今宵あなたと・・・・・・・・・・

カタリナがロアーヌ城に戻ってきてから数日が過ぎた。
彼女は今日もミカエル候の下でお仕事に励んでいる。

「平和って、いいですねーえ。 ミカエル様。」
春の日差しが差し込む麗らかな午後。
中庭で沢山の書類を胸にかかえながら、カタリナは上機嫌だ。
天気はいいし、なにより今日はカタリナお気に入りの中庭に、ミカエルも一緒にいたから。

「あー、カタリナ。」
こほん、と咳払いして、ミカエルがカタリナの背後から話しかけた。
「はい?」
カタリナが振り返る。
・・・・・・・?
ミカエル様、顔が赤いわ・・・・・どうしたのかな・・・・・・。

「今夜・・・・・・・・・・私の部屋に来てくれないか?」

「・・・・・!!!!」
ミカエルの突然の「お誘い」にカタリナは気が動転。
胸に抱えていた書類を全部床にぶちまけてしまった。
バサバサバサ・・・・・・・・・!!
その物音に驚いて、小鳥たちがいっせいに木の枝から飛び出した。

「待っている! じゃ・・・!」
真っ赤になったミカエルは、踵を返し、足早に向こうへ逃げて行ってしまった。
カタリナはへなへなと力無くその場にへたり込んでしまった。

うっっっ・・・・うわっ。
うわーっっ!
うっっわあーっっ★

今夜って・・・・・・・・・・・・。
今夜って、こ・・・・これって、もしかして・・・・・・よねっ?
カタリナのアメジストの瞳は潤んでハート形。
顔は真っ赤で熱に浮かされているよう。
心臓が・・・・・・・どきどき高鳴ってる・・・・・・・・・・・・。
今夜ふたりに何が起こるのか、期待と不安で、胸がはちきれそう!!

「カタリナ様、どうされました? 書類が落ちてますよ。」
一人の衛兵が通りがかり、床にばらまかれた書類を拾ってくれた。
だがカタリナはその言葉など、もちろん全然、耳に入っていない。
ひとりでにやにや笑って、「いや〜ん♪」などと言っている。
衛兵はどうすればいいのか分からず、ただおろおろするばかりであった。



その頃、自室に帰ったミカエルは、ほーっ、と安堵のため息をついた。

言えた。
やっと言えた・・・・・・・。
大体、先代の国王が亡くなってから、私は他人に心を許したことがない・・・・・・・。
それなのに。
それなのに、女性に・・・・カタリナに今更、どうやって接すれば良いのかなんて。
わかる訳ないじゃないか!!
戦場で部下に接するのとは違うのだから・・・・・・。

「はあ・・・・・・・・・」
ミカエルはまたため息を付いた。

哀れなミカエル。
女嫌いで通っている彼に女の扱いなど分かろうはずもない。
しかし、カタリナにだけは彼の熱い想いは伝わったようだ。
なあに。
その想いは大切な一人だけに伝わればいいのだから、別に気に病むことではないと思う。



ロアーヌ城に夜の帳が降りた頃、ふたりはそれぞれの自室で色々と忙しかった。

カタリナは夕食をすませたあと、風呂に入り、念入りに体を洗う。
鏡を見ながら、ドレスを決める。
黒いシルクに白いレースの付いたドレスを選んだ。
小指の先で唇に淡く紅をひく。
耳たぶに香水なんかもつけてみる。
いつもは高く結い上げている美しく長い髪をおろし、肩に垂らして戦闘準備完了。

「よし。 完璧!よ。」

時同じく、夕食をすませたあとミカエルは、念入りにシャワーを浴びる。
今夜の演出に必要な衣装を決める。
彼はこの日のために作らせた(用意周到やね(^_^;)白いシルクのガウンを選んだ。
「ふ・・・・・ん」
鏡を見ながら、少しカッコをつけてみる・・・・・戦闘準備完了。

「よし。 完璧!だ。」



空に星が瞬く時間・・・・・・・。

カタリナはどきどきする胸を押さえながらミカエルの部屋のドアを叩いた。
「誰だ?」
「カタリナです。 ミカエル様。」
「入れ。」
カタリナは、おそるおそるドアを開けた。
ミカエルは戸棚からワインを出しているところだった。
ワイングラスをふたつ手に持つと、「飲まないか?」とカタリナを誘った。
「光栄ですわ。」とカタリナは微笑んだ。

