1。初めての一人旅



2000年の1月、ノートパソコンを買ってからこれの虜になってしまった私。
メールが出来るようになって、メーリングリストに入会して、楽しんで7ヶ月が過ぎた頃、初心者にも、HP作成ソフトを使っての講習を、マンツウマンでしてくれるというメールに、私の耳は釘付けになった。
まだ、メールと、ホームページをやっと閲覧する事しかできなかった頃である。
何か一つでもパソコンが上達すれば良いと思ったからでもあり、私もいつかホームページを作れたらいいなとおもったからだ。
電話で直ぐに申し込んだ。
盲導犬も一緒だけれども良いかと尋ねたら、その講師の先生、私も視覚障害者で、盲導犬の事、興味がありますと・・・。
そこで私は、安心して受ける事にしたのである。
講習は2泊3日の予定で、福知山まで行かなくてはならない。
ホテルは紹介してあったので、そこに個人で予約する。
ホテルが盲導犬を受け入れてくれるかが問題であった。
オードリーも私とペアーを組んで、1年7ヶ月になり、ある程度落ち着いて来ていた。
電話で、ホテルを予約した時、「盲導犬も宿泊できますよね」と聞いたら、その交換の方のミスで、電話が切れてしまった。
再度かけ直して、聞くと、しばらく待ってくださいと言われたので、盲導犬は訓練されているので、人には迷惑をかけるような事はない事、マナーについては、指導を受けている事等を話した。
しばらく待たされてから、OKの返事であった。
力を得た私は、部屋の案内と食堂への案内をしていただけるように頼んだ。
これで、講習を受ける準備はできた。
二日前から色々と準備する私を察してオードリーも落ち着かない様子、案の定排便のリズムが狂ってしまった。
出かける1日前、オードリーと充分遊んであげて、出かける朝、いつも通りの排便をすませて、やれやれである。
尼崎駅での乗り換えと福知山駅での移動は、駅員さんに依頼した。
福知山駅からタクシーで会場へ。このタクシー乗り場まで駅員さんが案内してくれしかもタクシーの運転手さんに頼んで下さった。
タクシーの運転手さんは、とても犬好きな方で、盲導犬を見るのは初めてだと行っていた。
「ほんまにおとなしいなあ、家のは煩くてかなわんけれど」と言っていた。
会場へ着くと、講師の先生も、犬好きな方で安心であった。
絨毯の敷いてある和室に、オードリーもコートを着せ、敷物を敷いて一緒に入れてもらえたので、私は安心してパソコンの指導を受ける事が出来た。
長い時で4時間、オードリーは静かにダウンしてくれた。
ホテルまで先生が案内してくれる事になっていたのであるが、ボランティアさんを頼んで下さっていたので、ホテルと会場までの移動は、安心であった。
ホテルでは、考えてくださった様で、フロントのすぐ隣の部屋であった。
食堂と部屋までの移動、そして、朝食はバイキングだったのだが、テーブルまで、料理を持って来て下さった。
オードリーは、私の遠慮もあって、部屋にダウンさせて待たせておいたのであるが、部屋に帰ってみると、静かに待っていたオードリーを見て、ホテルの人が感心されていた。
車椅子用トイレがあれば、オードリーの排泄は、袋を使うので、汚さずに出来るのであるが、残念ながらそのホテルにはなかった。
車の駐車場を借りてやらせたのだが、近くを車がジャンジャン走っていたので、オードリーはやってはくれない。
そこで、ホテルの方に静かな所まで案内してもらい、オードリーの排泄をさせた。勿論袋をつかってである。
二日目も同じように講習を受ける。私の程度に合わせて、詳しく教えてくれた。
昼食は、先生といっしょに、近くのレストランまで食べに行った。
オードリーも一緒である。
パソコン以外の色んな話を聞かせてもらいながら、話も弾んだのである。
こうして二日目が終わり、又ホテルへ、もう成れたようで、オードリーも落ち着いていた。
ホテルの人とも親しくなり、気持ちも軽くなった。
パソコンを習いに来ていると言ったら、頑張ってねとも言われた。
そして三日目、会場までまた、ボランティアさんが案内してくれた。
最後の指導をうける。
教えてもらいながら、一時的に私のHPが出来たのである。
勿論、一人ではまだ出来ない。先生の教えてくれるままにやった内容であったのだが、とても嬉しかった。
それから1年7ヶ月後に、私のホームページを作った事になる。
講習が全て終わった時、先生が、オードリーを触ってもいいかと言われた。
オードリーはすっかり先生に成れてしまった様で、お腹を見せて尻尾ビュンビュンであった。
帰りは、ボランティアさんが、福知山駅まで送って下さった。
こうして、オードリーと二人での、2泊3日の旅は終わった。
もし、オードリーがいなかったなら、ここまで、積極的にはなれなかった事であろう。

2002年6月1日


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