「6」朝、5時30分に起きてゴソゴソやりだした。 今日は、時間的に朝は忙しい。 6時半、Kさんと私は、イルザちゃんとオードリーに、ドッグフードを食べさせ、トイレをさせるために、車の駐車場へ。Iさんも一緒に行ってくれる。 オードリーは、直ぐおしっこをしてくれた。 さあ、今度は排便である。もう少しでホーズしようとしているところへ、電車の音。 ああ、惜しかった。電車の音がすると、なかなかやってはくれない。 イルザちゃんは、両方終わった。ちょっと、気が散っている様である。 KさんとIさんに、オードリーの性格を話して、場をはずしてもらった。 さあ、オードリー、しようね。号令をかける。だが、オードリーはKさんとIさんの行ってしまった方を見て、そちらが気になるようである。 気分を変えた方が良いと思い、諦めて、部屋にひとまず帰る事にした。 部屋にバスルームがあれば、そこで出来るのだが、トイレしかない。トイレは、狭くてちょっと無理である。 7時から朝食である。 オードリーの排便が、終わらない事には、食べる訳にはいかない。 「一人でも大丈夫ですので」と、KさんとIさんに、先に食べてもらう事にして、又駐車場へ。 排便するまでは朝食抜きでも、頑張らなくては。 今度こそと、号令をかける。 幸いな事に、電車の音もなく、人もいなかったので直ぐにしてくれた。 何時もより少し、量が、少ない。今日は、気をつけていなくては・・・ オードリーを褒める事を決して忘れない。 急いで荷物をまとめて、皆のいる部屋へ。 10分ぐらい送れてしまったが、朝食も、しっかり食べ、コーヒーも頂いた。 昼の弁当とお茶が配られ、リュックに詰め込む。 大きな荷物は、ここにあずけて、フロントの待合室へ。 昨日、一緒だったISさんが来ていた。 挨拶すると、オードリーも覚えていて、ISさんに尻尾を振っていた。
「7」7時50分、ホテル出発。徒歩5分で、宇奈月駅に着く。 楽しみにしていた、黒部鉄道のトロッコ電車に乗るのである。 駅には多くの人が、電車を待っていた。 現地のボランティアさんを含めて、45人は、2両に分かれて乗る。 トロッコ電車に乗る時、膝より少し高い枠を、跨いで乗らなくてはならない。 オードリーは、抱きかかえて載せる。訓練士のNさんが手伝ってくれた。 トロッコ電車は、屋根がついているだけのもので、二人が座れる背もたれのない椅子が、並んでいるだけである。 オードリーは、足元にダウンさせた。 この研修旅行を計画し、実施まで尽力された、富山の盲導犬ユーザー、Fさんの話によると、屋根だけしかついていない、トロッコ電車だと、盲導犬が飛び出したりはしないかと、心配され、窓つきの電車にと言われたそうである。 それを、盲導犬は静かに足元にダウンしているので、決してそんな事はないと説明し、景色が見えない私達は、やはり、窓のない、屋根だけの電車の方が渓谷の雰囲気を肌で感じる事ができるので、どうしてもと、交渉して、やっと理解してもらえたそうである。 宇奈月駅から、終点欅平まで、20,1キロメートルの黒部峡谷を這いつくように走っていると言う。 宇奈月駅から、柳橋、森石、黒薙、笹平、出平、猫又、鐘釣、小屋平、欅平の駅となっている。 8時17分発車した。と直ぐにトンネルである、抜けたら、新山彦橋であった。 トンネルの中はいくらか涼しい。鉄橋を渡っている時の電車の音が違うので分かる。 又トンネルと、なんだかワクワクしながら電車を楽しんだ。 上の方から、ガイドの放送が聞こえるが、時々、電車の音でかき消されてしまう。柳橋に着いた。ヨーロッパの古城をイメージしたという、関西電力柳河原発電所が、見えると言う。 緑の山々、そして渓谷、そこに、ひょっこり現れた、よーろっぱ風の古城を、思わせる発電所を頭の中で、描いてみる。 いくつもトンネルと鉄橋を渡り、森石駅を通って、黒薙駅に着いた。 この駅では電車を降りる人、乗る人がいた。 黒薙温泉へは、ここで下車して行くのだと、I・Sさんが教えてくれた。 後曳橋、この橋は、水面から50メートル位あると言う。この名前は、鉄道が出来る前、入山者が崖の淵に立ち、あまりの深さに、後ずさりしたことから、この名前がついたそうである。 崖淵に立ったその入山者を、想像しながら、ぞくっとした。 いくつかのトンネルと橋、笹平駅を通って、パイプが並んでいると言う、関西電力出平ダムがあり、出平駅を過ぎたら雪崩多発地帯だと言う。 冬はトロッコ電車は運行していない。