訓練の後半




11。下り階段の最後がわからない
センター内では、リードだけで歩く、階段もリードの首に近い所を持って移動していた。オードリーの前足と一緒に降りていたのである。
まだ、階段の訓練はしていない。センター内では、手すりを持って降りるのであるが、私は自分勝手にリードだけで降りていたのである。
したがって、その感覚に成れてしまっていた。

ところがハーネスを持つと、その階段の最後がわからないのである。
ハーネスを持つ所はオードリーの体のやや後ろ側に位置になるので、これまでのリードとは少し違って、私の体は少し後ろに位置してしまう。
リードで成れていたので、初めてハーネスを持って階段を下りたときの最後がどうもずれるのである。
4〜5回練習しても、その感覚が掴めない。

今思えば、ハーネスの場合、オードリーよりも、一段遅れて降りている訳である。訓練士さんが、説明して下さったのだが、理解はできても、感覚がつかめない。
下り階段の最後が私を悩ませたのである。
とうとう、訓練中、くやしくて泣き出してしまった。
「ちゃんと出来てるのに泣くんだから、もう」と言いながら訓練士さんは、そっとハンカチを渡してくれた。

階段の訓練が終わって、今度はエスカレーターである。
こちらの方は、手すりを持って乗るから、白杖の時と同じ感覚である。
違うのは、オードリーと一緒に乗るという事である。
オードリーは、行きなさいと指示すると、うまく合わせて乗ってくれる。だから、とても簡単であった。

センターに帰ると、目を赤くしていた私に、調理師さんが、美味しいコーヒーを入れてくれた。
落ち込んでしまっていた私に、他の訓練士さんが、最後は止まった方がいいですか?と聞いた。私はその方が良いと言った。そちらが良いのなら、変えられるけれども、以前はその方法をとっていた事もあるという。だが、階段の降り始めは止まって、最後は止まらずに自然に進んだ方が歩きやすいという人も多いと教えてくれた。
慣れてくるとその方がやり易いし、他の人の邪魔にもならないという。
言われてみればそうであった。
これは慣れるしかない。勝手にやっていた私の自業自得である。

お昼の休憩時間、気分転換に、居室で、大声で歌を歌った。誰も聞こえないから安心である。
オードリーだけが聞いている。
口惜しい時、落ち込んだ時は、こうして歌を歌うと、気分も軽くなる私である。

さあ、午後からも頑張るぞ!と、部屋を出ると、いつも、ランニングの練習に来ていた、ユーザーさんに廊下で会った。
「懐かしい歌歌っていたね」
「アラッ!いらっしゃったんですか?うわあ!」
誰も聞いてはいないと思っていた私は、ちょっと恥ずかしかった。

「訓練中は、大いに失敗した方が、いいよ。ここだと訓練士さんが、いるから、色々と教えてもらえるから。
私も色々と失敗した、だから気にしない、じゃんじゃん失敗して、帰った方が、後の為に良い」と話してくれた。
なるほど、なんだか、とても気持ちが軽くなった。
このユーザーさんは、この半年後、マラソンで日本を縦断されたのである。

12。目的地までの歩行テスト
信号の渡り方、障害物のいっぱいある所、駅の改札口、ホームでの歩き方、電車の乗り降り、電車内でのマナー、バスの乗り降りとそのマナーと、次から次に訓練である。
それをマスターしたところで、目的地までの歩行テストを何箇所かする。
このテストが終われば、また上の段階の歩行テストが待っている。
初めはとても心配であった。だが回を重ねるにつれ、オードリーとここまでこれたという感動は、これを味わった人にしか分からないのではないだろうか。
もう、この何とも言えない幸福感は、人には伝える事はできない。

このテスト、簡単なのから始まって、次は、信号を渡って喫茶店へ。うまく行ったら中に入ってコーヒーをいただく。訓練士さんと、話もはずむ。
次は、バスに乗って、降りてから信号を渡って、喫茶店へ。今度は、はっきりと喫茶店の場所を教えてはくれない。援助依頼してそこへ行かなくてはならない。私の依頼に助けてくれる人はいるだろうかと不安になる。

ここらあたりで聞けばいいかなと、ペチャクチャ話しながらやって来た、若い女性の5〜6人のグループに「すみませ〜ん!」と言ったのだが、通り過ぎてしまった。
まだ、援助依頼には成れていなかった私は、恥ずかしさと、心細さで泣き出したくなってくる。
あ、急いでいたのだろうなと、思ったら気持ちも和らぐ。

そこで又、今度は大きな声で「すみませ〜ん!」と言ってみた。
学生さんらしい男の人が、立ち止まってくれた。
ホッとして、喫茶店の名前を言って、何処にあるのか聞いたら、少し行き過ぎていたらしい。バックして店まで連れていってくれた。
やれやれ、着いた、嬉しい!!
その学生さん、お店の中まで入って店員の人に頼んでくれた。
なんと優しい人だろうと、とても幸せであった。

次は、亀岡駅から京都に行き、デパートまで歩いて買い物をして京都駅から亀岡駅まで帰ってくるテストである。
これも行けるかどうかとても不安であったが、やるしかない。
デパートでは、何を買ってもいいという事であった。
私は、キーホルダーを記念に買う事にした。

これも、私の苦手な援助依頼の訓練である。
4〜5人だったか、いや、もっといたかもしれない。
その何人かの人に聞きながら、どうにかできたのである。

しかし、このテストでは、大変な失敗をするのである。
私も相当に緊張していた。オードリーにもそれが伝わるのだろうか。
これまでは、訓練士さんが、近くにいたのでオードリーも安心していたのだ。
訓練士さんは、遠くにいてオードリーにはわからない所から見ているらしい。
オードリーは後ろばかり振り向いている。
私はイライラしてくる。
指示どおりにはやってくれるのだが、後ろを振り向くのでハーネスがグルッと回転してしまうので、やり難い。
おまけに、援助依頼しなければ、行き方がわからない。もうダブルパンチである。この気持ちは、オードリーも同じだったのだろうか。
歩きながらオードリーはおしっこをしてしまったのである。

明日は、大事な認定試験が待っている。
私は、オードリーが、おしっこ漏らしてしまったので、もう駄目だと思った。
これまで、一度もオードリーは失敗はしなかった。
京都から亀岡まで、電車に揺られながら、窓ガラスに顔を付け、腕で隠して、私はずーっと泣いていたのである。

何も知らない私は、漏らしたら、不合格と思っていた。
又、目を赤くしてセンターに帰る事になった。
車の中で、訓練士さんが、私に言った。
「おしっこ漏らしたぐらいで泣いてどうすんの!」
それを聞いて私はホッとするのである。

そして又、訴えた。
「オードリーは後ろばかり見ている。もう駄目だ!」
訓練士さんは、黙っていた。そして、後ろを向かないようにコントロールしなくちゃと言う。
認定の歩行試験と、ペーパー試験を明日に控えていた私は、精神的にもピリピリしていた。
今から思えば、そんな私の心理状態である。
オードリーは、訓練士さんに、SOSを出していたのであろうと思う。


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