3。9年ぶりの同窓会



西明石駅発、12時50分の新幹線に間に合うように、家を出た。
福岡で行われる、9年ぶりの同窓会に参加する為である。
新幹線の改札口まで来た。
駅員さんが、「こっちです」と、声を出してくれた。
オードリーが、左後方に興味を示したので、「オードリー、駄目よ、改札口を通りなさい」と指示した。
「あの、4号車は、どちらの階段を上った方がいいでしょうか?」と駅員さんに尋ねた時である。
左後方にいた人が、「博多行きですか?それなら、私も乗りますので、一緒に行きましょう」と言ってくれた。
広島まで行くという。
お願いして、ホームまで連れて行ってもらった。
オードリーが興味を示したのは、この男性だったのである。
発車まで20分あったので、ホームの待合室で待つ事にした。
クーラーがとても効いている。
電車がくるまで、その人とおしゃべりである。
その男性は、仕事で神戸まで来て、これから帰りなのだと言う。
話をしていると、時間は直ぐに過ぎてしまう。
電車が入って来た。
自由席だと言うその人は、私の指定席の所まで案内してくれたのである。
オードリーは優しい人を、直感で感じるようである。
旅の出だしから、ラッキーであった。

お盆のピークを過ぎていたので、乗客は少なかった。
各駅停車である。駅が近づく度に、車内放送が流れる。今何処を走っているかが良く分かる。
席は3人掛けであったが、博多まで、私一人であった。
広島に近づく頃、コーヒーが飲みたくなった。車内販売もしていたが、なかなか来ないので、売店まで行こうと、席を立った。
化粧室のところで、女性が、声をかけてくれた。
「あの、売店はどちらにあるのでしょうか?」
「ちょっと待ってて下さいね。」と言って、何処かへ消えてしまった。
すると、車掌さんが来て、「売店はないのです、車内販売だけですので、販売の人を呼んできます」と言われた。
その女性、車掌さんを連れてこられたのであった。
「あの、車椅子トイレはありますか?」と聞いてみた。
「はい、ここにあります」と、案内してくれた。
場所さえ分かれば、いつでも来れるので、一応席に戻って、コーヒーを飲む事にした。
販売の女性が私の席まで来て、コーヒーを入れてくれた。
一人で飲むコーヒーもなかなか良いものである。
そこへ、車掌さんが、「博多駅では、案内しなくても大丈夫ですか?」と尋ねてきた。
「大丈夫です。どうもありがとうございました。」と、お礼を言った。

小郡駅を出た頃、車椅子用トイレで、オードリーのおしっこをさせる事にした。
山形大会に参加した去年の6月の末以来、新幹線トイレでさせるのは、これが、2度目である。
あれから、1年以上も経っているのに、1度経験すれば、学習能力を発揮するようで、直ぐにやってくれた。
「オードリー、すごい、すご〜い!!」褒めるのを忘れない。

西明石から4時間15分で、博多に着いた。ここは、良く知っている駅なので、改札口まで、スムーズに行けた。
改札口を出て階段を降りた所で、弱視のクラスメイトが待っている事になっている。
改札口を出ようとしている私の後ろから、私の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。そのクラスメイトは、心配してホームまで出てくれていたようであった。
「あら!Yさん、ホームまで来てたの?」
「出た方が良いかなと思って」
二人の様子を見て、オードリーは尻尾ビュンビュンしてYさんに近づいた。
Yさんの後を、喜んで付いて行く。
オードリーも懐かしい人に会ったような態度である。
初めて会うはずなのだが・・・
どうして分かるのであろう、本当に不思議である。

駅から「ホテルセントラーザ博多」は、直ぐそこであった。
このホテルは、車椅子専用の部屋もあるようだ。
フロントで、チェックイン、「どうぞ、宜しくお願い致します」と私。
ホテルの人は、自然に対応してくれる。とても有難い。大半のクラスメイトは、既に来ていた。
私は、個室である。弱視のSさんが、部屋を、案内してくれる。
オードリーは、Sさんにも、尻尾ビュンビュンで、愛想をふりまく。
「可愛いねぇ」と言いながら、まず、教えてくれたのは、クーラーのスイッチであった。それから、ポット、お茶、冷蔵庫と、その中の物、ロッカー、屑篭、風呂、トイレ、洗面台、これだけわかれば、後はOK。
「Sちゃんありがとう」
今、何時だろうと、音声時計のボタンを押すと、5時35分と、言った。
18時から懇親会である。
急いで、オードリーにドッグフードを携帯用食器で食べさせた。
着替えをすませた時、ドアをノックされた。
さあ、行こうと、廊下に出てみると、その日宿泊するメンバーがずらりとそろっていた。
一人一人を触れて、簡単に挨拶である。
若い頃の自分に返ってしまっている私がいた。