雪崩がおきてもこの鉄道は無事なのだろうか?などと、思ってしまう。 トンネルは次から次にやってくる。 猫又橋を渡ると、関西電力黒部川第2発電所「猫又発電所」が見えると言う。 猫又は、鼠が、あまりにも崖の高さに諦めて引き返し、それを追って来た猫も又、その崖のすごさに引き返したという意味で、猫又と名づけられたそうである。 この崖の高さは、200メートルあると言う。 猫又駅、鐘釣橋を渡って、トンネルを抜け、9時13分、目的の鐘釣駅に着いた。 ほぼ1時間のトロッコ電車の旅であったが、肌に感じる黒部峡谷の自然の風、そして、トロッコ電車の走る音、ガイドの説明と、I・Sさんの教えてくれる周りの景色とを、総合し、想像しながら、黒部峡谷のスリルを楽しむ私であった。 それでも、何時もは、見えない事を忘れている私であるが、ヨーロッパの古城をイメージしたという、関西電力柳河原発電所と、後曳橋を渡っている時、猫又の崖の所の3ヶ所ばかりは、10秒でいいから、見てみたいという衝動に、かられてしまったのも事実であった。
「8」鐘釣駅で下車して、しばらくは、二人が並んで通れる位の、道を歩いて行く。途中にあったトイレをかりた。水道の水がとても冷たい。 オードリーが、ハアハア言っていたので、持参してきた容器に、水を汲んで飲ませると、その冷たさに、一瞬、びっくりしたようであったが、美味しそうに飲む。私も飲みたいと思ったが、飲まないで下さいと書いてあったので、諦めた。 適当な場所でオードリーのトイレをさせ、今度は、崖の階段を降りていく。右に左にと不規則な階段である。 I・Sさんの腕を掴まらせてもらいながら、I・Sさんが降りると、腕が、下がる。その下がった長さが階段の高さになるので、それを記しに、ISさんよりも少しずらして降りて行くのである。 オードリーは、リードだけにして、私の後ろを付いてこさせた。 どれくらい降りただろうか。階段が、ゴロゴロ石に変わる。それを、更に下って行くと、川原に着いた。 黒部川清流のせせらぎを聞きながら、山深い所まで来たのだと実感する。 釣り鐘の形をした、「鐘釣山」が温泉から見える事から、鐘釣温泉と名づけられたと言う。 川原は、未だ、太陽が当たってはいない。 太陽のある方向の対岸の崖の高さが、かなりあるのであろう。 時刻は、9時45分頃であった。 対岸には、万年雪があると言う。川の水に手を浸けてみた。 「冷たくないですね」と言ったら、I・Sさんは、2歩位、ずらした所に、私の手を持って行った。 とても冷たい。あれっ!可笑しいな? 最初に、手を浸けた所は、川原に湧く温泉が、河の水と混ざっている所だったのである。 I・Sさんは、そこから4〜5歩川から離れた所に湯船が作ってあると言う。 川原の砂を掘って、大きな石を階段にしてあった。手を湯に浸けてみると、暖かい。43度の温泉が、砂の中から湧き出ているのである。 増水した時は、又、掘って湯船を作るのだと、ISさんが話してくれた。 水着を着て来た人達が、入浴し始めた。 私も、テントがあったので、着替える事にした。 テントは、3方向のみ、囲ってあって、入り口には、何もない。 まあ、いいやと、着替え始めた。すると、I・Sさんが、準備してきたと、風呂敷を広げて、私を隠してくれたのである。 「助かりました」と、安心して、10数年ぶりに水着姿になる、私であった。
「9」そこから、砂利や大きな石を踏みながら、素足で、湯船まで歩く。 湯船には、7〜8人が既にいた。 オードリーは、I・Sさんにお願いして、みてもらった。 「こっち、こっち」と、仲間の声。 石の段を二つ降りて、湯につかる。 透明な単純泉で、神経痛、リューマチ、胃腸病に効能があると言う。 「Fさんのご主人も、こちらにいるよ」と、隣にいた人が、私の手を、そのご主人の手まで、持っていく。 「これ、混浴じゃない!」と言ったら、ドッと、笑いが起こった。 すると、「はい、こっち向いて」と、プロ急の写真家であるITさんの声。 ITさんは、パピィウォーカーさんでもあり、繁殖犬ボランティアさんでもあり、引退犬ボランティアさんでもある。 現在、3頭のワンちゃんと生活されている。 もうすぐ、9頭目のパピィを訓練センターに旅立たせるのだと言う。 ITさんは、パピィや盲導犬の写真集も、出版されている。 湯船の底も壁も砂である。 底を掘れば、温泉が湧いてくる。 直ぐ近くを、川が流れている。 