるの・・・・・・・。

僕には忘れることができないんだ・・・・・。

ラムザは窓際から手を伸ばし、金木犀の花をふたつみつ・・・・摘み取り
手のひらの上にそっと置いた。
それはラムザの手の中で妖しいほどの芳香を漂わせている。
ラムザはその手に自分のくちびるを押し当てた。
狂おしいほどのアグリアスへの想いがラムザの胸を締め付ける。

「・・・・アグリアス・・・・。」



だけどお願い・・・・・・。
今だけは・・・・・今だけはあのひとのことだけ考えさせて・・・・・・・・・。


4.AKT すこしだけ・・・・ないしょ

「で・さあ〜♪」

翌日。

士官アカデミーからの仲間、ローウェルとハリー、ムスタディオやラッドまでもが
なにやらごそごそ耳打ちをしては、にやにや笑っている。

「まずはアタックチームに女の子を入れてもらって・・・・・・・。
誰も「乙女のキッス」や「百八の数珠」を持っていないことにして、
算術で「トード」かけまくるんだ。 (死ぬぞ・・・・(^_^;)
そんでもって、そんでもって・・・・・・・うふふふ・・・・・・。」

「まったく・・・・・そんなアホみたいな作戦がうまくいくわけがないじゃろ。」
オルランドゥ伯はあきれ顔。

しかし、困ったことに彼らは真剣である。
こうなるともう誰にも彼らを止めることは出来ない・・・・・・・。

ハリーは、話に加わっていないカーツまで引っ張り込もうとする。
カーツはびくびく。
「そんなことしたら、テイシアに殺されちゃうよ〜。」

カーツにはテイシアという彼女がいるのだ。
士官アカデミーに在籍していた頃からのおつきあいである。
もちろんハリー、そんなことはおかまいなし。

「カーツ、おまえも来い♪」
カーツの首根っこをつかんで自分達の方に引きずり込む。
後方を歩いていた女性陣が自分たちの背後に忍び寄っているとも知らないで。

「名付けて、「乙女にキッス大作戦」〜!!!」
男性陣が声高らかに笑った。

その時、後ろから世にも恐ろしい声が聞こえた。

「なあんですってえ〜・・・・。」

おそるおそる振り向くと怒りにわなわなふるえている彼女たちの姿がそこにあった。
コスモスを中心に、あろうことかテイシアまで参加している。
カーツはもう涙目になっている。

「そんなにカエルになりたいなら、今すぐ魔法をかけてさしあげますわっ!!」
コスモスが杖を振り上げ、顔を真っ赤にして叫ぶ。

「コスモスにかけられるなら、なんだってえ〜♪」
ローウェルが叫ぶ。

「わはははー。」
男性陣は笑いながら道の先の方へ駆けて行ってしまった。
カーツもテイシアに叱られたのか、涙ぐみながら男性陣を追った。

「もおっ!! 不謹慎なんだからっっ!!」
怒り心頭のコスモス。
「まあまあ・・・・。」
弓使いのクッキーがなだめる。

この調子だと昨日のぼく達は誰にも目撃されていないな・・・・・。
ラムザは思わず心の中で胸をなで下ろす。

そう。
昨日のふたりのロマンスを知っているのは秋の月の光と金木犀だけなのである。

ラムザとアグリアスは無言で女性陣の後ろを歩く。
二人がこの話の発端なのだから何も言えないのは当然だった。
ふと、ふたりは顔を見合わせ、くすっ、と笑った。

そして、どちらともなく手を伸ばす。

指先を軽く触れ合わせる。

指先からお互いのぬくもりを感じる。


「・・・・・すこしだけ・・・・な い しょ・・・・・♪」




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