ADULT EDUCATION!


「僕と一緒に旅をしようよ・・・・・・。」

シフがそうアルベルトに告げられてから、何週間かが過ぎた。
アルベルト達はサルーインを倒し、世界は平和を取り戻した。
だがそのラストバトルのおかげで緑なすイスマス城は完全に崩壊してしまった。
そのため彼らはローザリアの都に身を寄せた。
そして今、皆それぞれの思いを胸に抱き、それぞれの懐かしい場所へ帰ることとなった。

今夜は、皆が揃う最後の夜。
アルベルト達は酒場でささやかなお別れ会を催していた。

「オレは南エスタミルに帰るけど・・・・おまえはどーすんの?」
ジャミルが聞いた。
「ん・・・・・僕はやっぱりイスマスに戻るよ。 城を立て直したいんだ。」
アルベルトが答える。

しっかし、アルベルトの両親は死んだし、お姉さんは行方不明。
あんな所に帰って、どうするんだろ?
ジャミルはそう思ったが、口には出さなかった。
やはり自分の生まれた土地が一番好きだから。
それはジャミルにもよく分かっていたから・・・・・・。

「じゃっ、気を付けてな。 南エスタミルにも遊びに来てくれよ。
 そのうちまたイスマス城を建て直す手伝いでもさせてもらうよ。」



その頃、シフは夜風に当たっていた。
ほおっと上気した頬を夜風で冷ましている。

「僕と一緒に旅をしようよ・・・・・・・」

アルベルトにそう囁かれた・・・あの時から、あの子のことが気になって気になって。
シフは大きくため息をついた。
いよいよその時が来たのだ。
しかし、シフの心の中にはなにか釈然としないものがあった。

「シフ!」
その時、彼女の背後から低い声がかかり、彼女を呼び止めた。
ホークだ。

世界の海を股にかける海の男、キャプテン・ホーク。
陸に上がったカッパの異名もある。
まあ、それはさておき。
右手にはワインの瓶、左手にはコップを二つ持っている。

「一杯やんないか? 月見で一杯もオツなもんだぜ。」



シフはワインの入ったコップを口に付け、ぼんやりとした様子で言った。
「なんか・・・ちっちゃなひな鳥が巣立ったような・・・・・。 そんな感じがして・・・。 」

「ほーお。 母親の心境だねぃ。 じゃ、お守役ももう解雇ってワケだ。」
ホークはシフの隣で赤いワインで喉を潤しつつ、そう言った。

うそつきシフ。
ほんとはアルベルトに心惹かれているくせに。

「大好きだよ・・・・・・・・・・・・・・・・」
アルベルトに囁かれたこの言葉が、今も頭に残って離れないくせに。

(10才も違う年の子にときめくなんて・・・・変だよ。)
シフは自分自身を否定する。

「なあ、おまえさあ〜。 ここ出たら、どーすんの? やっぱ、バルハラントに帰るのか?」
相変わらず考え事をしているシフに、やおら、ホークが話しかけた。

「いや・・・・まだはっきりと決めてないんだけど・・・・・・。」
ホークの問いに、シフはまた嘘をついてしまう。
ほんとはアルベルトについていきたいのに。

「じゃ・・・・俺と一緒にこないか?」
ためらいがちにホークが言った。

「・・・・・・・・・・・へっ?」
突然のホークの言葉に驚くシフ。

「いや、俺さ、前からあんたのこと気になってて・・・。 もし良かったら・・・・だけどな。」
ホークは照れて、シフのそばから立ち上がり、背中を向けた。

(ホークがあたしのことを・・・・・?)

シフは考えた。

アルベルトはあたしに姉の面影を追っているだけなのかもしれない・・・・・・。
ならばいっそ・・・・・・・。

シフは答えた。
「ホーク。 あんたと一緒に・・・・・行くことにするよ。」



宿に戻ったシフの部屋の扉をアルベルトが叩く。
シフはアルベルトを部屋に招き入れ・・・・・・そして。

「なんだって!?」
ほどなくアルベルトの声が部屋に響く。

「なに言ってるの?」
アルベルトは顔面蒼白である。

「ホークと一緒に行くことにしたよ。 もう一人でも大丈夫だろ?」
アルベルトに背を向けたまま、辛そうに答えるシフ。
その表情(かお)を見られたくなかったのだ。

「なっ・・・・・・・・。 こっち向いてよ。 なんで・・・・・・・なんで・・・・・・・・。」
アルベルトはシフの服の両袖を、ぎゅっと掴んで、自分の方に向かせた。

「わからないよシフ! なに言ってるのか全然わかんない!!」
目をそらしているシフに向かって、アルベルトは叫ぶ。

「あんたはあたしを通して姉さんを見てるんだ。 アルベルト・・・これは恋じゃない。」
「なっ・・・・・・・・・・・・・・」
シフの言葉に絶句し、アルベルトは、うつむいてしまった。

