12。避難訓練



デイサービスの手話教室で、受講中、初めてオードリーと一緒に、避難訓練に参加する事になった。
福祉センターは3階立てで、3階の教室にいた時、非常ベルが鳴り出した。
教室には、車椅子の人、聴覚、肢体、視覚、内臓などの障害者が20人そして、ボランティアさんが二人、視覚障害者は私1人である。
「階段、エレベーターは使えません。非常口から出て下さい」とアナウンスがあった。
オードリーは、受講中、私の足元で静かにダウンして待っている。
その時も、寝ていたのだが、異常な雰囲気に敏感なオードリーは、非常ベルが鳴り出したとたん、頭を持ち上げ、キョロキョロ。
まっ先に行動をおこしたのは、言うまでもなくオードリーだった。
「さあ、逃げなきゃいけないね」と言ったとたんに、さっと立ち上がって、スタンバイ。
オードリーもいつもと違う雰囲気に、そわそわ。
聴覚障害の人達は、手話通訳の人の説明を見て、初めて行動に移る。
「大丈夫、大丈夫」とオードリーをなだめながら、1番に教室を出て、職員の誘導に従って避難場所へ。
非常口から、建物の外へ出て、そこで一応終了。
ここまでは、よくある訓練である。
避難した場所は、2階の屋上だった。
実際は、そこから非常スロープを滑りながら地上におりて逃げる事になる。
非常スロープは螺旋状になってる滑り台で、床はステンレスのパイプが何本か並んでいて、隙間から下が見えている。
滑り台の枠の手すりの高さは40糎、巾は1人が滑れる広さ。
2階まで降りたらおどり場になっていて、またスロープに乗りなおして、下まで滑るようになっている。
見える人は、怖がっているようだ。
そこで、私は、オードリーと一緒に実際の火事では、逃げたいと思っているので、思いきって挑戦する事にした。

オードリーを私の膝から胸のところに乗せようとするのだが、怖がって私から遠ざかろうとする。
「大丈夫、一緒に行くよ」と、オードリーを乗せて、しっかり両手で抱き、スロープに腰を乗せた。
滑り出したのは良かったのだが、途中で、止まってしまった。
一瞬冷やりとした時、上の方から「引っかかってる、オードリーの前足」と、声が聞こえてきた。
オードリーが反射的に、手すりに、前足を引っかけて、しがみついてしまったようだ。
前足をはずして、私の胸の上に置き、私は、仰向けに寝るようなかっこうで、肩甲骨の下端まで台に付けて、滑った。
2階まで降りたら、又、乗り直して、今度は、足をしっかり捕まえて、滑った。
2階からのスロープは、とても急で、一瞬底知れぬ深みに吸い込まれそうな感じであった。
その時、消防署の職員の方が、「もうすぐだからね」と声をかけてくれた。
我にかえって、地面に付いた時は、ホッとした。
これで、いざという時は、オードリーと逃げられる。
教室の仲間の内で、経験したのは、私を含め、5人だけだった。
見えない事が、こわさを感じさせないことに役にたつとは思わなかった。
見えない事も、たまには良い時もあるようだ。
多分、オードリーはとても怖かった事だろう。
降りたら、オードリーは、尻尾ビュンビュンして皆に愛想を振り撒いていた。
センターの職員、ボランティア、消防署の職員の方々の、優しく微笑んでいる多くの視線が、オードリーに注がれていたようである。
消防署の職員さんに尋ねて、教えていただいた事は、ステンレスのパイプの台は、ジャージなどは、とても滑り易く、スピードが出る。
スピードを調節するには、手で手すりを掴むのではなく、足を両側に広げて、枠の壁に押すようにすると、調節できると言う事だった。
いざという時は、あわてず、冷静に行動し、非常スロープでも、盲導犬と一緒に逃げられる事がわかった。
この訓練を受けるにあたり、実施日の1週間前に、予告があり、その時、ボランティアさんに、お願いして、非常スロープが、どうなっているのか、詳しく説明してもらった。
どうしたら、オードリーと一緒に逃げられるか、対策を練り、当日は、私の前を、ボランティアさんに滑ってもらったのである。
こうすれば、オードリーも少しは怖がらないだろうと思ったのであるが、そうは問屋が卸さなかったようである。

2002年5月21日

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