Harvest Jubilee 〜収穫祭〜

ここはシノンの村。
若い娘達が、切り花の出荷作業をしている。
もうすぐ収穫祭。
男も女も子供もお年寄りも、その日を指折り数えている。

「もうすぐ収穫祭よね。 マリアは誰と踊るの?」
若い娘達の最近の話題は、決まってこれである。
「マリアにはアレクセイがいるもんね〜♪」
マリアと呼ばれたその娘は頬を真っ赤に染める。

「もちろんサラはボーイよね〜♪」
何故かいきなりこちらに話をふられて、サラはしどろもどろになる。
「なっ・・・・なに言ってんの。 あたしとボーイは・・・・そんなんじゃ・・・・」
「そんなんって・・・あんたたち、いつも一緒なのに、恋人同士じゃないの???」
それを聞いた女の子達が大騒ぎ。
「じゃっ、アタシ、狙っちゃおーかなー♪」
「いや〜ん。 あたしもぉ。」
すごい人気である。

女の子達が騒ぐのも無理はない。
少年がサラに連れられ、シノンの村にやって来たのが4年前。
当時17才(推定)だった少年は、今や思慮深い青年へと成長した。
問題なのは、その容姿である。

漆黒の真っ直ぐな美しい髪は、今やその背中を覆うほど長くなり、
神秘的な黒い瞳や褐色の肌は、かなりエキゾチックな雰囲気を醸していた。
背丈などはシノンに来てからゆうに20cmは伸びている。

「いいの? サラ・・・・。」
隣にいた親友のマルレーンが心配そうにサラを覗き込む。
サラは無言でうつむいてしまった。



カーソン家の早い夕餉。
明日も早くから牧場の動物たちの世話や共同作業にかからなくてはならないからだ。

「ごちそうさま・・・・・」
サラが元気なく席を立つ。
「どうしたの? ほとんど手つかずじゃない・・・・・・・。」
エレンが心配そうにサラに聞くが、サラはなんでもないよと力無く笑って、
二階の自室へ帰っていった。

「どうしたのかしら、サラ・・・・・ボーイ、何か知らない?」
「ううん。 なにも・・・・・。」
少年はかぶりをふった。

いつも明るいサラが・・・・少し変だな。
彼はサラの様子が気にかかって仕方なかった。
「僕、あとで様子を見てきます・・・・・。」



「サラ、入るよ?」
コンコンとドアをノックして、少年がサラの部屋に入ってきた。
サラはベッドに突っ伏したままだ。
「どうしたの? なにかあったの?」
少年は手を伸ばし、サラの髪を撫でた。

やわらかい・・・・・・・・
少年の胸はどきっとした。
彼女のふわふわとした巻き毛が少年の指の間を埋めていく。

その時サラが重い口を開いた。
「ボーイ・・・・・・・・」
「な・・・・・なに?」
少年はまるで悪いことを咎められたかのように体をびくっと震わせ、
髪を撫でる手を咄嗟にひっこめてしまった。
少年は自分の心を見透かされたような気がして胸の動悸がおさまらなかった。

「わたし達・・・・いつも一緒よね・・・・・」
「そうだよ・・・・・・・・。 君に初めてあったポドールイのパブ。 妖精の村やグウェインの巣、
それから四魔貴族にアビス・・・・・・・。」
少年は優しい口調でサラに語りかける。

途端、サラの口調が強くなる。
「でもそれは、それは・・・わたしがもうひとりの宿命の子だから?!」
「えっ・・・・・・・・!?」
少年には何も答えることが出来なかった。
それはあまりにも唐突で、あまりにも意外な質問だったから・・・・・・。

そんな風に君のこと、思ったことがなかった・・・・・。
「君の隣に居る僕」が当たり前だと思っていたから・・・・・。

サラはかあっと真っ赤になり、再びベッドに突っ伏してしまった。
「ごめんね、ボーイ。 今はひとりにして・・・・・・・お願い。」
少年はいたたまれなくなり、サラの部屋をそっと後にした。

どうしよう・・・・こんなこと、初めてだから、誰に相談したらいいのか・・・・。
サラはなんで怒っているんだろう・・・・・・・・。
分からないことだらけで、少年は悩んだ。