「違う・・・・・姉さんの代わりなんかじゃない・・・・・・・・!」
アルベルトは再び顔を上げ、シフを見た。

「シフだから!!」
その目は悲しいほど真剣で、蒼い瞳には涙をいっぱい溜めている。

シフの決心が揺らぎそうになる。
涙が出そうになる。
「ぐっ・・・・・・・・。」 とこらえる。

「シフだから一緒に行きたいと思ったんだ!!!」
「アル・・・・・・・・」

ばん、と扉を開けたまま、走り去るアルベルト。

シフの言葉が悲しくて。

僕についてきてくれると・・・・今の今まで信じていたのに・・・・こんなのって・・・・。
アルベルトの頬に涙がとめどなく流れる。

(追いかけてどうするつもりさ、シフ・・・・・・・。)
シフは自分の心に叱咤をかける。

金の髪を撫でてあげたかった。
優しく抱きしめてあげたかった。

だけど、出来ない。
あんたとあたしじゃ身分が違いすぎる。
年だって離れすぎている・・・・・・・・・。

お姉さんを盾にして逃げている自分を卑怯だと思う。
自分の心を偽っている自分を卑怯だと思う。
だけど怖い。
アルベルトに好きと言うのが怖い。


ぬらしてしまったあの子の蒼い瞳・・・・・・・・・・。

ごめん・・・・・・・・・・・・・。
ごめん・・・・・・・よ。



翌朝。
シフとホーク、そしてバーバラを乗せた船は、そろそろ出航の時間を迎えようとしていた。

アルベルト・・・・・・・・・・・。

シフはアルベルトのことを思う。
これで良かったのだろうか・・・・・・・いや、良かったんだ。
シフは自問自答し、自分を無理矢理納得させようとした。

潮風がシフの金の髪をなびかせる。

その時。
「シーフ・・・・・」という声が桟橋の方から聞こえてきた。
アルベルトだ。

「アルベルト・・・・・・・・」

きっと一睡もしていないのだろう・・・・・・・。
虚ろで、真っ赤な目をしていた。

「さよなら・・・・・・・・・・・・」
シフはアルベルトに静かに言った。
しかし答えはなく、アルベルトはただぼんやりとシフを見上げていた。

「しゅっこーお!!!」
いよいよ出航の時間だ。

「おっと、ごめんよ。」
人夫が、とんっ、とアルベルトの肩に当たり、やっと彼は正気を取り戻した。

行ってしまう・・・・・・・・・・!!!

アルベルトは桟橋を離れていく船を追いかけた。

「シフーっっ!!!」

(アルベルト・・・・・・・・・・・・!!)
アルベルトの声にはっとし、彼が船を追いかけているのに気付くシフ。

「ばかっっ! 危ないよっ!!!」

(お願いだから・・・・・・あたしを追わないで・・・・・・・!)
シフは心の中で叫ぶ。

「離れなさいッ!! アルベルト!!」
狂ったように叫ぶふたりを見て、ホークが気づいた。

(シフ、アルベルト・・・・・・・・・・・まさか・・・・・・・・・)

アルベルトは桟橋を駆けながら、叫ぶ。
時には人にぶつかりそうになりながら、時には貨物につまづきそうになりながら・・・・。

「シフッ! 僕・・・・・・・・シフが好き! それだけじゃだめなのっ!?
 君と一緒にいたいと願うのは我が儘なことなの・・・・っ?!」
「あ・・・・あ。」 
アルベルトのその一言で、途端、シフの体が、がくがくとふるえだした。

(崩れていく・・・・・・・嘘と・・・・虚勢(ポーズ)・・・・・・)

「自分の気持ちを隠して平然と生きていくのが大人なら・・・っ。
 僕は大人になんかなりたくないッッ!!」

アルベルトの涙の粒が宙を舞う。

(アルのこと、あきらめようと何度も思った!!)

