LUNA 〜月魔法〜

僕らがその村に着いたとき、秋の収穫を祝うお祭りの真っ最中だった。
今夜は明るい満月の夜で、ますます祭りは盛り上がっている。

「どうかしら?」
胸元が少し開いているが、村娘のような純朴なドレスに着替えたカタリナは年相応に愛らしかった。
「とってもよくお似合いです。 カタリナ様♪」
ロビンが頬を染めて、嬉しそうに笑う。
そして・・・・僕、トーマスも、彼女がとても可愛くて、一緒に笑った。

ハリードとウォードとハーマンは一杯引っかけに酒場へと行ってしまった。
僕とカタリナ様、ロビンは、
「久しぶりに踊ってみたいわ。」
と言う、カタリナ様に同行することになった。

初めこそ、和気藹々と踊っていたのだけれど、カタリナ様は疲れを知らない。
僕とロビンはカタリナ様より先に疲れてしまったので、踊りの輪を離れ、
少し遠くの林の入り口にしゃがみ込み、踊る彼女を見ていた。

ロビンはもうすでに酔いつぶれて眠っている。
一杯引っかけてから踊ったため、酔いが回るのが早いのだ。
・・・・・・・・相変わらず酒に弱い奴だと思う。
まあ僕もそんなこと言える義理ではないんだけどね・・・・。

「ふう・・・」
踊りの輪からカタリナが戻ってきた。
「ちょっと疲れたかな。」
ふふっ、と無邪気に微笑む。
「そりゃずっと踊ってらしたから・・・・。」
トーマスはカタリナの手を取り、自分の横に座らせる。
「うふふ。 楽しかったぁ♪」
頬を上気させ、無邪気に笑うカタリナ。

ふと、カタリナは遠い瞳をして言った。
「お城の中ってね、窮屈なのよ。 舞踏会も退屈だったし。
 もっともミカエル様が御領主様になられてから舞踏会なんて殆どなかったけれど。」

きらびやかな衣装。
貴人達の談笑。

それが日常(ふつう)だった・・・・・・。
この旅に出るまでは・・・・・・・・・・。

「今が好き。 なにものにも縛られない自由な今が一番好き。」
そう言うと、カタリナはすっくと立ち上がった。
「まだ踊れるわ。」
靴も脱いでしまう。
「靴も要らない。」
そうして月の光の中、手足を伸ばして風に舞う羽根のように軽やかに踊る。
トーマスはそんなカタリナをうっとりと見つめていた。

ああ・・・・・・・・綺麗だね。
今夜の彼女がいつもより美しく見えるのは、月の魔法のせいなのかも・・・。
満月の夜はいつもより人の心もまぁるく美しく照らしてくれるから。

そんなことを考えながらトーマスは立ち上がり、カタリナに恭々(うやうや)しく一礼する。
「私は王子ではありませんが・・・・一曲お相手していただけますかな? 姫君。」
カタリナはくすっと笑って、「はい。」 と小さく返事した。

月の光の中、トーマスのリードに身を任せてカタリナがワルツを踊る。
ひらひらとしたスカートの裾がカタリナの足下をくすぐる。

(わたし、どうしちゃったんだろ・・・・・・月の魔法のせいかしら?
 こうして彼とずっと踊っていたいと思うのは・・・・・・・。)

目の前にはトーマスの顔。
・・・・・・・・優しいみずいろの瞳・・・・・・・・・・。
と、いきなりカタリナの胸がときめく。

「さすが王宮仕込みのステップは違いますね。」
明るく笑う彼から目が離せない。
(そういえばこんなに近くでトム君の顔、見たことない。)
カタリナは自分の頬が熱くなるのを感じた。

(なぜ胸がときめくの。 わたしにはミカエル様が・・・・・・・・)

トーマスの手がわたしに触れている。
そう思った途端、何故か恥ずかしさがこみあげてきて、
ついにカタリナのステップは途切れてしまった。

(今までトム君のこと、意識した事もなかったのに・・・・・どうかしてる・・・・)

「カ・・・・?」
トーマスは不思議に思い、カタリナを見る。
カタリナはトーマスの肩をぎゅっと掴み、頬を赤らめ、目をそらしている。

トーマスは彼女の可愛らしさに胸がどきりとした。
目の前にいる美しいひとを抱きしめたい衝動に駆られた。
そして腰に回した右腕で、カタリナを自分の胸の中に抱き寄せた。
少し驚いたようにカタリナが顔を上げる。
アメジストの瞳とみずいろの瞳が見つめ合う。
トーマスの左手はカタリナの手をいっそう強く握りしめる。
ふたり、どちらともなく瞳を閉じる。