サラはベッドの上でひとり涙を流した。
馬鹿なサラ・・・・・いつまでも一緒にいられるワケないじゃない。
でも・・・・もし・・・・ひとりの女の子として見てもらえてたら・・・・・・・・・
ずっと一緒にいられたら・・・・・・・・なんて・・・・・・・・・・



翌日は午後から共同作業も休みだった。
少年はある家のドアをノックした。
ほどなく小さな女の子が現れ、嬉しそうに少年を家の中に迎え入れる。
「ママ、ママ、ボーイ。」
その奥からやってくる夫人・・・・・・・。
カタリナ=ベント。
4年前トーマスの許へやって来た、その人だった。

「あら〜。 いらっしゃい♪」
彼女はいつものようにとびきり明るい笑顔で少年の前に現れた。

少年は突然訪問した非礼を詫びた。
「すみません、突然・・・・・・」
「いいのよ、お客様大好き。 今お茶の用意するわね♪ ちょうど今、クッキーが焼けた所よ。」
カタリナはうきうきとした足取りで、キッチンへと姿を消した。
「ボーイ、いこっ。」
女の子が少年の手を引っ張る。
彼女の娘も三歳にして、彼女に似て明るく社交的な性格のようだ。

あたたかいお茶と焼きたてのクッキーの香りが部屋に漂う。
少年は昨日の出来事をカタリナに話した。
カタリナはお茶を一口・・・・そしてぽつりと言った。
「ふうん・・・・あの娘(こ)もそんなお年頃になったのね・・・・。」

少年はその言葉の意味が分からず、カタリナに聞いた。
「あ・・・・あの。 それで僕は一体どうしたら・・・・・」
迷える子羊の少年に、カタリナはちょっと意地悪な瞳をしてせまった。
「カンタンよ。 サラはあなたが好きなの。」
「えっ・・・・・・。」
少年はカタリナのその言葉に驚き、戸惑う。

そんな・・・・サラが僕のことを・・・・・・・・

彼の頬が熱くなる。
胸の鼓動が激しくなる。
「あなたはどうなの? 一人の女の子として彼女が好き?」
少年はカタリナのその問いに無言でうなづいた。

僕たちは正反対な容姿を持つ双子のように見えて、双子じゃない。
まったく別個の人間なんだ・・・・・。

「もしサラを誰にも渡したくないと願うなら、サラにあなたの素直な気持ちを伝えなさい。
きっと彼女もそれを待っているわ。」
カタリナは自信ありげに、にっこりと微笑んだ。
少年はカタリナを挑発するような目をし、少し意地悪に言ってみた。
「・・・・・・・4年前の貴女のように?」

4年前・・・・・・・・あの夕陽が美しい日、カタリナがトーマスに・・・・・・。
あの時の光景がカタリナの脳裏に、鮮やかによみがえる。
そして、カタリナの頬が見る見るうちに真っ赤になり・・・・・。

「ボーイっっ! 大人をからかうもんじゃないのっっ!」
「ごめーん。」
次の瞬間、ふたりは大笑いした。
彼女の幼い娘だけが、なんのことやらといった感じできょとん、と
二人を見上げていた。



