舟は右へ左へと曲がりながら下って行く。みぎへ大きく曲がると「うわぁ!」と小さな声でSさんが感歎される。 何を感歎されてるのだろう?と思っていると、「水の色が何とも言えない程、深い色をしているんですよ。」と教えてくれた。 水深が15メートルぐらいと言う「大曲 曲がり渕」と言う渕だそうである。 見えない私でも神秘的な雰囲気だけは感じ取る事が出来た。 しばらくすると、北山杉があって京都らしい雰囲気のする所らしく愛宕山は後ろに見えているそうである。 オードリーが急にお座りしてブルブルしながら、「又来るよ、来るよ」と私に訴え出した。 と間もなくスルスルスルー。 この川で一番最初に朝日が当たるところから「あさ日の瀬」と呼ばれる急流であった。 オードリーは、小鮎の滝のスリルある急流を経験した頃から、急流が間近に迫っている事を察知できるようになってしまったようである。 「オードリーが何か言いたそうに、えみさんを見つめていますよ。」とSさんが言う。 「もう直ぐ来るよ、大変だよ!」と訴えているのである。 慣れるしかないけれど、オードリーは慣れないだろうな。 「大丈夫、大丈夫。」と撫でてあげるしか方法はない。 やっと落ち着いた頃、おお!と歓声が湧き起こった。 「何が起きたの?」と聞くと、「船頭さんが、棹を岩の棹の跡に、うまく突かれて命中したのですよ。」と教えてくれた。 すごいなあ!動いている船から3メートル以上もある棹を命中させるのだから。 そんな事を思っていたら、又、「あぁあ!」と前の方が騒いでいる。 今度は的に外れたらしい。 棹捌き、一人前になるまでには、かなりの年数を要するのだろうな。 この川で一番の巨岩の所へ来た。 岩を動かそうとして、動かせなかった人の名がつけられたと言う、孫六岩。どれくらいの大きさなのだろうか? 丹波と山城の境である鴎谷を過ぎて、山城に舟は入って行った。 愛宕山は前方に見えているらしい。 しばらく下ると、「前方にアーチ型の橋が見えてきました。あれが保津峡駅です。」 「つり橋が見えてきました。これが昔の山陰線の保津峡駅で、現在のトロッコ保津峡駅です。」と説明された。 写真が回されて来た。川下りの写真で、記念に写して下さるとの事で、希望者は家まで郵送してくれるらしい。Sさんに住所と名前を書いてもらった。 右前方上にパラソルがあり、そこにカメラマンがいて、そこへ来たら写してくれた。
昨日散策した嵯峨野に来た。 岩場を進んで行く。書物を積み重ねたような書物岩がある。 この辺の岩場はとても素晴らしいそうである。 しばらくするとカエルが背中を見せているようなカジカ岩がある。 「お猿さんのように私みえたけど・・・。」とSさんが言った。 舟は慎重に岩と岩の間を抜けて行っているようである。 両岸が狭くなっている猿鳶と言われる所を過ぎると、「前方にトロッコ電車唯一の鉄橋が見えてきました。これは明治32年に開通されたものでかなり年数も経っているものです。」と説明してくれた。 又トロッコ電車の走る音が近づいてきた。 「こんにちはぁ」と、手を振り合うと暖かい気持ちになるから不思議である。 今度は逆方向へ走る電車だったので、あっと言う間に行ってしまった。 「前方に赤い鉄橋が見えて来ました。これが嵯峨野線の1番目の鉄橋です。」と教えてくれた。 しばらくして、又スルスルスルーと急流。下って後ろを振り向けば、そこにはらいおん岩。 「ホント、ライオンに見えましたよ。」とSさんが言った。 又急流、スルスルスルーと下ると嵐山であった。 後ろから愛宕山も見送ってくれていると言う。 ここは嵐山遊園地になっていて、屋形船やボートがいっぱいだそうである。 屋形船が近づいて舟とくっ付いた。 屋形船のエンジンで、こちらの舟も一緒に進む。 焼きイカ、御手洗団子、おでん、飲み物等が売られていた。 私は、御手洗団子と缶ビールを買った。 肌寒く感じると言うのにビールである。 どうしても、舟に乗ってビールというのを味わってみたいと思っていたからである。 のんびりと舟上でのビールを楽しむ私。 と言うのはちょっと違って、ビールを飲むには肌寒かったのだけれど・・・。 ここではボート乗りを楽しんでいる人もいっぱいいたようである。 