26。又、持ってあげるね。



道を歩いていると、学校帰りの小学生が、「こんにちは」と、気持ちよく挨拶してくれる。
私も、「こんにちは」と、知らず知らずに、笑顔になってくる。
ある日、3人の男の子のグループの一人が、「「手、痛くない?」と尋ねてきた。
はて?手が痛くないってどういう事かな。
ハーネスを持つ手が、痛いのではと、言う事だろうか?
右手には、買い物袋を下げているけれど、右手の事だろうか?
「大丈夫だよ。慣れてるからね」と言ってみた。

「えみさんは、いつから見えなくなったの?見えるようにはならないの?」と聞いてきた。
「少しずつ見えなくなって来たから、何時からってはっきりわからないんだよね。それにね、私の病気は、今の医学では、治らないみたいだね」と言ったら、ふうーんと言いながらしばらく黙っていた。
見えない事が不思議なのかもしれない。無理もないよね、周りの人は、皆見える人ばかりだものね。

私とオードリーに合わせて一緒に歩きながら、今度は、「オードリーは、偉いなあ!黙っていても、ちゃんと連れて行ってくれるの?」と、疑問を投げかけてきた。

「歩くだけならね、それに、階段の所では、止まって教えてくれるし、ぶつからない様に、避けて連れて行ってくれるんだけど、右へ行きなさいとか、真っ直ぐ行きなさいとかは、私が命令するんだよ。」
「ふうーん」と言いながら、私とオードリーの歩きをじっと観察している様である。

ちょうど、十字路の所へ来た。
「ここで命令するから見ていてね。」
実際に命令しながら、十字路を真っ直ぐに行くと、「ほんまやね」と、納得した様子であった。

「それじゃ、右へ行くとか、真っ直ぐとか、どうしてわかるの?」と、次の疑問を投げかけてくる。

「頭の中に、行き方の地図を覚えていれば、オードリーが、左に曲がる道があるよと教えてくれるから、ここに道があるとわかるでしょ、それで、いくつ目かを数えていけば、いいし、周りの音とか、臭いでも、わかるんだよ。」
「ふうーん、オードリーは偉いなあ。」と又関心している。

すると、手痛くない?と聞いた男の子が、「やっぱり持ったるわ」と、私が右手に持ってる買い物袋を持とうとする。
手、痛くないと聞いたのは、買い物袋を持ってる右手の事だったらしい。
両手をふさがれているし、ハーネスは、左手に持たなくてはならないので、重たくても、荷物は、持ち換える事が出来ない。
それを見ていて、持ってあげようと、思ったのであろう。

「重たいから、いいよ。」と言うと、「いや、持ったる」と言って、持とうとするので、「じゃ、お願いするわね。」と、持ってもらった。
「重たいでしょ、大丈夫?」と聞くと、「ううん、重たくないよ。」と言う。

重たいだろうなと思いつつ、その子に持ってもらいながら、色々、話しながら歩いた。
家の前で、「どうもありがとう、重たかったでしょ?助かったよ。」とお礼を言いながら、買い物袋を受け取ると、「又、会ったら、持ってあげるね。オードリー、バイバイ。」と言って、その男の子は、くすぐったいような嬉しいような、爽やかな余韻を残して、走って行った。
2003年3月16日

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