西明石駅発、12時50分の新幹線に間に合うように、家を出た。福岡で行われる、9年ぶりの同窓会に参加する為である。 新幹線の改札口まで来た。 駅員さんが、「こっちです」と、声を出してくれた。 オードリーが、左後方に興味を示したので、「オードリー、駄目よ、改札口を通りなさい」と指示した。 「あの、4号車は、どちらの階段を上った方がいいでしょうか?」と駅員さんに尋ねた時である。 左後方にいた人が、「博多行きですか?それなら、私も乗りますので、一緒に行きましょう」と言ってくれた。 広島まで行くという。 お願いして、ホームまで連れて行ってもらった。 オードリーが興味を示したのは、この男性だったのである。 発車まで20分あったので、ホームの待合室で待つ事にした。 クーラーがとても効いている。 電車がくるまで、その人とおしゃべりである。 その男性は、仕事で神戸まで来て、これから帰りなのだと言う。 話をしていると、時間は直ぐに過ぎてしまう。 電車が入って来た。 自由席だと言うその人は、私の指定席の所まで案内してくれたのである。 オードリーは優しい人を、直感で感じるようである。 旅の出だしから、ラッキーであった。 お盆のピークを過ぎていたので、乗客は少なかった。 各駅停車である。駅が近づく度に、車内放送が流れる。今何処を走っているかが良く分かる。 席は3人掛けであったが、博多まで、私一人であった。 広島に近づく頃、コーヒーが飲みたくなった。車内販売もしていたが、なかなか来ないので、売店まで行こうと、席を立った。 化粧室のところで、女性が、声をかけてくれた。 「あの、売店はどちらにあるのでしょうか?」 「ちょっと待ってて下さいね。」と言って、何処かへ消えてしまった。 すると、車掌さんが来て、「売店はないのです、車内販売だけですので、販売の人を呼んできます」と言われた。 その女性、車掌さんを連れてこられたのであった。 「あの、車椅子トイレはありますか?」と聞いてみた。 「はい、ここにあります」と、案内してくれた。 場所さえ分かれば、いつでも来れるので、一応席に戻って、コーヒーを飲む事にした。 販売の女性が私の席まで来て、コーヒーを入れてくれた。 一人で飲むコーヒーもなかなか良いものである。 そこへ、車掌さんが、「博多駅では、案内しなくても大丈夫ですか?」と尋ねてきた。 「大丈夫です。どうもありがとうございました。」と、お礼を言った。 小郡駅を出た頃、車椅子用トイレで、オードリーのおしっこをさせる事にした。 山形大会に参加した去年の6月の末以来、新幹線トイレでさせるのは、これが、2度目である。 あれから、1年以上も経っているのに、1度経験すれば、学習能力を発揮するようで、直ぐにやってくれた。 「オードリー、すごい、すご〜い!!」褒めるのを忘れない。 西明石から4時間15分で、博多に着いた。ここは、良く知っている駅なので、改札口まで、スムーズに行けた。 改札口を出て階段を降りた所で、弱視のクラスメイトが待っている事になっている。 改札口を出ようとしている私の後ろから、私の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。そのクラスメイトは、心配してホームまで出てくれていたようであった。 「あら!Yさん、ホームまで来てたの?」 「出た方が良いかなと思って」 二人の様子を見て、オードリーは尻尾ビュンビュンしてYさんに近づいた。 Yさんの後を、喜んで付いて行く。 オードリーも懐かしい人に会ったような態度である。 初めて会うはずなのだが・・・ どうして分かるのであろう、本当に不思議である。 駅から「ホテルセントラーザ博多」は、直ぐそこであった。 このホテルは、車椅子専用の部屋もあるようだ。 フロントで、チェックイン、「どうぞ、宜しくお願い致します」と私。 ホテルの人は、自然に対応してくれる。とても有難い。大半のクラスメイトは、既に来ていた。 私は、個室である。弱視のSさんが、部屋を、案内してくれる。 オードリーは、Sさんにも、尻尾ビュンビュンで、愛想をふりまく。 「可愛いねぇ」と言いながら、まず、教えてくれたのは、クーラーのスイッチであった。