道を歩いていると、学校帰りの小学生が、「こんにちは」と、気持ちよく挨拶してくれる。私も、「こんにちは」と、知らず知らずに、笑顔になってくる。 ある日、3人の男の子のグループの一人が、「「手、痛くない?」と尋ねてきた。 はて?手が痛くないってどういう事かな。 ハーネスを持つ手が、痛いのではと、言う事だろうか? 右手には、買い物袋を下げているけれど、右手の事だろうか? 「大丈夫だよ。慣れてるからね」と言ってみた。 「えみさんは、いつから見えなくなったの?見えるようにはならないの?」と聞いてきた。 「少しずつ見えなくなって来たから、何時からってはっきりわからないんだよね。それにね、私の病気は、今の医学では、治らないみたいだね」と言ったら、ふうーんと言いながらしばらく黙っていた。 見えない事が不思議なのかもしれない。無理もないよね、周りの人は、皆見える人ばかりだものね。 私とオードリーに合わせて一緒に歩きながら、今度は、「オードリーは、偉いなあ!黙っていても、ちゃんと連れて行ってくれるの?」と、疑問を投げかけてきた。 「歩くだけならね、それに、階段の所では、止まって教えてくれるし、ぶつからない様に、避けて連れて行ってくれるんだけど、右へ行きなさいとか、真っ直ぐ行きなさいとかは、私が命令するんだよ。」 「ふうーん」と言いながら、私とオードリーの歩きをじっと観察している様である。 ちょうど、十字路の所へ来た。 「ここで命令するから見ていてね。」 実際に命令しながら、十字路を真っ直ぐに行くと、「ほんまやね」と、納得した様子であった。 「それじゃ、右へ行くとか、真っ直ぐとか、どうしてわかるの?」と、次の疑問を投げかけてくる。 「頭の中に、行き方の地図を覚えていれば、オードリーが、左に曲がる道があるよと教えてくれるから、ここに道があるとわかるでしょ、それで、いくつ目かを数えていけば、いいし、周りの音とか、臭いでも、わかるんだよ。」 「ふうーん、オードリーは偉いなあ。」と又関心している。 すると、手痛くない?と聞いた男の子が、「やっぱり持ったるわ」と、私が右手に持ってる買い物袋を持とうとする。 手、痛くないと聞いたのは、買い物袋を持ってる右手の事だったらしい。 両手をふさがれているし、ハーネスは、左手に持たなくてはならないので、重たくても、荷物は、持ち換える事が出来ない。 それを見ていて、持ってあげようと、思ったのであろう。 「重たいから、いいよ。」と言うと、「いや、持ったる」と言って、持とうとするので、「じゃ、お願いするわね。」と、持ってもらった。 「重たいでしょ、大丈夫?」と聞くと、「ううん、重たくないよ。」と言う。 重たいだろうなと思いつつ、その子に持ってもらいながら、色々、話しながら歩いた。 家の前で、「どうもありがとう、重たかったでしょ?助かったよ。」とお礼を言いながら、買い物袋を受け取ると、「又、会ったら、持ってあげるね。オードリー、バイバイ。」と言って、その男の子は、くすぐったいような嬉しいような、爽やかな余韻を残して、走って行った。 2003年3月16日
|
25。シャンプーへ
トップへ