日韓、盲導犬使用者交流会と韓国旅行。「3日目前半」



その11。

その12。

その13。
その11。
5時15分起床。
ベランダに出てみると、雨は降ってはいない。とても爽やかな朝であった。
オードリーの食事、トイレをさせて、もう一枚持って来たピンクの花柄のコートをきせかけていたが、そうだ、Nさんから頂いた、フリルのついたコートを着せよう。
今日は又飛行機に乗るものね。着せるととても軽い感じで、本当に可愛らしい!!
材料費だけで分けて下さった。とてもラッキーであった。

Kさんが迎えに来てくれる時刻が近づいてきた。
ちょっと、この部屋も掃除しなくてはならないし、朝食を食べていたら、間にあわないなあ。
と感じたので、Kさんに電話して、「朝食は食べないので、7時15分頃来て欲しいとお願いした。
粘着テープと、毛をとるペーパーで、リビングを掃除である。
時間はたっぷりあるので、ゆっくりとできた。
今日は、昼間は暑くなりそうなので、半袖の上に薄い長袖のジャケットを着る。

7時15分、Kさんが来てくれた。
部屋が綺麗になってるかを見てもらった。
「大丈夫綺麗になってるよ」と言いながら、洗面台の上においていた、ミネラルウォーターの空のペットボトルを、くず籠に入れてくれた。
3本ある中の一つはKさんがオードリーにプレゼントしてくれたものである。
大きな荷物をKさんが持ってくれた。
バスのトランクに入れてもらった。

オンドル棟を出た所で、おそどさんが言った。
「オードリーはとっても可愛い!」と。
「これNさんにいただいたんです。とっても可愛いでしょ。」と私。

バスに乗る前に、もう一度オードリーのトイレである。直ぐにしてくれた。
7時30分、バスは再びソウルへと向かう。
バスの中では、窓側に私、隣にKさんがいつも座っていた。
オードリーは、目をみつめて、Kさんがニコッと笑うと、安心したように足に顎を乗せていたと言う。
Kさんも犬を飼っている方で、動物好きな人であった。

おそどさんの企画されている海外旅行のトラベルボランティアとして、世界一周もされたそうである。
英語と中国語は日本語と同じように話せるし、フランス語も話せると言う。
韓国語はまったくわからないと話されていた。
手話もされてるし、車いすのボランティアもされてると言う。

美容師として、NHKの専属であったという。
私の化粧を見て、頬紅は、ここじゃなくて、こちらの方から上にした方が良くなると教えてもらった。

色々と話している内に、途中で、ガイドさんが言った。
昨日の私たちの事が、韓国の新聞に大きく出ていると・・・。
「新聞は400ウォンだけど、欲しい人手を挙げて。」と。ほとんどの人が手を挙げていた。
勿論私もである。
記念に買っておこうと思ったからである。

バスは、ソウルオリンピックのあったスタジアムの横を走って行く。
道路は8車線で真っ直ぐ、続いていると説明してくれた。

これから、ハンガン「漢江」のクルーズを楽しむのである。
ソウル市を南北に分けて、緩やかに蛇行しながら流れる漢江(ハンガン)は江原道三陸から黄海に注ぐ全長514kmの大河で、一番河巾の広い所は1km以上あると言う。

冬に、河が凍った事があって、その時には、あちこちの学校でスケートの練習をこの河でやった事があったと話してくれた。
中の島、ヨイド島から、ロッテワールドに近い桟橋、チャムシル「蚕室」まで、約1時間のクルーズを楽しむのである。

桟橋についた。バスを降りると、新潟から参加のKさんが、声をかけてくれた。
獣医のMさんも来られた。
いつも交流会には、自費で参加され、何かと私たちの事を見守って下さる警部さんと獣医さんである。
再会を喜ぶ私。
このKさんとMさんが同行してくださるので、とても安心である。
記念の写真を写してもらった。
「じゃ、又」と、警部のKさんと獣医のMさんが、新潟の人達の所へ帰って行かれた。

ボランティアのKさんに、適当な所を探してもらって、オードリーのトイレである。
直ぐにしてくれるので、とても助かる。
オードリーは良い子だねぇ!!

