いつもの道を、オードリーは普通の速さで歩く。いつもと違う道を歩くと、タッタカタッタカとスピードを上げて歩く。 「これこれ、もっとゆっくり歩いて」と私。 ちょっとだけゆっくりなるが、又いつの間にかタッタカタッタカと急ぎ足になってくる。 見るものが新しいので、好奇心を駆り立てられるのであろう。 これが若い頃のオードリーの姿であった。 ハーネスを持つ左手に、豆が出来てしまった事もある。 いつの間にか、私の歩くスピードが早くなり、オードリーのスピードが少し遅くなって、その中間の速度に定着した。 まだユーザーにはなっていない頃の事である。 盲導犬と何十年も、生活されているユーザーの方から、こんな話を聞いた事がある。 「盲導犬と歩き慣れているので、人の腕を持たせてもらって歩くのは、とても歩き難くて、早く新しい盲導犬が来ないかなあと、4ヶ月、待ってる時の長かった事。」と・・・。 私はその時、変な事をおっしゃるなあ?人の腕を持たせてもらって歩くのが一番歩きやすいのに、何故そんな風に、おっしゃるのだろう?と、不思議で不思議でたまらなかった。 先日、オードリーをセンターに預けて、東京へ行った。 主人の腕を持たせてもらって歩くが何となく歩くのがちょっと変。 歩き難いのである。 可笑しいなあ? スーツを着ていつもの靴と違うからかなあ? オードリーとも、このスーツに、この靴で歩いた事は何度かあるけど、こんな感じだったかなあ? 何となく思いつつ、いつの間にか、その事は忘れてしまっていた。 ところが夕方、駅の階段を下りる時に、足を滑らせて、足首を捻挫してしまった。 ああ、ついにやってしまった。 やはり感覚が違っていたのか、靴が滑りやすい靴だった事もあって、スッテンコロリン。 痛くて痛くて、しばらくは立てなかった。 いつの間にか、オードリーと歩くのが一番歩きやすい私になっている。 以前、不思議に思っていた、大先輩のユーザーさんの話を思い出した。 これは、盲導犬歩行を何年か経験すると感じる事なのかもしれない。 オードリーは、誰もいない道では、ゆっくり歩くのが苦手である。 人ごみの中では、前の人に合わせてゆっくり歩く。 二人分の幅の余裕があれば、そこをすり抜けて追い越して行く。 足を捻挫してちょっと歩きと痛いけれど、オードリーは、私たちの迎えに来るのをずっと待っていたので、嬉しくてたまらない状態である。 私が足が痛い事を直ぐには理解できない。 普通の速さで歩くので私の足は痛い。 「痛いからゆっくり歩いてと頼むが、なかなかゆっくりならない。 亀岡から家に帰るまで、ちょっと痛いが我慢して帰って来た。 次の日の事、足がパンパンに腫れてしまっていた。 階段を下りる時、交互に足を出せない。 悪い方の足から下りて、良い方の足を同じ所に置く。そんな風に下りていたら、オードリーもちょっとえみは変?と感じたらしい。 一段ずつ、オードリーも確かめながら下りてくれるようになった。 そして平らな道を歩く時も、「痛いからゆっくり歩いて」と頼む。 いつの間にか、これは大変と感じたらしい。 すごくゆっくりした早さで、私に合わせて歩いてくれるようになった。 今までは、こんなにゆっくりと歩いてくれた事はない。 本当に良くわかるものだと関心させられる。 足が良くなってきた。 それでもゆっくり歩く。 この早さが、えみにとって良い早さなのだと体で覚えてしまったらしい。 これじゃゆっくり過ぎるので、「オードリー、ちょっと急いで」と急がせた。 するとスピードを上げてくれる。 「なーんだ、歩けるんじゃない。」と言わんばかりにそれ以来何時もの早さにもどってしまった。 健康な時はこんなにゆっくりとは歩いてはくれなかったのに、こちらの痛みがわかるのだろうか? オードリー、何故、わかるの? 2005年4月25日
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