自然が作り出す不思議な現象の中にいて、ここにいる全員が、ありのままの姿で、入浴していたら、混浴も受け入れられるような、そんな大きな心境にもさせられてしまいそうな私であった。 仲間とおしゃべりしながら、露天風呂を楽しむ。 体がほてって来たので、川の清流に浸かってみようと試みた。 足を浸けていると、冷たくて、ジンジンしてくる。 足首の少し上までで、それ以上は浸けられなかった。 又湯が恋しくなる。 「ここは、ぬるいよ」と言うので、今度は、そこに入ってみた。 成るほど、ここだと、長く浸かっていられそうである。 ぬるいはずで、湯船の一端が、川の水と繋がっていたのである。 この湯船には、、小さな魚が泳いでいた。 手の隙間をスルリと抜けて泳いでいる。カジカの子供なのだろうか。 ぬるいとはいえ、やはり長く浸かっていると、川の水が恋しくなる。 そこで、温泉の湯と、川の水の交差点に、少し大き目の石を置いて腰掛ける事にした。 川の清流に足を浸ける。180度回転して、今度は湯船に浸ける。 腰掛けている所は、熱くもなく、冷たくもなく、ちょうどの水温であった。 私の隣に、関西盲導犬協会会長の奥様が並んで腰掛けられた。 良く話し掛けて下さる、とても優しい方である。 トロッコ電車が対岸の崖の上を走って行った。 電車の音は、かなり上の方から聞こえてくる。 思っていたより、対岸は、かなり近いようで、川原も、随分下の方だったようである。 この、不思議な大自然に抱かれながら、何時までもそうしていたい、私であった。
「10」川原に太陽が当たりだした。10時30分を過ぎていた。 皆は、弁当を食べだしたので、私も食べる事にした。 早い昼食であるが、11時20分には、ここを出発しなければならないのである。 隣で食べていた、訓練士のNさんが、犬達が、暑そうにしていると言った。 オードリーも少しハアハア言っている。 皆が、崖の階段を上りだした。私は、もっと、そこにいたかったのだが、諦めて、川原を離れる事にした。 上りは、神経を使わなくても良い。下りの時は、I・Sさんの腕の動きに集中していたので、分からなかったのだが、かなりの階段が続く。 途中で立ち止まってから、又上る。 上に着いた。これだけあれば、トロッコ電車の音が、上の方から聞こえて来る訳だ。 帰りも、同じ場所で、冷たい水をオードリーに飲ませ、トイレもさせた。 鐘釣駅には、人がいっぱい待っている。 発車まで、時間があったので、ソフトクリームを買って食べた。 ホームに出ると、関西盲導犬協会のS会長さんが、肛門が、ちょっと、開いとるなあ」と言われた。 私は、朝の便の量が少なかったので、もしやと思い、袋を付けてさせてみた。 オードリーは、私の周りを回って、途中で、ピタッと止まってしまったので、「しないんだね。もう、しちゃ駄目よ」と言いながら、袋を外した。 これをしておけば、安心なのである。 電車が入って来た。 I・Sさんに先に乗ってもらう。私が続いて片足をトロッコの中に入れた状態で、オードリーを抱きかかえて、乗せる。S会長御夫妻が手伝って下さった。 私は、ふた駅先の、終点欅平まで、行ってみたい心境であった。 12時6分、電車は、鐘釣駅を後にして、宇奈月目指して、走り出した。 トンネルの中は、削ったままの状態だという。 帰りは、入浴しお腹もいっぱいとあって、途中、うとうとしてしまう時もあった。 前の席に座っていた、S会長の奥様が、木は、何本も岩に根をはって、はえているし、そして、雲は、一つもなく、空がとても澄んでると教えてくれた。 それを聞いていたS会長さん、「両方、山に囲まれて、空の見える範囲が狭いから、山の向こうには、雲があるかもしれないよ」と。 成るほど、周りは、高い山なのであろう。 透き通るような、紺青の空だと言う。清清しく、空に吸い込まれるような、あの感覚が蘇って来た。 いくつもの、トンネルを抜け、新山彦橋を通過して、13時4分、トロッコ電車は、宇奈月に到着し、スリル万点の黒部峡谷の旅は終わってしまった。 黒部荘に預けておいた荷物を取りに行く。 出発までの間に、もう一度、念の為、オードリーの排便を試みる。 だが、おしっこをしただけであった。これでしないのなら、家まで、大丈夫であろう。 宿泊した、黒部荘を出発。町を歩いて行くと、温泉の噴水の音が聞こえて来た。宇奈月駅である。 昨夜の風の盆、おわら町流し、そして、黒部峡谷と、お世話になった現地のボランティアさん方が、車両の座席まで、送って下さった。 「色々、お世話になりました。とても楽しかったです。どうもありがとうございました」とI・Sさんにお礼を言った。 I・Sさんは私の手を取りながら、「気をつけて、お元気で」と言いながら、握手して、電車を降りて行かれた。 ドアが閉まる。皆「ありがとうございました」と、一斉に言った。 ホームでボランティアさん方が、見送って下さる中、14時7分、電車は、宇奈月駅を後にして、走り出した。