その夜、少年は自分の部屋で考えた。

「自分の素直な気持ちを・・・・・・・・」
カタリナさんはそう言った。
もちろん僕はサラと離れたくはない。
これからも・・・・ずっと・・・・・・。

少年はペンにインクを付け、なにやら書き始めた・・・・。



翌朝。
カーソン牧場の早い朝は、エレンの騒々しい声で始まった。

「サラッ!! サラ! たいへんよ!!」
エレンがノックもせずにばたばたとサラの部屋に飛び込んでくる。
まだ眠りの世界にいたサラは、寝ぼけまなこである。

「ボーイが、ボーイが。 居なくなってるのよっっ!!!」

サラはここではっきり目を覚ました。
エレンは少年の手紙をサラに手渡す。

「朝キッチンに行ったら、テーブルの上にこれが・・・・。」

親愛なるミスターカーソン、エレン、サラ。
僕は暫くピドナへ行きます。
収穫祭までには戻りますので、ご心配なさらぬよう。

「ボーイ・・・・・・・!!」
サラは愕然とし、そして自分を責める。
なぜ・・・・・? 
わたしが一昨日あんな事を言ったから?
サラの頭の中は疑問符で一杯になる。

「もう! あんたたち、いったいどうなってるの?!」
エレンは怒りながら呆れている。

収穫祭まであと5日。



それから数日・・・・サラは元気がなかった。
今日は収穫祭の前夜。
月が綺麗な夜。
きっと明日は最高の天気だろう。
カーテンを閉めながらサラはひとり呟いた。

明日は収穫祭・・・・・
ボーイが戻ってくる日・・・・・
でも・・・・本当に戻ってくるんだろうか・・・・・わたし・・・・・嫌われちゃったのかな・・・・・・

布団に入り、考える。
たった数日離れているだけなのに・・・・・・
胸が痛いわ・・・・・

色んな想いがサラの胸に、頭に去来し、しまいには眠れなくなってしまった。

「眠れない・・・・お水でも飲んでこよう・・・・。」
サラは起きあがり、父やエレンを起こさないよう、そっとベッドを抜け出した。

キッチンから明かりが漏れていた。
誰が居るのかとそっと覗いてみると、そこにはエレンが居た。
しかも休暇を取ってシノンに帰省しているユリアンが隣に居る。

おねえちゃん・・・寝てなかったんだ・・・・。

「エレン。 ロアーヌに来てくれないか? オレ、もうエレンと離れているの、イヤだよ。」
ユリアンがエレンを必死に口説いている。
トーマスが先に結婚してしまったので、その焦りもあるようだ。
ユリアンはロアーヌ候ミカエルのガードの一員である。

しかしエレンはユリアンのその言葉をかわす。
「だめなの・・・。 サラを・・・・あの二人を・・・残したまま行けない・・・・。
 お願い。 もう少し待って。 せめてサラを任せられる人が現れるまで・・・・。」

エレンは頑固だ。
それはユリアンもよく知っている。
なんせ子供の頃からのつきあいなのだから。
そして彼女がとても妹思いなところも・・・・・。
サラが可愛くて、ほおっておけないのだ。

ユリアンは仕方ないな・・・・という顔をして
「わかったよ・・・・」とうなづいた。
「けど、今だけは・・・・・いいだろ・・・・・?」
ユリアンはエレンに唇を重ねる。
恋人同士の貴重な時間を邪魔してはいけないと、サラは水も飲まずに部屋へ戻った。

4年前はユリアンと恋人になんかなれないなんて言ってたくせに・・・・・
今じゃユリアンの休暇ごとに逢っているじゃない・・・・・・
いいのに・・・・・わたしのことなんて・・・・・・・・
おねえちゃん・・・・・・

サラは瞳を涙でくもらせた。



収穫祭。

朝早くから人々は農作物の品評会や、家畜のお披露目などに忙しい。
サラやエレンも村人に食べてもらうためのパイ等を焼き終わり、自分たちの支度にかかっていた。
サラもドレスに着替え、エレンに髪を結ってもらう。
いつもの幼いおろし髪を結い上げただけでも、かなり大人っぽくなる。
エレンは髪を結い終わり、
「綺麗よ、サラ・・・・・」 と自慢げに言った。

「さっ。 早く行かないと、ユリアン待ってるよ。 わたしはボーイを待ってるから。」
サラは明るくそう言うと、エレンの背中を押した。
(ほんとは泣きたくなるぐらい不安なんだけど・・・・。)
「でも・・・・・」
「大丈夫。 あとで必ず行くわ。」
窓の外ではユリアンがエレンを待っている。
わたしのために長く待たせたら悪いもの。

エレンとユリアンは楽しそうに村の中心部に歩いていった。
サラはその様子を二階の窓から微笑んで見送った。



時間だけが無駄に過ぎてゆく。
もう昼もとっくに過ぎた。
サラの心の中に焦りと不安が交錯する。

ボーイ、どこにいるの?
今日帰ってくるって・・・・必ず帰ってくるって言ったじゃない・・・・!
サラの瞳から真珠のような涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

その時・・・・ドアが勢いよく開かれ、旅装束の少年が飛び込んできた。
息づかいが激しい。
おそらく慌てて走ってきたのだろう。
「サラ・・・・・。 待っててくれたの・・・・・?」

