日韓、盲導犬使用者交流会と韓国旅行。「2日目後半」



その8

その9

その10
その8
三星(サムソン)案内犬学校を後にして、バスは、ソウルへと向かう。
学校の方から、犬を拭いてあげるようにと、タオルを皆に一枚ずつ、貸して下さった。
そして、「韓日案内犬使用者交流会」と記された、記念の吸水力抜群のタオルを、プレゼントして下さった。

何からなにまで、気を配って頂いた上に、プレゼントである。
とても感謝である。

雨は大分、小降りになってきた。
バスの中で、添乗員の方に、又5000円を両替して頂いた。

全犬使会の会長が、「このSARSで、次々と不参加が続出する中、SARSにもめげずに参加してくださったその勇気に感謝します。」と話された。
そして、「用意して来られてるとは思いますが・・・。」と、会長からマスクを配られた。

韓国での交流会を、2年前から、コツコツと計画を立てて、実行に向けて、準備して来られていた。
3月の時点では、30数頭の参加予定だったのだが、SARSの問題が出て、19頭になってしまった。
準備に当たって来られた方々は、どんなに残念な思いをされた事だろう。


バスの中で、韓国のユーザーさん二人と、私たちとの質問の交換会が始まった。
お互いに質問を出し合っていく。
ガイドさんが、通訳してくれた。
日本からの質問が多かった。
あっという間に目的地に着いてしまった。
ソウルの繁華街を、シチョウから、キョンボックン「景福宮」まで皆左と右の頬に、韓国と日本の国旗のシールを貼って、パレードである。
その日は、ソウル市民のお祭りの日であった。
出店もあるし、人も多かった。
車は、道路をビュンビュン走っている。
オードリーは、私を上手に誘導して歩いてくれた。
アメリカ大使館の前を歩いて行く。
韓国の軍隊の人が、治安に当たっていた。
しばらく歩いて、行進は終わった。

後ろの人とかなり距離が開いたようで、そこで追いついて来るのを待った。
オードリーの尻尾が揺れだした。
ハハ〜ン、Rさんが来たなとわかる。
案の定、オードリーは又飛びついた。
Rさんは、山口から参加されたユーザーのTさんをエスコートしていた。

ちょっとの間を利用して写真を撮ってもらった。
Rさんと一緒に写した写真

そうしている内に後ろから来た人も追いついて来た。

景福宮「キョンボックン」の正門である、光化門が、見えますとガイドさんが説明してくれた。
これから、見学である。
キョンボックンは、1395年、挑戦王朝時代の最初につくられた、王宮で、もっとも大きくて古い宮殿である。
李成桂がソウルに都を移してきて最初に建立した宮廷である。
その宮廷には、12万6000坪の広大な、敷地に、200棟を超える、宮殿、建物があり、屋根の曲線も、美しい建築物であると説明してくれた。

1592年、(壬辰の乱)によって焼失するまでの約200年の間、李朝の正宮であった。
1862年に再建され、1868年以後、高宗(李朝第26代の王)の正宮となったと説明してくれた。

そして、ここにあった朝鮮総督府は、1996年撤去されたと話してくれた。
日本の二重橋の横に、総督府の建物が、あるようなものですからね。とも言われた。

国王の即位式、朝会など、国家行事が行われたという、クンジョンジョン。
ハングル文字を考え出した王様が、あそこで研究されていたのだという昌慶宮(チャンギョックン)、
頭の優れた王様だったそうである。
歴代国王の墓である宗廟、チョンミョ。
その他、王様がくつろいだ建物だとか、色々とある。
建物に、大きな穴があるのは、オンドルのための火を燃やす所であると説明された。
色々と説明を聞きながら、ここの宮廷を30秒でいいから、見てみた〜い!!
そんな気持ちになって見学する。
記念写真を写してもらって、韓国の歴史が、深く刻まれているキョンボックンを後にした。
雨は、時折、パラパラと降る程度になっていた。
宮殿の写真

その9
これから、楽しみの買い物である。
ロッテデパートに着いた。
店員さんは日本語を上手に話している。
「お客様、これは、キムチで、冷蔵庫に入れていたら、2ヶ月は持ちます。」
「キュウリと大根と白菜と海産物のキムチがあります。」
「この三つセットで3千円です。」
と、次から次へしゃべる。なる程、ガイドさんが教えて下さった通りであった。

