7。20年ぶりのクラス会。その5。



いよいよ見学したいと思っていた盲導犬用トイレへと向かう。
以前あったスポーツセンターの近くだと言う。
Sさん姉妹が前もって調べていて下さったのである。

なんと、街のど真ん中に出来ているではありませんか。
まずはこれに驚いてしまった。

盲導犬用トイレの写真

ドアを開けると、右側から、トイレの説明が音声で流れてくる。
これは良く考えているなあと思いながら、一緒に入ったNさんに色々と説明してもらう。

左手に荷物を置く場所があり、その先に手荒いがあって、水を飲ませられる様に、ひしゃくが添えてある。
広さは縦長になっていて、3畳くらいの広さで、その内の先の2畳ぐらいのスペースの所が、トイレをさせる場所になっている。

床を触った感触では、金属板みたいで、格子模様のような感じでザラザラしている。
水はけが良いように考えているのだろうな。

壁は、腰くらいの所から上は透明なガラス、外から丸見えだと、説明してくれた。

オードリーに指示しておしっこをさせる。
外が気になるのか、そわそわして、トイレの床から出てしまい、やってはくれない。

「私がいるからかな?」と、Nさんは外へ出て行った。
もう一度なだめながらやらせたところ、やってくれた。
オードリー、グーッド!良かった!良かった!
良い子だねぇ。

その後、水を流すためのボタンが入り口の胸の高さぐらいの所にあったので、押したところ、ものすごい水の音。

トイレをさせる場所の2畳ぐらいのスペースを4等分した感じで、4箇所を別々に時間をずらして水が流れ、全部を流したら又、もう一度、4等分した場所をそれぞれ水が流れると、Nさんが教えてくれた。
うひゃー、水がもったいないなあ!これが私の感想。

このトイレは、多くの方々の寄付によって出来たものなんだと思ったら、もったいないやらありがたいやら・・・。
道行く人々が、ここは何だろうとオードリーと私の様子を見ながら歩いて行ったようである。
珍しいのだろうな。
街のど真ん中に盲導犬用トイレがあると、本当に便利である。
Yさんがこの時、携帯電話で写した写真3枚を添付ファイルで送って下さった。
トイレでおしっこしているオードリーの写真
トイレの中の写真


帰りの新幹線の時刻が迫っていた。
地下鉄で博多駅へ。

Tさんは、「楽しかったですね、お気を付けて」と、長崎方面乗り場へと急いで行った。
新幹線改札口へ着くとお土産を買わなくてはと、妹のNさんが、「改札口の前で待っていて」と、売り場へ走って行った。
その間、私たち3人はぺちゃくちゃとおしゃべり。
すると、昨日ホームから地下鉄乗り場まで案内して下さった駅員さんが、「お帰りですね」と声をかけて来て、私の乗車券を持って行かれた。
どうやら姫路での乗り換えの手配の連絡に行かれたようである。
良く注意して見ていらっしゃるのだなと感心させられた。

Nさんが買い物から帰って来た。
辛子明太子とお菓子を頼んで買って来てもらった。

先ほどの駅員さんが、「姫路での乗り換えは連絡しておきました」と、乗車券を返して指定席まで案内して下さる。
その代わり、ホームまで送って下さったYさんにお礼を言う機会を見逃してしまった。
福岡のYさんとは、窓越しにコツコツと叩く音でさよならの挨拶であった。

Sさん姉妹は、3号車だったので、下関までそちらへ移った。
アッと言う間に下関に着いてしまう。
色々とお世話になったSさんと妹のNさんが降りて行った。

帰りもサイレンスカーの指定席である。
姫路で乗り過ごさないように気を付けていなくてはならない。

乗務員さんが乗車券の点検に来た。
隣の席の女性に、「姫路に着いたら教えてあげて頂けますか。私も参りますけれど。」とお願いされていた。
私は申し訳ないなと思いつつ、隣の女性が、「はい、良いですよ」と答えていらっしゃるのを聞いてホッとした。

静かに揺られていると、いつの間にか眠ってしまうものらしい。
オードリーも私に合わせたようにグッスリ寝ていたようである。

ハッとしてここはどの辺かと時計を見ると、姫路に後5分で着く時刻。
「もう直ぐ姫路ですよ」と隣の女性。
寝ぼけながら急いで降りる準備をしている所へ乗務員さんが、「姫路です」と席まで来て下さった。
隣の女性にお礼を言って、あわてて降りる私。
サイレンスカーは、乗り過ごしに要注意である。

姫路からは、山陽本線の新快速に乗り換える事にした。
ここの駅は私には良くわからない。
駅員さんに、新快速乗り場まで案内してもらい、家に帰り着いたのは19時を回っていた。
こうして、懐かしく、楽しかった20年ぶりのクラス会の旅は終わったのであった。 終。

「後書き」
20年という歳月、かなり昔にも思える。
インターネットの普及がなければ、今回のクラス会へ行ったかどうかわからない。

Sさんから、「私もメールを始めたよ」と電話がかかって来た。
これがきっかけとなって、クラスの数人がパソコンをやりだした事を知ったのである。

ご無沙汰していた私は、20年振りにメールで会話をする事になった。
そして懐かしい皆様に会いたいと言う気持ちがつのって来たのである。

そんなところへクラス会への招待のはがきが届いた。
福岡まで行くのは遠いけれど、参加する事にしたのである。

クラスは全部で26名であった。
今回は11名の方が出席されていた。

何人か亡くなられた事は知っていたが、その時に初めて亡くなられていた人の事も知った。
5人の方が、もうこの世にはいらっしゃらない。
来られなかった方々の様子も教えてもらった。
20数年前の若かった皆様と接した3年間が懐かしく想い出されてくる。

それぞれにそれぞれの人生をその人なりに生きていらっしゃった。

人生の半ばにして中途失明という事態に遭遇し、家族の柱として生活されていた方がほとんどであった。
そのご主人を支え、一緒に歩いて来られた奥様や家族の方々である。
皆様、とても優しい方々ばかりである。

そして今、再び仕事に、地域の活動に、色々と活躍されている。
その姿は、とても光り輝いて見えた。

クラスの皆様の益々のご健康とお幸せを願いながら、旅行記、おわりとしたい。

最後に、幹事をされてたSご夫妻、そして何から何までお世話になったSさんご姉妹に感謝致します。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。
2004年5月5日。


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