こうしてミカエル様と飲みながらお話しするなんて、初めてなんじゃないかしら。
カタリナは嬉しく思った。
そしてミカエルに勧められるがまま、カタリナは彼のベッドの縁に腰掛けた。

天蓋付きの青いベッド。
碧い瞳のミカエルにはとてもよく似合う。

ワイングラスに注がれる白ワイン。
ロアーヌはワインの名産地である。
さすがは領主ミカエルに献上された最上級品。
なんたって香りからして一般の物とは違う。

「んー・・・・・・いい香り♪」
カタリナはワイングラスに注がれた白ワインの香りを嗅いだ。
もうそれだけで夢心地。
その様子を見てミカエルはくすっ、と笑った。
「旅に出ていた時も飲んでいたのだろう? 見てみたかったぞ。」

・・・・・・・・・いえ、・・・・見られたら、まずいです。
もっと下品に飲んでましたんで・・・・・・・・。
からんで喧嘩になったこともあるんです・・・・・・・。(^_^;

さすがにこればっかりはミカエルに言えなかった。
いくらなんでも恥ずかしすぎる・・・・・。
カタリナは出来るだけ上品にワインを口に含ませた。
爽やかな酸味が、心地よいアルコールが彼女の喉を潤した。

ミカエルはカタリナの横に座り、 いきなり真剣な目をして言った。
「カタリナ。 すまなかった・・・・・・・。」



わたしは泣かない女になる・・・・・・・・・・・・。
そう誓った。
そしてこの髪を切って、マスカレイドを取り戻す為の旅に出る決意をした。

「カタリナ、その髪・・・・・・どうしたの!? それにその格好は・・・・・・。」
ミカエルの妹、モニカがカタリナを見て驚いた。
「申し訳ございません、ミカエル様。 マスカレイドを奪われました。」
短く髪を切り、旅装束のカタリナが謁見の間のミカエルの前に現れた。
「その髪は決意のしるしか。 ではマスカレイドを取り戻すまで、ロアーヌに戻ることは許さん!」
ミカエルは冷たく言い放つ。
「お兄さま。 そんな・・・・・ひどいっ!」
あまりの仕打ちに、モニカが叫ぶ。
「ありがたく存じます。」
カタリナはその顔を上げもせず、踵を返して、謁見の間を出て行った。

私にはロアーヌを守る責任がある。
本当はお前一人を行かせたくなかった。
私に出来ることはただお前の旅の無事を神に祈ることだけだった。・・・・・。



「いいえ・・・・。 あれはわたしの意志でやったこと。 短い髪もそれなりに好きでしたよ。」
カタリナはワイングラスをサイドテーブルに置いた。

「それに・・・・・・楽しかったです。 わたし、世界中を旅したんですよ!
 ツヴァイク、妖精の村、オーロラの道・・・・それにアビスまで!!」
カタリナは満面に笑みを浮かべながら、興奮した様子で、後ろに傾いた。
まるでロッキングチェアにもたれるかのように・・・・。
が、余り後ろに傾きすぎた為にバランスを崩し、カタリナはベッドの上にひっくり返ってしまった。
「きゃっ!!」
カタリナがふと寂しげな目で青い天蓋を見つめる。
「でも・・・・ミカエル様にお会いできないことが・・・・・唯一つろうございました・・・・・。」
「それは私も同じだった。」
(9年もの間、お前だけを見ていたのだから・・・・お前は気づいてはいないだろうが・・・・)
ミカエルはワイングラスをサイドテーブルの上に置いた。

「だからこそ・・・・・・・謝りたかった。 美しく、聡明で、強い・・・・。 
お前が戻ってきてくれて・・・・本当に良かった。」
「ミカエル様。」
その言葉だけで、わたしは報われる。
辛いことも、悲しいことも。 すべて。
知らず、カタリナのアメジストのような瞳が涙でぬれる。

「ミカエルだ。」
ふいにミカエルの黄金色の髪がカタリナの頬にかかった。
「二人きりの時はどうか・・・・・ミカエル、と・・・・。」
ミカエル様がわたしにこんなことをおっしゃるなんて・・・・・・・・。
カタリナは驚きを隠せなかった。

「ミカ・・・・・エル・・・・」
カタリナは遠慮がちに、愛しい人の名前を呼んでみる。
それに答えるようにミカエルの唇がカタリナの唇に重なる。
ミカエルのキスは甘く、ワインの香りがした・・・・・・・・。



星瞬く今宵、あなたと一緒に見る夢は・・・・・・・明るく輝く二人の未来でしょうか?



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