オードリーは、やれやれこれで安心と思ったのか、落ち着いた様子である。 いよいよ終点の船着場である。 急流のスリルや、神秘的な渕、岩のゴツゴツした舟底の感触、深い峡谷の澄んだ空気、自然がいっぱいの保津川下りは、やはり外国からの観光客も多いはずだなと思った。 念願だった保津川下りを体験できてとっても幸せ! 舟を降りたとたんに、晴れて暖かくなって来た。もうちょっと早く晴れてくれたらビール美味しかったのになあ。 15分で荷物を預けていたコミュニティ嵯峨野に着いた。 駐車場へオードリーのトイレをさせに行った。 あれっ、可笑しいな、もっと多くの量をするはずだけど・・・。 「えみさん、オードリーに水飲ませていいですか?」と訓練しのYさんが言った。 「お願いしま〜す」とオードリーに飲ませてもらった。 Yさんに舟の中でのオードリーの様子を話した。 「洗面器の大きさの器の半分ぐらいの水、全部飲んでしまいましたよ。まだ飲みたそうにしていますよ。」とSさんが教えてくれた。 「ええっ!そんなにのんじゃったの?」 ブルブル震えていたオードリーは水分をかなり消耗していたのだろうな。 良かったねぇ、オードリー。 ここのコミュニティ嵯峨野で昼食を用意して下さっていた。 昼食を食べれば、全ての予定は終了。 「又会いましょうね。」「お元気で」と一人、又一人とさよならして行った。 私は、嵯峨嵐山駅までSさんに送ってもらった。 「色々とお世話になりまして本当にありがとうございました。」とお礼を言ってお別れした。 家に帰りついたのは、午後3時半ぐらいであった。 オードリーは疲れたのだろう、ホッとしてグッスリ眠りを貪っていた。 終り。 「後書き」 10周年記念「つつじの会」研修・交流会と言う事で、会長さんを中心に京都のユーザーの方々が、何回も会合されて計画して下さったと言う。 ひと月前には、亀岡の朗読ボランティアのコスモスの会の皆様方が、散策する嵯峨野や哲学の道の案内をテープに吹き込んで送って下さっていた。 そのテープの中に、20年前まで保津川下りの船頭さんをされてたユーザーのYさんが、詳しく説明して下さっているのも入っていた。 そのお陰で、嵯峨野の散策や川下りの楽しみが何倍も増大したのは言うまでもない。 テープに吹き込んで下さった船頭さんをされてたYさんがユーザーの方であると、わたしが知ったのは、懇親会の時だったのである。 この実施にあたり一般のボランティァさん方を募集されたら、多くの方々が協力して下さったと言う。本当に感謝せずにはいられない。 「つつじの会」に賛助会員として、ワンコートクラブの方々、パピーウォーカーの方々、繁殖ボランティアの方々、引退犬ボランティアの方々も支援して下さっている。 多くの皆様方のお陰により、普段、旅など感嘆には出来ない私にとって、これ程有難い事はないと感謝感謝である。 今回も多くのボランティァさん方にお世話になった。 「クイール」のパピーウォーカーさんをされていた、仁井さんにも、とてもお世話になった。 この嵯峨野の散策で、食事の後に言った順番がこんがらがって来た時、教えてもらったのも仁井さんなのである。 散策の時1班のグループを見守って誘導して下さっていた。 関西盲導犬協会の職員の皆様もそっと見守って下さっていた。 旅も職員の方々が見ていて下さると、何十倍も安心なのである。 多くを話されないが、犬の様子やユーザーの様子をしっかりと観察されていらっしゃるのだと私は感じている。 これはと思う時にそっと手助けして下さっている事からもわかる。 楽しかった交流会。オードリーとの思い出が又一つ出来た。 吸水タオル、犬の形をしたクッキー、小学生からは、が点字の手紙と手作りのペンダントと箱をお土産に頂き、本当にありがとうございました。 支援して下さった多くの皆様に感謝を申し上げてこの旅行記、終わらせて頂きます。 本当にありがとうございました。 だらだらと書いた旅行記、最後まで読んで頂ありがとうございました。 2005年10月22日
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