桟橋には、屋台の店が並んでいると言う。
何か食べようかなとボランティアのKさんに言ったのだが、止めた方がいいかもと・・・
現地の珍しいものを食べて、お腹でも壊されたら大変と思われたのかもしれない。
しばらくベンチに腰掛けて、河から吹いてくる風を楽しんでいた。
後でわかった事なのだが、ここで、蚕のサナギを食べた人も多かったようである。
残念ながら、私にはそのチャンスがなかった。
チャンスがあったとしても、食べてたかどうかは、わからない私。

クルーズを楽しむ前、ハンガンとソウルの街をバックにオードリーと私の写真

いよいよ、遊覧船に乗る。
オードリーは上手に誘導してくれた。

船はパリのセーヌ川を行くバトームーシュに似た2階建ての総ガラス張りであると言う。
私たちは2階の船室であった。
前方には、スクリーンがあって、韓国の名所や歴史等を写していた。
隣に座っていた、奈良から参加のYさんとその家族の方とイカを食べながら、色々と話をした。
Yさんは学生さんであった。

デッキに出てみた。
中にいるより、船に乗ってるという実感が湧く。
そこへ、新潟のKさんが、ビールを持って来て下さった。
隣に座っていた関空から一緒のSさんと、半分コして頂いた。
ハンガンの風に吹かれて、飲むビールはとっても美味しかった!!
もっと話していたかったのに、船は目的地のチャムシルに着いてしまった。

その12。
チャムシルから、バスで、ナンデムンシジャン「南大門市場」へ着いた。
ナンデムンシジャンは、朝鮮王朝時代から600年近く続く、もっとも韓国らしい市場で、朝4時頃から、小売商の人達で、ごったがえす。1日に、約50万人の人が行き来して、その熱気や喧騒は、パワフルであると言う。
ここで買い物を楽しむのである。
にぎやかなところが苦手で、迷子になりそうな盲導犬は、必ずバスに残してくださいと、しおりには、書かれてあった。

どうしようかと迷ったが、連れて行く事にした。

ここでは、単独参加した6名のユーザーのサポートは、添乗員の方がするので、トラベルボランティアの方々は自由に買い物を楽しんで下さいという事になった。

バスを降りて行くと、オードリーがグイグイ引っ張って行く。
Rさんがいるなとわかる。
そこで、おそどさんが「誰と誰を組みましょうか」と言われた。
前に会長とRさんの話し声が聞こえていたので、このチャンスを逃したら、話す機会はないと思った私は、「私、Rさん」と即言ってしまった。
「それじゃ、えみさんは、Rさん」と決定である。
これまでに、あまり話せてはいなかったので、1時間、一緒にいられる機会を得た私は、とても嬉しかった。

ところが、Rさんが言った。
「オードリーは、バスに置いて来た方が良い」と・・・
どうして?、オードリーもとても喜んでいるのにと思ったが、何か考えての事だろうと、それに従う事にした。
「オードリー、お留守番してね」と、又バスに戻って座席の下にステイさせて来た。

Rさんは、Sさんと私の二人を手引きする事になったのである。

ガイドさんの後から付いて行った。
あまり奥に行って迷子にならないように、私の行く所の範囲で買い物をして下さいとも言われた。

韓国のりを、試食して下さいと、歩いて行くと、次から次に手に渡してくれる。
それぞれに味が違うのである。
昨日いっぱい買ったので、韓国のりはもう要らない。

今度は高麗人参飴を手に渡してくれた。
食べると薬のような味がするが、美味しい。
変わった味なので買う事にした。
50個飴が入って5000ウォンであった。
Sさんも学校の生徒に買って帰ると言うので、「二つ買うから負けて」と言ったら、飴を5・6コ手に乗せて、これがオマケと・・・
思わず吹き出してしまった私。
楽しいから二人とも、買ってしまった。

SさんはTシャツを私はウナギの皮で作られた財布を買った。
この財布を買う時、手話を使って負けてとやってみた。
手話をしながら「オルマイヨ?」(いくらですか)と言ってみた。
Rさんが、それを見て店の人に何やら言ってくれた。
30000ウォンだったのを、28000ウォンに負けてくれた。
会話が通じて、なんとも言えない暖かな気持ちになった。