長崎から関西まで、盲導犬と一緒に来て、一泊を伴にしたK子さんも来ている。
「私、オードリーと一緒に来たよ。」とオードリーを紹介した。
K子さんは、1頭目のワンちゃんが、13歳で亡くなってからは、白杖歩行をしている。
失った悲しみを、もう味わいたくないので、2頭目の盲導犬歩行は、していないと言う。ご主人と一緒に来ていた。
エレベーターで下に下りて懇親会場へ行くと、恩師ご夫妻はもう、来られていた。
「先生!お久しぶりです。えみです」と挨拶したが、直ぐには返事が返ってこない。奥様が、えみさんだと先生に教えてから「おお!えみさんか」と言われた。
耳が聞こえにくくなられていた。今年で80歳である。
南は鹿児島、東は関西から、懇親会に参加のクラスメイトが9人とその家族2名、恩師ご夫妻の、13名がそろった。
このクラスは、人生の中途で失明し、或いは、弱視であるが、一般の高校を卒業した人が学ぶコースであった。
クラスメイトは、全部で13名であったが、入学して、2ヶ月で、止めた人が一人いたので、卒業したのは12名、その中の9名が集った。
入学当時、18歳から、26歳までのメンバーであった。
駅まで迎えに来てくれたYさんが、今回の幹事である。
全盲が4名、弱視が5名である。全盲の人の隣に弱視が座る。
奥さんや、ご主人は、勿論その人の横である。
オードリーは、コートを着て、私の椅子の下に静かにダウンしている。
前回の同窓会から、9年ぶりの再会を喜びながら、一番年上だったTさんが挨拶した。
続いて、3年間担当だった恩師の挨拶である。
2年前まで、看護大学で、点字の講師をしていたが、耳が聞こえなくなったので、止めたと話された。
今は、小学校の福祉実践教室や、地域の福祉等で、話をされてるようである。
明日も、午後から講演があると言う。お元気で、とても嬉しい。
先生は、生まれつきの全盲なのである。
今まで不自由と感じた事はなかったが、耳が聞こえなくなって、初めて、不自由を感じるようになったと話された。
白杖があれば、東京でも何処でも、一人で良く出かけられていた。
勘の抜群な先生であった。
続いて、クラスメイト全員から、80歳を祝って、花束贈呈である。
「先生、元気で長生きして下さい。又2年後に、クラス会を、やりますので」と、K子さんが贈呈する。
続いて、ビールで鹿児島から来た、Nさんの音頭により、乾杯!!
ホテルの人が二人、お世話してくれた。