高麗人参のキムチはありませんか?と聞いてみると、「お客様、それはありません」と言われた。
高麗人参茶はあると言うので、それを頼んだ。
支払いは、荷物を送るから、日本で支払って下さいとの事。
それならと、もっと色々買おうと、韓国ノリ、韓国のお菓子も韓国のお酒も買った。
とにかく、お客様、お客様と何回となく言う。
そして、こちらへと私を連れて行く。
電話番号、住所、名前、生年月日等を聞かれた。
ここは、安心できるしっかりしたデパートなので、質問に答えた。

そして、これを空港で出して下さいと一枚の用紙をくれた。

日本へ持ち込める金額、品物の量にに制限が設けられているからである。

ハンドバッグも見てみた。
半額で6千円で出ていた。
これは安いなと思ったが、財布の紐を握っている私としては、無駄使いは止めようと結論。
デパートの外に出て、街路樹の下に腰掛けて、夕暮れ時の街の音を聞いていた。

夕暮れのソウルの街の音を一緒に聞いているダウンしているオードリーの写真

その10。
これから大林亭へとバスは走る。
夕食は、楽しみの韓定食である。
大林亭は、オンドルの広い部屋で、靴を脱いで上がる。
韓国の方々が、オードリーの足を拭いて下さった。
ご馳走がいっぱい!


午後6時過ぎていたであろうか。
オードリーにも食べさせなくてはと、持ってきたドッグフードにミネラルウォーターを加えて、携帯用食器をタオルの上に置いて食べさせた。
周りの人もワンちゃんに食べさせていたようである。
オードリーは満腹したのか、ホッとして、私が食べてる間、気持ちよさそうに眠っていた。

韓定食は、宮廷料理とか、貴族の接待料理らしい。
海鮮鍋、刺身、魚の焼いたもの、春雨のサラダ、焼き肉、キムチ入りのスープ、キムチは色んな、種類があって、私はやはりもやしのキムチが一番好きであった。その他、わからないものもいっぱい。
ビールも頂、とっても満腹。
もう、これ以上、とてもじゃないけれど、食べきれない。
眠たくなって来た。

大林亭を出て、適当な所でオードリーのトイレである。
直ぐにしてくれた。午後8時頃であった。
これで、もう完全に宿舎へ帰り着くまで安心!!

さあ、バスで貞洞劇場へ。韓国の古典舞踊の観賞である。
劇場に入ると、階段状の観覧席である。
私たちは、一番前から4番目までの席であった。
ここでは、Rさんが、私を手引きしてくれた。
盲導犬は訓練されているので、大丈夫である事。ご理解頂きたい事をハングル語で掲示してあると、説明してくれた。
前から2番目の席である。
右にRさん、左には、Bさんと言う、サムソン案内犬学校の職員の方が座られた。
Bさんは、山口の大学に留学されて日本に10数年いたのだと話された。
獣医さんでもある。
話している内に古典音楽が始まった。
司会者が盲導犬の事も話されたと教えてくれた。

日本の古典音楽とも違うし、中国のそれとも違う。
笛子演奏、そして古典舞踊。
舞踊は見えないが、踊る時に起こる風を肌に感じた。

オードリーは、私とRさんの間にいて、共同訓練中、車で移動していた時と全く同じポーズを取っていた。
4年半前と全く同じなのである。
オードリーはとても幸せを感じていたのかもしれない。

1時間ぐらいだっただろうか、古典舞踊は終わった。「アリラン」の曲を演奏しながら、客席の間を通って行った。
一緒に口ずさんでいた私。
会場を出て、舞踊踊っていた人と記念写真を写してもらった。
希望者は、楽器や衣装を触らせてもらったようである。
私は、なんだか申し訳ないような気がして、遠慮した。

これから、宿舎へ。午後10時であった。
ソウルから、サムソン研修センターまでは、およそ150キロあるという。
バスの中では、私も、皆も眠っていたようである。

部屋に帰り着いたのは、午前0時頃であった。

「一人でも大丈夫?私が一緒になっても良いわよ」と、ボランティアのKさん。
昨日と同じなので、「大丈夫。朝食事の時に、迎えに来ていただければ良いです」と私。
もし何かあったらKさんの部屋に電話しますと、言って、お世話になったお礼を言った。

明日は、日本へ帰るので、荷物の整理である。
頂いたお土産、買ってきた土産をうまくリックに詰めて、シャワーを浴びたらもう1時を過ぎていた。

オードリーがいなければ、一生来る事はなかっただろうなと触れてみると、疲れたのだろう、ぐっすり眠っていた。
今日はオードリーの大好きなRさんに、声をかけてもらえて、一緒だった頃の楽しかった夢を見ているのだろうか。
時計を触れると、1時半を過ぎていた。
韓国での最後の夜を味わいながら、私も眠りについた。
続く。

2003年6月21日



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