ナンデムンシジャンはメガネが安いというので、見に言った。
結局Sさんは、買わなかったようである。
日本とそんなに変わらないと、言っていた。

集合時間が近づいて来た。
「のどが渇いていない?」とRさん。
「何か飲みたいね」と私たち。

果物と氷を入れてミキサーにかけてジュースを作っている所へ連れて行ってくれた。
キューイのジュースを飲んだ。
暑かったのでとても冷たくて美味しかった。
飲み終わって、歩き始めた時「アンニョンヒケセヨ」と言ってみた。
すると、「アンニョンヒカセヨ」と即明るい声が返ってきた。
やったぁ!
思わず「カムサハムニダ」と言ってた私。
「通じてる。」とRさんが言った。
とっても嬉しい!!

「さようなら」「さようなら」「ありがとうございます」
ただこれだけなのであるのだが、とっても幸せを感じてしまうのは、何故なのだろうか。
韓国情緒豊かな街を歩き、韓国庶民の中にとけ込んだ、あっと言う間の、楽しいひと時であった。


その13。

残して来たオードリーはどうしているかな?
バスのドアの階段を上がりながら、「オードリー」と言ってしまった私。
喜んだオードリーは、通路に出て、他の人の通行の邪魔になってしまった。
しまった。席に行こうと通路を歩いていた人がいたんだ。だがもう遅い。
その人の後から、椅子の下に行きなさいなんて言っても、オードリーには無茶な事。
前の人は、通せんぼをしているオードリーを避けて、何とか通路を通ってくれたようである。
「「良い子だったねぇ」と、ミネラルウォーターをのませると、美味しそうに飲む。
ホッとしているオードリー、そして同じくホッとする私。

ボランティアのKさんも帰って来た。
オードリーは留守番させたと話したら、「それは良かった。市場は、食べ物がいっぱい道に落ちてるし、道行く人は盲導犬を触るし、食べ物を与えたりされてしまうから、その方が良かった」と言った。
成る程、Rさんが、バスに残した方が良いと言ったのはそれもあるのかもしれないなと思った。
韓国には、未だ45頭の盲導犬しかいない。
盲導犬に対する理解は、これからの課題なのかもしれない。

楽しかった買い物を終えて、これから、韓国での最後の食事の店へ。
若鶏の腹の中に、高麗人参、ナツメ、餅米、栗、にんにくなどを入れて、時間をかけて煮込んだ韓国独特の料理、サムゲタン。
日本にいた頃のRさんが、お友達に作ってご馳走したら、美味しいと評判だったそうである。
それを聞いていた私は、サムゲタンをいつか食べてみたいと思っていた。

腹の部分を、箸で明けて、中にある餅米を食べる。
鳥の肉も食べて、スープも飲む。味は薄味で、お好みに合わせて塩を入れて食べる。
私はこの腹を開ける所がうまく行かずにもたついていたら、韓国の女性が、来て開いてくれた。
高麗人参も入っていると言うので、箸で探すのだが、なかなか見つからない。
とうとう、隣のテーブルにいた、関空から一緒のYさんの家族の方が見つけて下さった。
7cmぐらいのが入っていた。おお!ラッキー!!
サムゲタンはさっぱりとした味であった。
望んでいた、サムゲタンを食べて、大満足!
旅行を取材していたマスコミ関係の方から、高麗人参茶と、竹の石鹸を、お土産に頂いた。

バスは、キムチや韓国のお菓子が試食できる韓国食料品店へと、向かう。
ここも、日本語の話せる店員さんのいる所であった。
キムチを色々と試食させてくれた。
イカの塩から、もある。
やはり次から次へと、品物を勧める。
試食をいっぱいしたので、何か買わないと申し訳ないような気持ちになって来た。
イカの塩からを買う事にした。
店を出て適当な所で、オードリーのトイレをさせてから、インチョン空港へ。
続く。

2003年6月29日



「旅行3日目・後半と後書き」へ

「旅行記」目次へ

トップへ