「帰ってきてよッッ!!!」

アルベルトは力の限り叫ぶ。
船上のシフに届くように・・・・。

シフは己の両耳をふさぎ、アルベルトの声を遮断しようとしたが、時すでに遅かった。

「ああああっ! アルベルトッッ!!!」
シフは泣き叫び、その場にへたり込んでしまった。

「シー・・・・・フ・・・・・・!」
アルベルトの声がむなしく響く。

「危ないッ!! 坊主!!」
今にも桟橋から落ちそうな勢いのアルベルトを人夫が止めた。

(シフ・・・・・・おまえ・・・・・)
その光景を一部始終見ていたホークは、シフの様子を後ろから見守っている。

「ふ・・・・・・・・・・・・・・・・」

馬鹿な子!!
どうしてそんな素直な瞳で自分をさらけ出せるのさッ!
シフは甲板の手すりの下にへたりこんだまま・・・・・・・。

ホークが静かに言った。
「行ってやんなよ・・・・・・。 俺は平気さ。 
 だけどアイツは、あんたがいなきゃ生きていけんかもな・・・・。」

(そしてシフ、あんたもそれは同じだ・・・・・)

しかし、その言葉をホークは飲み込んでしまった。
自分の負けを認めたくない、という心がホークの中に少し・・・・あったのかもしれない。

「おまえと別れるの辛いけどさ、また・・・・会えるよな!」
ホークは精一杯の笑顔で、そう言った。

(ホーク・・・・・・・・)

「ありがとう・・・・・・・・・」
シフは体につけた鎧や毛皮を脱ぎ捨て、ホークに向かって微笑んだ。

「またいつか・・・・どこかで・・・・・! キャプテン・ホーク!!」

そう言うとシフは蒼い海へと飛び込んだ。

その様子を見ていたホーク。
「逃がした魚は大きいってか・・・・ふふ・・・。 いい女だったよな・・・・。」

と、その時、ホークの隣に踊り子のバーバラがやってきた。
「良ければ、あたしと一緒においでよ。 いい気晴らしになると思うよ。」
バーバラのホームタウンは旅芸人一座である。
こういう時、仲間がいてくれてよかった、とホークは思うのだった。

「ああ・・・・いいかもな・・・・。 ありがとう、バーバラ。」
ホークは海を見ながらそう言った。



海に飛び込んだシフは、先ほどの港を目指して泳いでいた。

「思ったより海の水が冷たい・・・・・泳ぎ切れるか・・・・・」
シフの強靱な体力を持ってしても、この遠泳はきついようだった。

そのころアルベルトは人夫とふたり、港に佇んでいた。
彼の蒼い瞳は依然濡れたままである。
人夫は、「坊主、元気出せよ。」 と、しょんぼりするアルベルトの肩をたたいた。

とその時、海を見る人夫の目に何かが映った。
「・・・・・! 人だ! 人が泳いでくる!!」
その声にアルベルトはハッとして顔を上げる。

「・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・!!」

「 シ  フ!!!!」

アルベルトの蒼い瞳に力強い輝きが戻った。

「ボート出せ! ボート!!!」
人夫が叫ぶ。

アルベルトの頭には、あの小さな影がシフであると確信させる何かがあった。
そして次の瞬間、アルベルトはすべての重装備を解除していた。

「僕も行くよ!」

アルベルトは海に飛び込んだ。

「待て、坊主! 危ない!!」
人夫の言葉もアルベルトには届かなかった。

シフ・・・・・シフ・・・・・
アルベルトは懸命に泳ぐ。

その頃シフは・・・・・冷たい海に身をゆだねゆく、まさにその最中だった。

(冷たい・・・・・・・・・・もう・・・・・限・・・・・・)

体に力が入らない・・・・・。
もうここで自分は死ぬのだろう・・・・・・。
薄れゆく意識の中で、シフはそう思った。

(死ぬ前にあの子にひとめ会ってあやまりたかったな・・・・・・)

と、その時誰かがシフの手首を掴み、海の上に引きずり出した。
シフの目の前には必死な顔をしたアルベルトがいた。

(アル・・・・・? これは・・・・まぼろし・・・・・・・・・・?)

そう呟くとシフは気を失った。

「シフッ!!」

船で後を追いかけてきた人夫のロープが、アルベルトに投げかけられる。
アルベルトは気絶したシフを船に上げ、人夫にお願いし、大急ぎで港に戻ってもらった。



自分の心を偽って生きていくなんて・・・・出来ないよ・・・・・・・

ああ、アルベルトの泣き顔が目に浮かぶ。

海の底の蒼い蒼い色は・・・・・・ぬらしてしまったあの子の瞳・・・・・・・・・・

ごめんね

もうどこにも行かない・・・・・・・

泣き虫だね、アルベルト・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・・・ここは・・・・・・」
シフが目覚めたとき、そこは人夫の家のベッドの上だった。
傍らにはアルベルト。
いすに座り、ベッドに寄りかかったまま、すうすうと寝息を立てている。