それから、ポット、お茶、冷蔵庫と、その中の物、ロッカー、屑篭、風呂、トイレ、洗面台、これだけわかれば、後はOK。 「Sちゃんありがとう」 今、何時だろうと、音声時計のボタンを押すと、5時35分と、言った。 18時から懇親会である。 急いで、オードリーにドッグフードを携帯用食器で食べさせた。 着替えをすませた時、ドアをノックされた。 さあ、行こうと、廊下に出てみると、その日宿泊するメンバーがずらりとそろっていた。 一人一人を触れて、簡単に挨拶である。 若い頃の自分に返ってしまっている私がいた。 長崎から関西まで、盲導犬と一緒に来て、一泊を伴にしたK子さんも来ている。 「私、オードリーと一緒に来たよ。」とオードリーを紹介した。 K子さんは、1頭目のワンちゃんが、13歳で亡くなってからは、白杖歩行をしている。 失った悲しみを、もう味わいたくないので、2頭目の盲導犬歩行は、していないと言う。ご主人と一緒に来ていた。 エレベーターで下に下りて懇親会場へ行くと、恩師ご夫妻はもう、来られていた。 「先生!お久しぶりです。えみです」と挨拶したが、直ぐには返事が返ってこない。奥様が、えみさんだと先生に教えてから「おお!えみさんか」と言われた。 耳が聞こえにくくなられていた。今年で80歳である。 南は鹿児島、東は関西から、懇親会に参加のクラスメイトが9人とその家族2名、恩師ご夫妻の、13名がそろった。 このクラスは、人生の中途で失明し、或いは、弱視であるが、一般の高校を卒業した人が学ぶコースであった。 クラスメイトは、全部で13名であったが、入学して、2ヶ月で、止めた人が一人いたので、卒業したのは12名、その中の9名が集った。 入学当時、18歳から、26歳までのメンバーであった。 駅まで迎えに来てくれたYさんが、今回の幹事である。 全盲が4名、弱視が5名である。全盲の人の隣に弱視が座る。 奥さんや、ご主人は、勿論その人の横である。 オードリーは、コートを着て、私の椅子の下に静かにダウンしている。 前回の同窓会から、9年ぶりの再会を喜びながら、一番年上だったTさんが挨拶した。 続いて、3年間担当だった恩師の挨拶である。 2年前まで、看護大学で、点字の講師をしていたが、耳が聞こえなくなったので、止めたと話された。 今は、小学校の福祉実践教室や、地域の福祉等で、話をされてるようである。 明日も、午後から講演があると言う。お元気で、とても嬉しい。 先生は、生まれつきの全盲なのである。 今まで不自由と感じた事はなかったが、耳が聞こえなくなって、初めて、不自由を感じるようになったと話された。 白杖があれば、東京でも何処でも、一人で良く出かけられていた。 勘の抜群な先生であった。 続いて、クラスメイト全員から、80歳を祝って、花束贈呈である。 「先生、元気で長生きして下さい。又2年後に、クラス会を、やりますので」と、K子さんが贈呈する。 続いて、ビールで鹿児島から来た、Nさんの音頭により、乾杯!! ホテルの人が二人、お世話してくれた。 刺身や、海老の揚げ物、上品な味の、こうや豆腐、初めて食べた馬刺し、茶碗蒸、その他色々と料理が出てきた。 昔話や、近況報告等で、アッという間に、時間は過ぎて行った。 懇親会を終了して、ホテル内にある、カラオケボックスに移動した。 皆、それぞれ、歌う。うまくなってる人もいる。 先生の奥様も歌われた。とてもうまい。 私は、水割りをいただいた。 長崎から来ていた、K子さん夫婦が、最終電車で帰るというので、幹事と弱視の人が、駅まで送りに行った。 又歌い始めた。30分ぐらいして、恩師ご夫妻が帰られていった。 時間を30分延長してカラオケは続く。 20歳の私と今の私が、交互にいるようで、当時に返ったり、現在になったり、同窓会とは、不思議な世界である。 ダンスもやった。 Tさんは、地域のコーラスで、テナーをやっているという。 私も一緒に歌う。 Aさんともデュエットした。楽しい時は流れていった。 最後に、皆で一緒に歌った。 福岡のNさんが、ここで帰って行った。 残った8人は、鹿児島から来たNさん御夫婦の部屋に移動した。 