刺身や、海老の揚げ物、上品な味の、こうや豆腐、初めて食べた馬刺し、茶碗蒸、その他色々と料理が出てきた。
昔話や、近況報告等で、アッという間に、時間は過ぎて行った。
懇親会を終了して、ホテル内にある、カラオケボックスに移動した。
皆、それぞれ、歌う。うまくなってる人もいる。
先生の奥様も歌われた。とてもうまい。
私は、水割りをいただいた。
長崎から来ていた、K子さん夫婦が、最終電車で帰るというので、幹事と弱視の人が、駅まで送りに行った。
又歌い始めた。30分ぐらいして、恩師ご夫妻が帰られていった。
時間を30分延長してカラオケは続く。
20歳の私と今の私が、交互にいるようで、当時に返ったり、現在になったり、同窓会とは、不思議な世界である。
ダンスもやった。
Tさんは、地域のコーラスで、テナーをやっているという。
私も一緒に歌う。
Aさんともデュエットした。楽しい時は流れていった。
最後に、皆で一緒に歌った。
福岡のNさんが、ここで帰って行った。
残った8人は、鹿児島から来たNさん御夫婦の部屋に移動した。
オードリーは、お休みの時間を過ぎていたので、部屋に戻って、バスルームで袋を付けて、トイレをさせ、ベッドの横に、敷物を敷いて、そこに休ませた。
「オードリー、そこにいてね。お留守番だよ、お休み」と言って、私は、皆のいる部屋に行った。
「オードリーは?」とSちゃんが心配する。
「大丈夫、もう寝せてきた」
当時の話や、パソコンの話と尽きない。
今回、来られなかった3人の話題もでる。
Sちゃんが、「クーラー効きすぎるんじゃないかな、オードリー、風ひくよ」と言った。
「今、何時?」
「0時半だよ」
「ウヒャ〜!もうそんな時間、じゃ、私もう寝るわ」と、部屋を出ようとしたら、それじゃ、これで終わろうと、それぞれの部屋に帰って行った。
福岡にいる人達は、それから家へ帰っていった。
Sちゃんは、私の部屋に来て、オードリーの様子を見てから、自分の部屋に、帰って行った。
「オードリー、お留守番グッド!」と褒める。
「楽しかったね。さあ寝ようね。」
皆、それぞれ頑張って活躍している。
とても嬉しい。そして懐かしい。
角がとれて、みな丸くなっている。
年齢を重ねると、やはり、人としての重みが出てくるものだなあ。等と思いながら、ベッドに入った。

4時15分に目が覚めてしまった。
どうやら水割りを飲み過ぎたようである。
もう眠れそうにない。起きて、冷蔵庫の棚にあったコーヒーを飲む事にした。
ポットでお湯を沸かす。部屋が暑くなってきたので、クーラーを強くした。
はて、何をしようか、テレビはやっていないだろうし、リモコンの操作は、見ないからと、教えてもらわなかった。
こんな時、携帯用の、パソコンがあれば、いいのになあ。
それではと、部屋の隅々まで、探る事にした。
しかし、ホテルの部屋というのは、どこも同じで、これといって変わったものはない。
5時半になった。
これぐらいだったらいいだろうと、シャワーを浴びる事にした。
6時半になったので、、オードリーに、ドッグフードを食べさせて、トイレをさせた。
袋を使って、バスルームでできると、旅がとても楽である。

8時になったので、向かいの部屋のNさん夫婦の部屋をノックした。
「どうぞと、Nさんとは違う声が、返って来た。
「」あれ、奥さんは?」と中に入ると、Nさんは未だ寝ていた。
男性ばかりである。
2時半まで起きていたと言う。
奥さんは、Sさんの部屋に寝たらしい。
「朝食に行く時、呼びにきてね」と部屋に戻る。
又、暇になってしまった。
ここのホテルは、チェックインが、13時、ちぇっくあうとが11時なので、とてもゆっくりできる。
8時半頃、呼びにきた。
皆で、朝食に行く。
バイキングである。
Sさんが、「オードリーもはいれるの?と聞いた。
大丈夫、入れるよと、中に入って、空いてる席に座った。
全盲は3人である。弱視の人達が、適当に、持ってきてくれた。
幹事のYさんは、よく動いている。
Hさんも動いている。
果物あるよ、とか色々と教えて、Sさんと奥さんも動いている。
お腹いっぱいになった。
さて部屋へ帰ろうかと、オードリーに「ブルブルしちゃ駄目よ」と言ってから立ち上がった。
オードリーはブルブルを我慢してくれた。
部屋に行く途中で、Yさんが言った。
「ホテルの人もお客さんも、微笑ましい目で、オードリーを見ていたね。文句を言う人がいるのではと、少し心配してたけれど・・・」
「今は、大丈夫よ、昔は大変だったみたいだけれど・・・ 理解者が増えてきたからね。」
部屋に戻って、出かける準備である。
まずオードリーにもう一度、おしっこをさせた。
それから、部屋を、コロコロで転がして行く。
忘れ物はないか確かめている所に、Sさんが、冷蔵庫の物、何か食べた?と聞いてきた。
会費から出るらしい。
10時過ぎに部屋を出た。
皆そろってフロントへ。
会計を済ませて、駅へ向かった。
いよいよ、さよならである、皆名残惜しそうにしている。
では元気でと、握手して別れた。
いつまでも変わらずに元気でいて欲しいと願いながら・・・
2002年8月25日

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