パーティナイトは終わらない

1.AKT パーティナイト

「乾杯!」
「カタリナ様と勇者様達に乾杯!」
ここはロアーヌ城。
今夜カタリナとその一行が無事に世界を救い、帰還したことを祝うパーティが催されていた。

「ふぅ・・・・・・・・・。」
月夜のロアーヌ庭園。
カタリナはこっそりとパーティを抜け出し、ひとり池の畔に佇んでいる。

今夜の彼女は旅装束を脱ぎ捨てた淑女。
きらびやかな絹のドレスや首には豪奢な首飾りを身に付けている。
本当は着たくなかったんだけど・・・・・。

パーティは苦手。
やっと最期の戦いから帰ってこられたのに、ゆっくりさせて欲しいわよ。
でも・・・・ミカエル様のお心遣いだからな・・・・。

戦い・・・・・・・・
そこでカタリナははっとする。

戦い・・・・・そう、戦いはもうすべて終わったんだわ・・・・。
今夜でみんなともお別れ・・・・・。
ふとその時、カタリナの脳裏にトーマスの姿が浮かんだ。
・・・・・・・・・トム君・・・・・・・・。
トム君ともお別れ・・・・・なんて・・・・胸が痛い・・・・。

忘れなきゃ。
彼の笑顔、彼の声、眼鏡の奥のみずいろの優しい瞳、それから・・・・・・・
あの日の・・・・月夜の・・・・。
カタリナは指で自分の唇に軽く触れてみる。

その時、背後の草むらががさがさと音を立てた。
「・・・・だれっ?」
カタリナは身構えた。
ガーターベルトにマスカレイドを忍ばせている。

「私です。」
酒で少し頬を紅くしたトーマスが木陰から現れた。
「トム君。 またついてきたの?」
カタリナは胸をほっとなで下ろした。
「ふふっ・・・・・酔ってるわね。」
「少〜し♪」
おどけた様子で片手をひらひらさせるトーマス。
「堅苦しいのは、どうも苦手でして・・・・・・・。」
「わたしもよ。」
カタリナとトーマスは顔を見合わせて、くすっと笑った。
ああ、やっぱりトム君と居ると楽しい・・・・・自然と笑顔が出てきてしまう・・・・。

トーマスとカタリナはふたり肩を並べて語らう。
夜風がふたりの頬をやさしく撫でてゆく。

「パーティが終わったら、私はシノンの村に帰ります。」
「そう・・・・寂しくなるわね・・・・。」
そうか・・・・、そうよね。
わたしはロアーヌ城に残る。
彼はシノン村に帰る・・・・・当然の事よね。
カタリナは自分に言い聞かせた。

「そして貴女はミカエル様の后になるんですよね・・・・・きっと。」
トーマスはぽつりと呟いた。
「ト・・・・・・・トム君? なに言って・・・・・・・・・」
カタリナは真っ赤になった。
でも否定は出来ない。
近い将来そうなると、自分でもわかっているから・・・・・・・。

「でもその前に・・・・・・・・・・ただ一度・・・・・・・・・私と・・・・・・・・・。」
ふと、トーマスが顔を上げ、そのみずいろの瞳でカタリナを捉えた。
そして、カタリナを抱きすくめようと、両の腕を伸ばす。

え・・・・? ただ一度・・・・ただ一度って・・・・?

はァ!?

嘘っっ!!?

「やだっ・・・・・もぉ。 冗談ばっかり・・・・」
カタリナはトーマスから後ずさりし、距離を置きつつ逃げる。

今、彼に抱きしめられたら。
わたしはミカエル様を裏切ることになる。

わかっている。
わかっている・・・・・・・・・だけど。
彼に愛されたいと願う もう一人のわたしがいる。
わたしは・・・・・・・・。

「カタリナ様。」
カタリナの心の葛藤を知ってか知らずか、トーマスはカタリナにせまってくる。
彼はいともたやすく、彼女を自分の腕の中にすっぽりと抱えてしまった。

「ちょっ、ちょっと。 あなた本格的に酔ってるでしょ!!」
カタリナは焦ってトーマスの胸に手を当て、彼を押し戻そうとする。

「ええ、酔ってます。」
急に手首を強く掴まれて、カタリナは抗うのをやめた。
トーマスは真剣な顔をしている。
眼鏡の中のみずいろの瞳が潤んで見える。

「お酒と・・・・・・・・貴女に・・・・・・・・・。」
そう言うとトーマスはカタリナを抱きしめ、キスをした。
あの日とは違う・・・・・・。
カタリナは自分の頭の中が甘く痺れるのを感じた。

ああ・・・・・・・・・どうしよう・・・・・・・・
だめよカタリナ・・・・・・・・あの方が・・・・・・・・
でも・・・・・・・・

思考が麻痺する。
理性が遠のく。
このままトーマスになにもかも委ねてしまいたい・・・・・。

その瞬間、カタリナの脳裏にミカエルの姿が浮かぶ。
「必ず戻ってきてくれ・・・・・・・・・」

!!!

