11。手話と私



聴覚障害者のコミュニケーションの手段として、手話がある。
私は視覚障害であるから、どうして手話なのかと言うと、聴覚と視覚の両方に障害のある人達と出会ったからである。
その会話のやり方に、指点字での会話、要約筆記による会話、手話による会話、手に文字を書いて行う会話と、それぞれ色々であった。
そこで、知り合った人で、聴覚障害のある人と、よく話しをするようになった。
彼女は、声に出して話ができるので、私にはわかる。しかし、私の話は、通訳の方を通じてしか、伝わらない。
私が手話を覚えたら、話ができるのではと思ったのである。
これが、手話の世界に入るきっかけとなった。
デイサービスの手話教室に受講の申請をした時、予想通り、視覚障害者はできないと断られてしまった。
私は、触手話で話をしている人もいる事を話した。
ボランティアさんと一緒に受講して説明してもらえばできると主張したのである。
やっと許可してもらえた。
これは、5年前の話であるから、手話を習って今年で6年目に入る。
初めの頃は、チンプンカンプンであったのだが、少しずつ理解できるようになって、手話の魅力に、魅せられてしまったのである。
よく考えたものだと、感心してしまう。
講師の方は、聴覚は全く0で声もあまり出られない方である。
聴覚障害の方々は、とてもよく気がつく人が多い。
この教室には、聴覚、内臓、肢体、などに障害のある人、色々いる。
皆さん、とても協力してくれる。
オードリーとの共同訓練から帰って初めてこの教室に行った時、講師の方が、盲導犬について話して下さい。
そして、どう接したらいいのかも話して下さいと・・・
勿論手話でやらなくてはならない。
分からない手話は、その都度、教えてもらいながらである。
私は、手話されてる人の手を、そっと触らせてもらって、その動きをキャッチするのである。
口の動きも見ながら、手話は読み取るのであるが、口の動きが分からない私は、手の動きで判断しなくてはならないので、読み取るのは、なかなか難しい。
聴覚は0でも、声に出せる人との会話はできるようになった。
話が通じた時はとても嬉しい。

前に出て話している間、オードリーは小さな声でキュンキュン鳴いていた。
わずか3メートルしか離れていないのにである。
初めての場所で、初めて見る人ばかりなので、ちょっと不安だったのだろう。
これは何とかせねばと、休憩の時間、オードリーから少し離れ、10数えてオードリーの所へもどり、待てた事を誉める。
今度は離れて20数えてまた同じようにして誉める。
これを何回かやった。
次の手話教室では、ドアから出てまた少しずつ離れている時間を延ばしながら少しずつ慣らしていった。
毎回これをやって行ったら、30分ぐらいいなくても鳴かなくなったのである。
そして、今では、待つのは大分平気になったオードリーである。
ただし、人にリードを持ってもらい、私が、離れると、その人に、何処かへ連れていかれると思うのだろうか、その時は、キュンキュン鳴いてしまう。
ダウンさせて、誰もいない所では、何時間でも、静かに待てる。
今では、オードリーも、この教室に行くのが楽しみのようで、エレベーターを降りて、教室へグイグイ、尻尾は、もうビュンビュンなのである。
昨年の事だが、この講義を受けている時に、避難訓練があった。
オードリーと非常スロープを使って、3階から、非難のやり方を経験する事が出来たのである。
2002年5月20日

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