オードリーは、お休みの時間を過ぎていたので、部屋に戻って、バスルームで袋を付けて、トイレをさせ、ベッドの横に、敷物を敷いて、そこに休ませた。 「オードリー、そこにいてね。お留守番だよ、お休み」と言って、私は、皆のいる部屋に行った。 「オードリーは?」とSちゃんが心配する。 「大丈夫、もう寝せてきた」 当時の話や、パソコンの話と尽きない。 今回、来られなかった3人の話題もでる。 Sちゃんが、「クーラー効きすぎるんじゃないかな、オードリー、風ひくよ」と言った。 「今、何時?」 「0時半だよ」 「ウヒャ〜!もうそんな時間、じゃ、私もう寝るわ」と、部屋を出ようとしたら、それじゃ、これで終わろうと、それぞれの部屋に帰って行った。 福岡にいる人達は、それから家へ帰っていった。 Sちゃんは、私の部屋に来て、オードリーの様子を見てから、自分の部屋に、帰って行った。 「オードリー、お留守番グッド!」と褒める。 「楽しかったね。さあ寝ようね。」 皆、それぞれ頑張って活躍している。 とても嬉しい。そして懐かしい。 角がとれて、みな丸くなっている。 年齢を重ねると、やはり、人としての重みが出てくるものだなあ。等と思いながら、ベッドに入った。 4時15分に目が覚めてしまった。 どうやら水割りを飲み過ぎたようである。 もう眠れそうにない。起きて、冷蔵庫の棚にあったコーヒーを飲む事にした。 ポットでお湯を沸かす。部屋が暑くなってきたので、クーラーを強くした。 はて、何をしようか、テレビはやっていないだろうし、リモコンの操作は、見ないからと、教えてもらわなかった。 こんな時、携帯用の、パソコンがあれば、いいのになあ。 それではと、部屋の隅々まで、探る事にした。 しかし、ホテルの部屋というのは、どこも同じで、これといって変わったものはない。 5時半になった。 これぐらいだったらいいだろうと、シャワーを浴びる事にした。 6時半になったので、、オードリーに、ドッグフードを食べさせて、トイレをさせた。 袋を使って、バスルームでできると、旅がとても楽である。 8時になったので、向かいの部屋のNさん夫婦の部屋をノックした。 「どうぞと、Nさんとは違う声が、返って来た。 「」あれ、奥さんは?」と中に入ると、Nさんは未だ寝ていた。 男性ばかりである。 2時半まで起きていたと言う。 奥さんは、Sさんの部屋に寝たらしい。 「朝食に行く時、呼びにきてね」と部屋に戻る。 又、暇になってしまった。 ここのホテルは、チェックインが、13時、ちぇっくあうとが11時なので、とてもゆっくりできる。 8時半頃、呼びにきた。 皆で、朝食に行く。 バイキングである。 Sさんが、「オードリーもはいれるの?と聞いた。 大丈夫、入れるよと、中に入って、空いてる席に座った。 全盲は3人である。弱視の人達が、適当に、持ってきてくれた。 幹事のYさんは、よく動いている。 Hさんも動いている。 果物あるよ、とか色々と教えて、Sさんと奥さんも動いている。 お腹いっぱいになった。 さて部屋へ帰ろうかと、オードリーに「ブルブルしちゃ駄目よ」と言ってから立ち上がった。 オードリーはブルブルを我慢してくれた。 部屋に行く途中で、Yさんが言った。 「ホテルの人もお客さんも、微笑ましい目で、オードリーを見ていたね。文句を言う人がいるのではと、少し心配してたけれど・・・」 「今は、大丈夫よ、昔は大変だったみたいだけれど・・・ 理解者が増えてきたからね。」 部屋に戻って、出かける準備である。 まずオードリーにもう一度、おしっこをさせた。 それから、部屋を、コロコロで転がして行く。 忘れ物はないか確かめている所に、Sさんが、冷蔵庫の物、何か食べた?と聞いてきた。 会費から出るらしい。 10時過ぎに部屋を出た。 皆そろってフロントへ。 会計を済ませて、駅へ向かった。 いよいよ、さよならである、皆名残惜しそうにしている。 では元気でと、握手して別れた。 いつまでも変わらずに元気でいて欲しいと願いながら・・・ 2002年8月25日
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