「11」帰りも、私達団体の貸切車両である。 つつじの会会長が、富山に着くまでの時間を利用して、今朝の富山新聞に記載されていた私達の記事を、読んで下さるようにお願いした。 ボランティアのITさんが読んでくれた。けっこういっぱい書かれてあった。 それから、研修会で未だ話せなかった事があれば、ここで話して下さいと。 何人かの人が話した。 電車の音でかき消される所もあった。 意見が出尽くしたところで、合唱が始まった。 電車の中でこんな事をするのは初めての経験である。 かなり大きな声を出さないと、電車の音に消されてしまう。 皆、それにも負けず、次から次へと、何曲かの歌を歌った。 そこへ広島から来たFさんが、通路を境にして、二つのグループに分け、「蝸牛」の歌と「証城寺の狸囃子」の歌を同時に歌うように音頭を取ってくれる。 けっこうハモっていた。 歌も出尽くしてしばらく休憩。 コートクラブのYさんが、レインコートを見せてくれた。 私はオードリーにレインコートと、ちょっと雨が降り出した時に着せる簡単なレインコートをそれぞれ一枚ずつ、注文した。 電車は富山駅に近づいて行く。 この旅行を1年前から計画し、いくつもの交渉を重ね、問題を解決し、実施されて来た、富山の盲導犬ユーザーFさんの最後の挨拶には、大成功に終えた喜びが満ち溢れてこちらまで、その感動が伝わって来た。 電車は富山駅に着いた。 JRに乗り換えである。 ここでは、私はオードリーと歩く。オードリーは、皆の後に付いて、うまく誘導してくれた。列の先頭の人がJRの改札口の前で待っていた。 オードリーはそこをすり抜けて前へスイスイと進む。 訓練士のNさんが、「えみさん、ストップ」と声を掛けてくれた。 オードリーは、Nさんに尻尾をビュンビュンさせて寄って行った。 私を、改札口まで、連れて行こうとしたのであろう。 ここで、同室だったIさんと一緒になり、サンダーバードに乗り込む。 帰りは、普通の指定席である。16時7分、富山駅を発車した。 京都まで、Iさんと色んな話をしながら、Iさんは、旅先で頂いた、黒部峡谷のパンフレットも、読んでくれた。 関東から参加した人達が、金沢で降りて行く。 途中の駅で、又降りていく。 19時00分、京都に着いた。 「楽しかったですね。どうもありがとうございました。」お世話になったIさんとも、ここでお別れである。 皆、旅の思い出をいっぱいつめて、それぞれ、家路を帰って行った。 終わり。
後書き宇奈月の、おわら町流しでは、当日2000人の人出だったと言う。 観光協会の配慮で、スムーズに移動できるように、会場の一部の場所を確保して下さっていた。 盲導犬を実際に見て、実におとなしいと感心されていたと言う。 富山県には、8頭の盲導犬が活動している。(2002年3月末日現在) 黒部峡谷の鐘釣橋では、私達が行った日から、17日後の9月18日、150メートル上から落石があり、鐘釣温泉までは、行けなくなったと言う。 11月、に開通の予定で、復旧工事がなされているそうである。 日本で最も深い峡谷を肌で感じ、、風の盆で有名な、おわら町流しを経験でき、多くの人と話せた事、どれも私の思い出として、いつまでも残る事だろう。 そして、この旅行記を書いてる途中で、吉村昭著「高熱隧道」を読んだ。 胸に迫るものを感じながら・・・ 最後に、この旅行を計画し、色々な問題を解決しながら、実施までご尽力された、富山の盲導犬ユーザーFさんと奥様、黒部荘の皆様、宇奈月の観光協会、社会福祉協議会、現地のボランティアの方々、賛助会員の皆様、つつじの会会長御夫妻、そして、お世話になった多くの皆様に、心より感謝申し上げます。 最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。 2002年9月27日
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3。9年ぶりの同窓会へ
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