砂漠の雨 〜Desert Rain〜

暑い・・・・・・・・。
もう何時間、ここを歩いているんだろう・・・・・。
エレンは思った。

もう、喉がからっから。
頭が暑さで、ぼおっとしてくる。

ここはナジュ砂漠。
容赦なく照りつける太陽にエレン、ユリアン、サラ、トーマスは今にも倒れそうだった。
ただ一人を除いては・・・・・・・・。

ハリードである。
砂漠の国生まれの彼にとって、砂漠を渡る風は友、砂漠に降る雨は恋人のようなもの。
今もエレンの目前を何事もなく、すたすたと歩いている。

まったく・・・・・このおっさんは・・・・疲れないのかね、まったく・・・・・・・。
戦場を渡り歩いてメシ食ってるぐらいだから、体力があり余ってるんだわ・・・・。
エレンは心の中でぼやいた。

その時、後ろを歩いていたサラが突然倒れた。
気づいたユリアンがサラを抱き起こし、ハリードを呼ぼうとしたその時。
ユリアンもトーマスも続けざまにばたばたと倒れてしまった。

エレンがその様子に気づいた。

「ちょっと、おっさ・・・・・・・・・」

(あれ?
 なんか頭が・・・・・・・・くらくら す・・・・・・・・)

ハリードを呼び止めようと声を上げたエレン。
しかし彼女も・・・・。

どさっ、という音がハリードの背後で聞こえた。
ハリードは振り返り、皆の様子にやっと気づいたが、時すでに遅かった。

「わーっ!!」
ハリードは叫び声を上げた。

「仕方がない・・・・一旦リブロフに戻るか。」



砂漠近くの街、リブロフ。
いろいろな人間がナジュ砂漠を越えてきて、あるいはこれからナジュ砂漠を越えるために、
この街を訪れる。

リブロフは珍しく雨模様。
霧のような雨が降り続いている。
砂漠ではあんなにからから天気だったのに・・・・・・・・・・。



・・・・・♪・・・・

サアア・・・・・

雨の音が聞こえる・・・・・・・
雨の音に混じって何かが聞こえる。

なんだろう・・・とエレンは重い瞼を開いた。
窓際に腰掛ける漆黒の髪が、褐色の肌がぼんやりとエレンの瞳に映る。

ハリード・・・・・・・・・・・
ハリードが謳っている・・・・・・・・・・・・

エレンは不思議な安堵感に包まれた。

そしてそれは今だ夢見心地の仲間達にも同じ事が言えた。

なんだろう・・・・・・すごく気持ちいい・・・・・・・・
と、ユリアン。

誰が謳っているんだろう・・・・・・・・・・・
と、トーマス。

すてきなうた・・・・・・・・
と、サラ。

雨の音とハリードの歌声。
それは異国のメロディ。
時には低く、時には高く、繰り返される旋律。

そして皆はまた眠りにつく。
雨とハリードの歌声を聴きながら・・・・・・・・・・・・。



翌日もリブロフは朝から雨だった。

「この調子じゃ、今日も砂漠越えは無理だな。」

ハリードの言葉に目を輝かせ、トーマスとユリアンがダンスする。
「いやったぁ、今日も砂漠越えは無しだあ♪」

その言葉にハリードはむっとする。
トーマスとユリアンをじろりと睨む。
「お前ら・・・・・・・・・。」

こんな時のハリードは、冗談抜きで恐ろしい。
トーマスとユリアンは、ひきつった笑いのまま、固まってしまった。

「イヤじゃない・・・・と言ったらうそになる。 日差しきつくって、昨日みたいに倒れちゃう。」
サラが遠慮がちにハリードに告げた。

「む〜ん、サラは正直だな〜。 可愛いぞ。」
ハリードはサラの肩を抱き寄せた。
完全にえこひいきだ・・・・ユリアンとトーマスは不満顔をした。

とはいえ、昨日皆を倒れさせてしまったことに責任を感じているハリード。

「今日はここで一日休んでいこう。 明日、雨が上がったら、砂漠越えだ。」
と、皆に言った。

明日、雨が上がったら、砂漠越え・・・・。
ハリードのその言葉に、トーマスとユリアンは、がっくりと肩を落とした。

しかし、休むと言っても特別何をするでもなく、たあいないおしゃべりで時間が進んでいった。
「ふう・・・・しかし、これじゃ時間もてあますぞ。」

その時、エレンがハリードに切り出した。
「きのう・・・・・・・・謳ってたよね?」

(エレン・・・・・・・・起きていたのか・・・・・・)

「ああ。」
ぶっきらぼうにハリードが答える。

彼らは、まだハリードと知り合って間もない。
ほんのちょっとでいいから、この黒髪の異邦人のことが知りたくて知りたくて仕方なかった。

ユリアンが感激する。
「昨日聞こえた、あの歌って、ハリードが謳っていたんだ!」

トーマスが聞く。
「あれはハリードの故郷の歌なのかい?」

「ああ・・・・。 遠い遠い・・・・今は亡き俺の故郷。 熱砂の国・・・・・。」
ハリードが窓の外を見ながら呟く。

それがどこなのか。
エレン達にはわからない。
ただ遠くを見るハリードの瞳がひどく悲しげに見えた。

「ききたいな・・・・・」
ハリードの背中にしがみついているサラがぽつりと言った。

「もう一回聴きたいな・・・・・」

遠い遠い異国の歌。
砂漠の歌・・・・・。

「そしたら砂漠も少しは好きになれるかもしれないし・・・・。」

「い、いや・・・俺は・・・・・。」
矢継ぎ早の質問に、ハリードが照れて逃げようとする。

エレンがその前に立ちふさがるようにして、言った。

「ねえ、ハリード。 謳ってよ。 あたし達、あなたのこと、もっと知りたい。
 たとえ歌だけでもいい。 あなたのこと、聞かせて欲しい。」

ハリードは自分のことを話したがらない。
すべてが謎のままでは、本当の仲間になれない。

エレンは懇願した。

・・・・・・俺のことを聞かせろだと?
・・・・・・そんな風に他人に言われたのは初めてだ。

俺は、ナジュ王国滅亡後、たった一人で生きてきた。
世界を流浪して、そして、シノンの村でお前達に出会った。
俺とは、年も育ちも何もかもが違う。
それでも、仲間になりたいと・・・・・・・・・そう言うのか。
ハリードは少し嬉しくなった。

「・・・・・良かろう。 ただし俺の歌は高いぞ。 なんたってプロ並みだからな。
 サラはただ。←ひいき」
「ふっ」とクールに笑い、ハリードはジョークを言った。

途端、肩をすぼめるトーマスとユリアン。
もし守銭奴のハリードが本気で料金を請求してきたら・・・・・。
冗談でも少し怖かった。

その様子を見てエレンとサラがくすくす笑った。



リブロフの雨はまだ静かに降り続いている。

ハリードの謳う異国の旋律が静かな部屋に響く。
まるで砂漠に降る雨のように、皆の心に深く深く浸透していく。
砂漠の雨はハリードの恋人・・・・・・・・・・・・。



彼についてわかったことは・・・・。
砂漠を潤す雨のような声の持ち主っていうことだけ。

それだけ。

・・・・でも・・・・。
これから少しづつわかっていけばいいのよね・・・・。

皆はハリードに少しだけ・・・・・近づけたような気がして、嬉しかった。




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