魔法よ・・・・・・
月の魔法のせいなんだわ。
わたしが彼にキスしたいと思うのは・・・・・。

ふたりの唇が 吐息が ほんの少し触れ合う。
その時。

「あにゃ〜。 そんにゃとこでなにしてんのぉ〜?」
ワインの瓶を片手に、ロビンがよろよろとこちらに向かって歩いて来るではないか。

ロ ビ ン!!!
いつ起きてきたんだ。
トーマスは焦った。
「あ・・・・・あのっ、わたし、先に帰ってるから・・・・・。」
カタリナもかなり焦っている。
咄嗟にトーマスから体を離し、ドレスの裾を翻し、彼から背を向けた。

「このっ! このっっ!! ヨッパライ !!! 二度とないチャンスだったのにっ!!」
「ふにゃん♪」
ロビンが間抜けな声を出す。
真っ赤な顔をして、トーマスがロビンをこづく。
「トム君・・・・・・・・・一緒に踊ってくれて、ありがとう・・・・・・」
カタリナは恥じらいながらトーマスに礼を言うと、向こうの方にゆっくり歩いていった。

「なんて・・・・なんて可愛いんだ・・・・・」
トーマスは感激し、みずいろの瞳がうるうるしている。
その横でロビンが
「あーあ、行っちゃったにょ。 一緒に飲もうと思ってたにょに・・・・・。」
と呟いた。
トーマスはまたロビンにわめいた。
「ばかロビン!! コップもなしに、どーやって飲むんだよっっ!!!」
「ふにゃん」
ロビン、完全にとばっちりである。



「わたしは・・・・・・・・・・・」
と、突然カタリナの足に激痛が走る。
「痛ぅっ・・・・・・」
苦痛で顔がゆがむ。

迂闊だった。
草むらに折れた木の枝が落ちていたのだ。
考え事をしていたので、気づかずにふんづけたカタリナは、足を切ってしまった。
ぺたんと地面に腰をおろす。

そうか・・・・わたし・・・・・くつ・・・・・・・。
取りに戻ろうか・・・・・。
その時・・・・・・・カタリナの背後の茂みががさがさと動いた。
「なっ・・・・・なにかいるの? いっ・・・・・いやっ! わたし体術は0なのよぉ!!」
カタリナは恐怖で顔をひきつらせた。

がさがさっ。
「きゃあああああああっっっ!!!」
カタリナが大声で叫んだ瞬間、トーマスの声が頭の上から聞こえた。
「ひどいなあ・・・・・はい、靴。」
落ち着いてよく見ると、カタリナの靴を持って、トーマスが草むらに立っていた。
指で片方の耳を耳栓ガードしながら・・・・。
「トム君・・・・・・・・・・・」
緊張状態から解放された安心感からか、しばし放心状態のカタリナ。
「・・・・・・って、もうケガしたんですか?」
トーマスはちょっと呆れ顔になってしまった。
カタリナはばつが悪そうに真っ赤になってうつむいた。



「やだってば。」
カタリナの声が響く。

「恥ずかしいよぉ・・・・・おろして・・・・・。」
カタリナは哀願するが、トーマスはがんとして受け入れてくれない。
「だめです。 おろしません。 けが人は黙って言うことを聞く。」
カタリナの足には、先ほどまで彼女の頭にあったバンダナが巻かれていた。
トーマスは彼女をおんぶしていた。

・・・・それにおんぶって・・・・胸とおしりが体に当たるしね・・・・・役得 役得♪
トーマスは顔を赤くして、にんまりと笑った。
カタリナはそれを見逃さなかった。
「今なにか変なこと考えたでしょっ!!!」
「いえ、カタリナ様親衛隊長として当然のことを〜〜〜・・・・・・・ちょっとだけ・・・・(*^_^*)」
・・・・・・・正直な男である。

「もう!! ・・・・ま、楽だからいっか。 今夜は飲むわよ〜♪ ウォードと飲み比べっ♪」
「今夜も・・・・ですか? あの・・・・・・背中で暴れないでください・・・・・。」
カタリナは空騒ぎした。
そうしないと切なくて苦しくて、胸がつぶれてしまいそうだったから・・・・・・・。

「何飲みますかねぇ・・・・・・・・・・・・」
ふたりはのんびりと街の中心へと向かっていった。



(月の魔法のせいなんかじゃない!!)
カタリナはトーマスの背中で、彼にさとられないよう、ひとり涙ぐんだ。


彼に触れたいと思ったのは・・・・・・・・・。


わたしがトーマスに・・・・・・・・・恋をしてるからなんだわ・・・・・・・・・・




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