40。何故、わかるの?。



いつもの道を、オードリーは普通の速さで歩く。
いつもと違う道を歩くと、タッタカタッタカとスピードを上げて歩く。

「これこれ、もっとゆっくり歩いて」と私。
ちょっとだけゆっくりなるが、又いつの間にかタッタカタッタカと急ぎ足になってくる。
見るものが新しいので、好奇心を駆り立てられるのであろう。
これが若い頃のオードリーの姿であった。
ハーネスを持つ左手に、豆が出来てしまった事もある。

いつの間にか、私の歩くスピードが早くなり、オードリーのスピードが少し遅くなって、その中間の速度に定着した。


まだユーザーにはなっていない頃の事である。
盲導犬と何十年も、生活されているユーザーの方から、こんな話を聞いた事がある。

「盲導犬と歩き慣れているので、人の腕を持たせてもらって歩くのは、とても歩き難くて、早く新しい盲導犬が来ないかなあと、4ヶ月、待ってる時の長かった事。」と・・・。

私はその時、変な事をおっしゃるなあ?人の腕を持たせてもらって歩くのが一番歩きやすいのに、何故そんな風に、おっしゃるのだろう?と、不思議で不思議でたまらなかった。


先日、オードリーをセンターに預けて、東京へ行った。
主人の腕を持たせてもらって歩くが何となく歩くのがちょっと変。
歩き難いのである。

可笑しいなあ? スーツを着ていつもの靴と違うからかなあ?
オードリーとも、このスーツに、この靴で歩いた事は何度かあるけど、こんな感じだったかなあ?
何となく思いつつ、いつの間にか、その事は忘れてしまっていた。

ところが夕方、駅の階段を下りる時に、足を滑らせて、足首を捻挫してしまった。
ああ、ついにやってしまった。
やはり感覚が違っていたのか、靴が滑りやすい靴だった事もあって、スッテンコロリン。
痛くて痛くて、しばらくは立てなかった。

いつの間にか、オードリーと歩くのが一番歩きやすい私になっている。
以前、不思議に思っていた、大先輩のユーザーさんの話を思い出した。
これは、盲導犬歩行を何年か経験すると感じる事なのかもしれない。


オードリーは、誰もいない道では、ゆっくり歩くのが苦手である。
人ごみの中では、前の人に合わせてゆっくり歩く。
二人分の幅の余裕があれば、そこをすり抜けて追い越して行く。

足を捻挫してちょっと歩きと痛いけれど、オードリーは、私たちの迎えに来るのをずっと待っていたので、嬉しくてたまらない状態である。

私が足が痛い事を直ぐには理解できない。
普通の速さで歩くので私の足は痛い。
「痛いからゆっくり歩いてと頼むが、なかなかゆっくりならない。
亀岡から家に帰るまで、ちょっと痛いが我慢して帰って来た。

次の日の事、足がパンパンに腫れてしまっていた。
階段を下りる時、交互に足を出せない。
悪い方の足から下りて、良い方の足を同じ所に置く。そんな風に下りていたら、オードリーもちょっとえみは変?と感じたらしい。

一段ずつ、オードリーも確かめながら下りてくれるようになった。

そして平らな道を歩く時も、「痛いからゆっくり歩いて」と頼む。
いつの間にか、これは大変と感じたらしい。
すごくゆっくりした早さで、私に合わせて歩いてくれるようになった。
今までは、こんなにゆっくりと歩いてくれた事はない。
本当に良くわかるものだと関心させられる。

足が良くなってきた。
それでもゆっくり歩く。
この早さが、えみにとって良い早さなのだと体で覚えてしまったらしい。

これじゃゆっくり過ぎるので、「オードリー、ちょっと急いで」と急がせた。
するとスピードを上げてくれる。
「なーんだ、歩けるんじゃない。」と言わんばかりにそれ以来何時もの早さにもどってしまった。
健康な時はこんなにゆっくりとは歩いてはくれなかったのに、こちらの痛みがわかるのだろうか?

オードリー、何故、わかるの?

2005年4月25日

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