「やっぱり、だめっっ!!」
カタリナは必死でトーマスの腕から逃れ、彼に背を向ける。
トーマスは少し寂しそうな瞳をしてカタリナに尋ねた。
「あの方の・・・・ため?」
カタリナは無言で大きくうなづく。

しかしトーマスは負けなかった。
今この時を逃したら・・・・もう・・・・もう一生貴女に会えないかもしれない。

酒の力を借りるのは卑怯かもしれない。
だけど、トーマスは必死だった。

カタリナの背後から腕をまわし、そのまま彼女をきつく抱きしめた。
カタリナは不意のことに驚き、躰を固くした。

逃げないで・・・・・・・・・・・。
トーマスは瞳を閉じ、心の中で祈る。

「それじゃ・・・・・僕は? 僕のことは・・・・・好き?」
「・・・・・・・・・。」

耳元で切なげに問うトーマスにカタリナは観念したように言った。
「 ・・・・・・・・・すきよ・・・・・・・・。」

トーマスは彼女を抱きしめる腕に尚一層の力を込めた。
強く抱きしめられてカタリナは気が遠くなりそうになった。
「だったら・・・・今だけでいいから・・・・・・・ミカエルのこと、忘れて・・・・・?」

風が、吹いた。
木々を渡り、その葉を、枝々を揺らした。

ああ・・・・・・・・もうだめ・・・・・・・。
言ってはいけない一言だったのに・・・・・・・。
でも、もう遅い・・・・・・・・・。

カタリナは自分自身を責める。
カタリナの瞳にしらず涙が溢れてきた。

すき・・・・・あなたがすき・・・・・・どうしようもないぐらい愛してるの・・・・・・



2.AKT 星影の中で・・・・

カタリナは誰にも見られないように自分の部屋にトーマスを招き入れた。
大きな窓から星影が静かに降り注いでいる。

「カタリナ様・・・・・・・・」
トーマスがカタリナの頬に少し触れると、カタリナはびくっと躰をふるわせた。
しかし、頬を撫でる彼の手のぬくもりと、優しいみずいろの瞳がすぐにカタリナの緊張を解いた。

「貴女が・・・・・・好きです。」
トーマスがカタリナの耳元で甘く囁く。
カタリナは彼の背中に手をまわし、愛しげにキスをする。

迷いがないと言えば嘘になる。
でも今は目の前にいるトーマスをわたしは愛したい・・・・・・・。
わたしはつみびと。
アビスの底に墜ちていっても構わない・・・・・・。

トーマスは思う。
ずっと・・・・・・・夢見ていた。
貴女をこの腕に抱く・・・・・・・・この瞬間(とき)を・・・・・・・・・。

秘密の恋。
ただ一度だけの誘惑。

ミカエルにばれたら恐らく僕は縛り首か断頭台(ギロチン)だな・・・・・・。
だけど・・・・それでもいい。
今、貴女の心は僕だけのもの。
その思い出があれば、生きていける。
僕のそばに貴女が居なくても・・・・遠く離れていても・・・・きっと・・・・・。



(ミカエル様・・・・・・・・!!)

その頃、ミカエルはカタリナを探していた。
カタリナに・・・・・・・いま、呼ばれたような気がした。
一体・・・・・・どこへ行ったのだ?

星影だけがふたりの夜を見つめていた。
円舞曲が終わっても、ゲストが帰ってしまっても、ふたりきりのパーティナイトは、終わらない。



3.AKT さよなら僕の美しいひと

「・・・・さよなら・・・・僕の美しいひと・・・・・」

早朝・・・・トーマスは傍らに眠るカタリナの髪に名残惜しそうにそっとキスをして、
こっそりハリード達の居る部屋に帰っていった。
カタリナが目を覚ましたとき・・・・彼はもう彼女のそばには居なかった。

「トム君・・・・・・・いない・・・・・・・?」
カタリナは枕に顔をうずめて少し・・・・泣いた。
少し・・・泣いてから、カタリナは涙を拭いて、トーマスに感謝した。
たとえ一夜だけの出来事だとしても・・・・・幸せな時をありがとう。
トム君・・・・。



謁見の間に、ミカエルとカタリナ、ハリード、ウォード、ロビンそして・・・・トーマスが集った。
いよいよみんなとの別れである。
もし后になってしまえば、今までのように自由にみんなと会えることなど出来ない。
もう二度と会えない。
永遠に近い別れである。

みんなと握手をする。
泣かないと心に誓ったはずなのに・・・・涙がはらはらとカタリナのアメジストの瞳からこぼれ落ちてゆく。
ミカエルが、カタリナの肩を優しく抱く。
ウォードも、ロビンも・・・・みんな涙ぐんでいる。

カタリナはトーマスをふと見やる。
彼は少しだけ寂しそうにカタリナをちらと見た。
しかしやがて晴れやかに大きく手を振って、みんなと共に扉の向こうへと消えて行った。

お別れね・・・・・。
さよなら、みんな。
さよなら・・・・・・トム君・・・・・。
大好きだったよ・・・・・・トム君・・・・・。

カタリナの頬を伝う涙は途切れることなく、彼女の心をも濡らしていた。



4.AKT 再会は突然に
 

数日後、カタリナは衝撃の事実を知る。

「えーっ。 なんでトム君、ここにいるの??? 」

ロアーヌの城にトーマスが居る。
執務官の服装で・・・・・。

「いや、急な話なんですが、ミカエル様にトレードの腕を見込まれて、ここの財務管理を・・・・。
  ちなみにユリアンもミカエル様の護衛としてここに来てますよ。」

カタリナは涙ぐみ、微笑む。
トーマスも照れながら微笑む。
いつもの丸い眼鏡の奥から優しいみずいろの瞳がのぞく。


「トム君。 また一緒ね・・・・!」



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