「まあ、気づかれたのですね。 良かった。」
若い娘がシフに話しかける。
人夫の娘のようだ。

「父とこの方があなたをかかえて帰ってきたときは驚きました。」

そうか・・・あれは夢じゃなかったのか・・・・
海の中でみたアルベルトは・・・・・

「この方ね、あなたを助けるために自ら海に飛び込んだんですって。」
娘はアルベルトにふわり、と毛布をかけた。

シフの胸の中に、なにか暖かいものが流れてきた。
自分の傍らで静かに眠るアルベルトを見ていると、涙がこぼれそうになる・・・・・・。

「あなたたちは本当に相手の方のことを思い合っていらっしゃるのですね・・・・」
「ええ・・・・・とても・・・・・。」
女性の問いに、シフは己の心のままそう答えた。
その顔に迷いの影は、もはやなかった。

アルベルト、早く目を覚ましなよ。
いろいろ話したいことがあるんだ。
ほんとは・・・・・・・・ほんとはね・・・・・・・。



「ありがとう、おじさーん!!」
翌日、親切な人夫に別れを告げ、アルベルトとシフはイスマスに向けて出発した。

遠くなっていくふたりを見て、人夫は言った。
「しかし、おどろきだぁな、あのふたりが夫婦だなんて。 てっきり姉弟かと・・・・。」
娘が答える。
「あら、おとうさん、今は女の方が年上でも全然かまわないのよ?」
「そっ、そーゆーもんなのか?」
「もう、お父さん、古いんだから!」
二人は楽しく笑いあった。



ぴょんっ。
足下を何かが横切った。

「うさぎだぁ!!」
アルベルトがはしゃいで、うさぎを追おうとする。
シフは半ばあきれ顔でアルベルトのマントを引っ張る。
「アール。(^_^;)」

「なに?」
「あのさ、今日の日暮れまでに隣町に着かなくちゃいけないんだよ。」

「わかってるって・・・・・。」
アルベルトはくすっとわらって、やがてなにごとかをひらめいた。
咄嗟にアルベルトはシフの腕に子犬のようにまとわりついた。

「じゃっ・・・・さ、僕がどこかへ行ってしまわないように、腕組んで! 腕。」
「えーっ!(◎-◎;)」
シフは赤くなりながらも、その腕をほどかなかった。

アルベルトがシフを見つめながら、言う。
「シフ・・・・・。 シフ、戻ってきてくれてありがとう・・・・・・」

シフは、この可愛いアルベルトを少しからかってやろう、と思った。

「はーん。 誰かさんが泣くから、帰ってきてあげただけだも〜ん♪」
ウィンクして、ちょっと意地悪を言ってみた。

アルベルトはムキになって怒る。
「あー! そういうこと言う!! 素直じゃないんだからっ!!」

「むぅ。」
ついには顔面をふぐのようにふくらませてしまった。
シフはそんなアルベルトを可愛いと思った。

「う そ。」

と、シフは悪戯っぽく微笑み、彼の頬にキスをした。
アルベルトは突然の贈り物に驚き、顔をまっ赤に染めた。

「ほんとはね・・・・ほんとはアルのこと、とてもとても好きなんだ。 
 自分の命を懸けて海を泳いでくるほど・・・・・ね。」

「シフ・・・・・・」
アルベルトの蒼い瞳に涙が溢れ、うるうると潤んでくる。
シフに話したいことは沢山あるのに、幸せが胸が一杯に溢れてきて、言葉が出てこない。

「でも、泣き虫はもう卒業しなくちゃ。」
シフは、アルベルトの涙をそっとやさしく人差し指で拭って言った。

「な・・・泣いてなんか・・・っ。」
シフに痛いところを指摘され、かぶりを振るアルベルト。

(行こうよ、イスマスへ・・・・・・・。 そして二人で築くんだ。)

ふたりは仲良く腕を組んで歩き始めた。



ともあれ、シフとアルベルトは、イスマスへと足を進ませることとなった。


緑のイスマス・・・・。
エロールのご加護のあらんことを・・・・。



ADULT EDUCATION・・・・そのまんま、「大人のお勉強」です。
このタイトルはホールアンドオーツの歌のタイトルからいただきました。
アルはまだまだ子供で、人前で大きな声で叫び、泣き・・・・・。
大人になると感情を心の奥底にしまい込む場合も多々あるのですが・・・・。
それでもそんな純な感情も持っていていいと思うんですよね。
まあ、アルのように「そればっかり」でも困るのですが・・・・・・・。
アルは少しだけ「おとな」になれたかな・・・・?



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