13。オードリーのパピィウォーカーさん



1歳の誕生日まで、盲導犬となる子犬を、慈しみ育てて下さる方を、パピィウォーカーさんと言う。
オードリーは、京都府の、当時小学2年生、4年生、6年生の女の子が3人いらっしゃる、Hさんのお宅で育ったのである。
オードリーが、盲導犬になったのは、2歳4ヶ月であった。
それから私とペアーとなって1年が過ぎた頃、私はパピィウォーカーさんに、お礼をと思い、訓練センターに電話して話ししたい旨を告げた。
訓練センターから、パピィウォーカーさんに連絡して、双方が話しても良いという承諾が出たら、お互いの、電話番号を教えてもらえるのである。
片方だけが話したいと言っても、片方が受け入れなければ教えてはもらえない。
これは、お互いの考え方や気持ちを尊重して下さる訳である。

私の申し出に、パピィウォーカーさんは、承諾して下さったので、電話をかける事が出来た。
パピィウォーカーさんと、どれ位話しただろうか。
胸がいっぱいになった。
オードリーの、子犬時代の話を、あれこれ聞かせてもらった。
家族の一員として、オードリーは、自分の地位は、下から2番目と思っていたらしい。
2年生の女の子を、自分の子分として振る舞っていたと言う。
音楽一家のご家族のようで、クラシックを、いつも聞かせてたと話して下さった。
お嬢さん達が、ビアノを弾いている時、オードリーは、いつもピアノの下で聞いていたらしく、合奏していると、誰も信じないかもしれないけれど、オードリーも歌おうとして声をだしていたという。
私はオードリーから見て、実際にそうであっただろうと思う。
道理で、オードリーは、ピアノの音が大好きな訳である。
これで、全てが納得できた。

6年生のお姉ちゃんは、やはり、オードリーも敬意を持って接していたようである。
4年生のお姉ちゃんとは、よくオードリーは遊んでもらったらしい。
地域の子供達にも、オードリーは可愛がられていたようである。
オードリーは、とても子供が好きで、小さな子供に、触られても、じっとして平然としている。
やはり、性格はパピィ時代と同じであった。
パピィウォーカーさんが、オードリーは兄弟の中で、一番美人ですよと言われた。
オードリーの名付け親は、このパピィウォーカーさんなのである。
1歳の時の別れはとても辛かった事だろう。
オードリーの印象が強すぎて、他の犬を飼おうとは思わなくなったと言われていたから・・・
私はお礼を言った。
電話の向こうで、涙をこらえていらしたようである。

パピィウォーカーさんの御家族のオードリーへの愛情を受けて、私は、オードリーと楽しく幸せに暮らして行く事が、パピィウォーカーさんへの、恩返しになるのではと・・・
そして、オードリーのパピィウォーカーさんも、そっとしていて下さる事に、とても感謝している。
私は、オードリーに、「パピィウォーカーさんの家で、楽しく暮らしていた事もあるんだよねぇ」と、話しかけたりするのである。

2002年6月9日

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