一息ついて活力を補給した1班の一行は、祇王寺へと歩いて行った。女性の人はこの祇王寺の見学を楽しみにしているようであった。 ボランティアのOさんもこの祇王寺の見学を楽しみにされていた。 私も同じである。 細い道を上って行くと、苔や草の匂いがして、鬱蒼とした感じがする。 祇王寺は、竹と楓が綺麗な所らしい。 「彼岸花が咲いていますよ」とOさんが教えてくれた。 彼岸花と言えば、田舎で過ごした子供時代を想いだす。 通学路の田んぼの畦道にいっぱい咲いていた。 ここには白い彼岸花も咲いていると言う。 「「草の匂いと言うか、苔と言うかそんな匂いがしますね。」と言ったら、「周りは竹やぶですよ」と教えてくれた。 竹を触らしてもらおうとお願いしたら、そこへは入れないらしい。 竹やぶの中に、ひっそりとした感じで、姉の祇王・妹の祇女・母の木像や、墓、 仏御前の木像・清盛の木像と、供養塔などが安置されている草庵があった。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」
___平家物語に出てくる平清盛と2人の女性のはかない恋物語___ 京の都に、白拍子の姉妹がいた 姉の祇王は清盛のご寵愛を受けていた。 妹の祇女や母も幸せに暮らしていた そこへやって来た仏御前という白拍子。 清盛は仏御前に心奪われて、仏御前を寵愛するようになった 祇王への愛はどんどんさめていき最後には館を追い出されてしまう 萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の花 いづれか秋に あわではづべき と、障子に書いて、祇王は館を出る。 そしてしばらくして、清盛から、お呼びがかかる。 仏御前の退屈しのぎに舞を舞って欲しいと・・・。 祇王は堪えて仏御前の前で舞う。 その後祇王は21歳で妹の祇女は19歳、母と共に髪を剃り、この地で尼となる。 しばらくしてそこへ、仏御前も出家してここへ来る。17歳だったと言う。 その後、祇王、祇女、母、そして仏御前の四人の女性は念仏三昧の余生を過ごしたと言うのである。 尼となった女性がひっそりと寂しく過ごす所は、こんな感じの所だったんだなあと、哀れを誘う。 何とも言えないわびしさを感じた。 次は、俳人で松尾芭蕉の門下の一人であった、向井去来が閑居した跡だと言う、落柿舎「らくししゃ」へ行った。 商人が庭の40本の柿の買い入れを決めて代金を置いて帰ったけれど、その夜の嵐で柿の実が全て落ちてしまったことから落柿舎となったそうである。 門を入った、壁に、主人の在宅を知らせる、蓑と笠が掛けられている。 旅に出ている時は、蓑と笠を持って行くから、掛けられてはいないので、留守である事がわかる。良く考えたものである。 松尾芭蕉も、この落柿舎を訪れていたと言う。 「五月雨や 色紙へぎたる 壁の跡」 また嵯峨日記を記したのもこの落柿舎だと言う。 庭には柿の木があって、柿の実が成っていた。 触ると、まだ小さかったけれど、何となく裕福な気持ちにさせられた。 庭に腰掛ける所があったので、おしゃべりを楽しもうとしていたら、数分で出発となった。 ここの周囲は、畑が広がっていて、とてものどかな風景らしく、それを肌で感じる事が出来た。 次は、百人一首の選者、藤原定家の時雨亭があったと言われている、常寂光寺へ行った。 常寂光寺は、小倉山の中腹に、本堂、妙見堂、多宝塔などが並んでいて、常寂光土に遊ぶような風情があるところから、常寂光寺と名がつけられたという。 仁王門から石段への参道の紅葉は素晴らしいらしい。 「うわぁ!急な石段がずーっとありますよ。」とOさんが言った。 石段の上は、空だと言う。 それで、かなり急な石段がずーっとあるんだなあと想像する。 上れるかなあと、心配になって来た。 ちょっと上るのは大変と思われたのか、その横の方にある不規則で緩やかな石段の方へ、班長さんは連れて行って下さった。 内心ホッとする。 いくつもの石段を上って行った。 「うわぁ!と声を出されたぐらいだから、かなりあるのだろうと覚悟していたので、意外と直ぐに着いたように思えた。 高さ12m余の多宝塔が、空に聳え立っていると言う。 多宝塔ってどんな形をしているのだろう? ああ、見てみたいと思うが影も形もわからない。 8年前だったら、空に映る塔の影がおぼろげに見えていたかもしれないのだが・・・。ウーム残念! まあ仕方ない。これは見てみたかった。 少し歩いた所で皆が止まった。うわぁ!と又歓声が聞こえた。 嵯峨野が見渡せて素晴らしい展望だそうである。 見える人は皆、その展望を楽しんでいた。 ここは、小倉山の中腹にあるから、さぞかし素晴らしい眺めだろうな。 素晴らしい眺めに、皆、気を取られていた隙に、オードリーはこっそりそこを流れていた水を、「これが飲まずにいられますか」とばかり飲んでいたのである。 「オードリーが溝に溜まっている水を飲んでいますよ」 「ええっ!駄目よ。飲んじゃ」と言ったら、もうかなり飲んでいたと教えてくれた。 ちっとも気付かなかった。 まさか、こんな所に水があったなんて想像もしていなかったからである。 ハーネスは持たずにリードだけ持っていたので、オードリーの動きがわからなかった。 汚れた水かと思い、「お腹こわしたらどうしよう」と言ったら、湧き水が流れて溜まっている水だから綺麗だと聞いてホッとする。 かなり歩いているし、晴れてたし、そして、美味しそうに飲んでるオードリーを見て、飲ませてあげようと、そっとしてあげて下さってたのだろうな。 「世の中に、こんな美味しい水があったなんて!! 喉もカラカラだったし、おお!何と幸せ!! えみも、眺めに見蕩れている周りの様子に、熱中していてくれて良かったわぁ。 めっちゃ美味しかった、やったね!!ニコニコ。 オードリーは、良かったねぇ。 対する私は、監督不行き届きの汚点が一つ又増えてしまった。ウーム! 続く。 2005年10月6日
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