サラがはっとして振り返り、イスから立ち上がる。

「・・・・泣いてたの・・・・? ごめんね。 昼までには戻れるはずだったんだけど・・・・
 でも今日中に着けてよ・・・・か・・・・」
少年の言葉がそこで途切れる。
サラが少年の腕の中に飛び込んできたのだ。

サラは泣きじゃくる。
「もう・・・・もう・・・・帰ってこないかと・・・・思った・・・・の。」
「サラ・・・・」
少年は突然のことに一瞬戸惑ったが、すぐにサラを抱きしめた。
その腕は今までになく力強く、逞しささえ感じさせた。

「僕は必ず帰ってくる。 「サラのため」に。」
「えっ・・・・?」
「サラ・・・・。 これを・・・・。」
少年は少し照れながら、ポケットの中から小さな布袋を取りだした。
そしてその中には・・・・。

「ゆ・・・・・びわ」
美しい金細工のほどこされた指輪。
よほどの技術がないとこのような物は作れないだろう。

「君に贈り物したくて・・・・ピドナのノーラの所へ・・・・。」
ノーラは気前よく作ってくれたよ。
君に似合うデザインを考えてくれて・・・・。
僕もいろいろ手伝ったんだ。

「君は初めて出逢ったあの頃より、ますます綺麗になっていった・・・・。 
 ・・・・・・君に触れたくて仕方なかったけど。
 けど・・・・・僕は怖かった。 君に触れたら最後、二人の間が壊れてしまいそうで・・・・。」
少年は素直にそうサラに告げた。
サラは頬に手を当て、真っ赤になっている。

「いつも一緒にいるのはもうひとりの宿命の子だからじゃなく、僕が君のそばにいたいと願うから。
 一人の女性として。 サラが好きだよ。」
サラは手に指輪を握りしめ、大好きなひとを見つめる。
「ありがとう・・・・・。 すごくうれしい・・・・・。」
「可愛いサラ。」
少年はサラの額にやさしくキスをした。
サラは瞳を閉じ、幸せをかみしめる。



「サラ。 そう言えば・・・行かなくていいの?」
「そうだ、忘れてた。 ボーイ、行こう。 一緒に行こう!」
サラにいつもの明るい笑顔が戻った。

そう。 それでいい。
サラにはいつでも明るく笑っていて欲しいんだ。
少年も微笑んだ。

サラと少年は、手と手をつないで家の外へと駆けだした。



「さあ、ダンスを始めるよ。 パートナーを早く決めて!!」
司会役の男性が手を大きく振っている。
バイオリンやバンジョーやアコーディオンが鳴り響く。

そこにサラと少年がやって来た。
手と手をつないで。
しかもサラの指には美しい金細工の指輪が光っている。

「サラ・・・・」
エレンは少し驚く。
まさかサラのお相手が本当に少年だとは思わなかったから。
隣にいるユリアンは
「これでエレンが自分の許に来てくれる」 と確信した。

「サラ・・・・」
カタリナは安堵の表情を浮かべる。
隣には髪を短く刈ったトーマスが並んで座っている。

「やっぱりボーイはサラのものね♪」
マルレーンは親友の嬉しそうな表情を見て一安心。
少年を狙っていた女の子達は・・・・・。
「いやあ〜ん(×_×)」 と 嘆きの大合唱。



「やっぱり人間、思い切りが肝心よね〜♪」
キューピット役のカタリナはにこにことご満悦の様子だ。
トーマスはカタリナの肩を抱き、やさしく囁きかける。
「4年前の君のように?」
「・・・・・!! もぉ〜。 言わないでよっ!(*×_×*)」
過去の武勇伝(?)を少年にも言われ、トーマスにも言われ・・・・・・。
カタリナはまたまた恥ずかしさで頬を赤らめる。
トーマスはそんなカタリナが愛しくて、彼女の頬にやさしくキスをする。
「素敵だったよ・・・・♪」
「あら♪」
カタリナはまたまた上機嫌。



サラと少年は踊りの輪の中で生き生きと輝く。
お互いの手と手を取りあって。



思い出の中でサラが少年に話しかける。
「ね、一緒に行こう!」



僕達が出逢ったのは しあわせな未来を作るため
そう・・・・出逢いは運命・・・・・
ポドールイのパブで二人が出逢ったあの時から・・・・・・・



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